ソラ・ルデ・ビアスの書架

梢瓏

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第五章 ルキソミュフィア救援

第72話 赤い月の住人

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「その男の名は、グリムエルド・ラジール。現ソルフゲイル執政官にしてソルフゲイルの魔道顧問じゃ。」

レオルステイルの放った名前は、コレットとグレアラシル以外の全員が息をするのを忘れる位の衝撃が走った。




 ほんの5分程だが、小一時間にも感じられる時間が経った後、最初に口を開いたのはセレスだった。

「思い出して来たぞ・・・・グリムエルド、グリムと呼んで親しんでいた事を。アイツ、昔はアタシと共に王宮の図書室に眠る古い文献の研究もしてたんだぜ・・・・・」

レオルステイルから放たれた名前が、記憶の中からすっぽりと抜け落ちていたその名が、忘れていた皆の記憶の隙間を埋めて行く。

その昔の、トトアトエ戦役前の穏やかだった日々が皆の脳裏に浮かんだ。

「待て。今はそんな感傷に浸っている場合ではないぞ?そもそも我々がこの書架に集結した理由はなんだ?何のために『アリエルシアの弓』を欲した?」

じんわりと、温かそうな記憶の海にどっぷりと浸かりそうになっていた皆を奮い立たせるべく声を上げたのはソフィアステイルだった。

 そうだ。

何故この、ソラ・ルデ・ビアスの書架に皆は集結した?

何故力を求めて大きなリスクを背負ったのだ?

「うっかり、忘れそうになったとか言ったらニーア―ライルは怒るかも知れないな。」

セレスは自分の頭をワシャワシャとかきむしりながら言う。

そして、本来の目的を思い出した。

大いなる力を得て、ルキソミュフィアに救援に向かうことを。

「グリムエルドがアタシらのかつての仲間って、今は本当に信じられない事実みたいだけど、でも、ヤツがコレットにした仕打ちは許されるものではないし、アタシらの記憶をすっぽり消して自分はもう無関係だって言う顔をしているのも許せない。」

セレスはかつての仲間の事を完全に思い出した事で、今までモヤの様なものがかかっていて明確な意識を持てなかった記憶が明瞭に見え始めた事に戸惑いつつも、これから成さねばならない事への焦りも感じていた。

そんな中、ようやくグレアラシルがおずおずと声を上げる。

「取り込み中申し訳ないんすけど、あの『アルセア・ティアード』って人、俺の父親と知り合いみたいなんですよ。」

控えめな口調で話したグレアラシルの言葉に、皆が注目する。

「え?ナニ?グレアラシル君!キミのお父さんって何者なの?アイツと知り合いって事は、それ相当の地位のある人?」

好奇心が優先して遠慮と言う言葉を失ったソフィアステイルが、グレアラシルに詰め寄る。

「えええっと、何と言うか、俺の親父はライカンスロープとかの研究をしてまして・・・」

と言った所でグレアラシルは口ごもった。

 気付いたのだ。

ようやく、自分の父親が自分にした事の非道を、グレアラシルは思い出したのだ。

「親父は、この俺で実験していたライカンスロープの技術を転用して、多分今ソルフゲイルの魔道庁で黒竜族の研究をしているんだと思う・・・・。」

と、呟いた。

これは、今までの皆の話を聞いてきて、総合的な観点から考えたグレアラシルの結論だった。

日中やってきた『アルセア・ティアード』と名乗る男が、実は今はソルフゲイルの魔道顧問をしている。

その男はグレアラシルの父親と知り合いだと言う。

結界術に長けた者とライカンスロープ研究に従事していた魔導士が、己の魔力を駆使して黒竜族を生み出したと考えれば、至極納得は行く。

「マジか!確かにライカンスロープの研究は、銀狼族を黒竜族に変幻させるのには必要不可欠になっている可能性は高いな。でもグレアラシルの親父さんは人間だろ?だとしたら、100年前のトトアトエ戦役以降の黒竜族の変幻には関わっていない可能性が高いとアタシは思うぞ?」

グレアラシルが導き出そうとしていた仮説を、セレスはアッサリと否定した。

冷静になって考えてみれば、グリムエルドはともかくとしてグレアラシルの父親がエルフや魔族だったりしている可能性は低い。

更に、

「俺の親父は元々、あのクレモストナカの街では魔法学校で先生をしていたって言う経歴があるらしいんすけど、良く分からないんすよね。実は俺とと言うか母と父親は離縁していた様で、凄く小さい頃までしか父親の記憶が無いんすよ。」

と、グレアラシルは自身の家族の状況を伝える。

この感じだと、グレアラシルの父親が完全に人間なのかどうなのかの疑問を持ってもおかしくない状況だとセレスは感じた。





 かつての仲間が何らかの理由で裏切ってソルフゲイルに付いているとか、グレアラシルの父親が黒竜族の変幻に関わっている可能性があるとか、予想外に色々な情報が飛び交って、流石の仲間達も少々精神的にも肉体的にも疲弊してきていた。

真実に近づきつつあるようで実はそうではない、だったらこの仮説ならどうなんだ?と言ったような話が続いているのを聞いていたコレットは、一つの記憶を思い出す。

「あのう~・・・ちょっとイイですか?グレアラシルさんのお父様の話についてです。」

ずっと大人しく皆の話を聞いていたコレットに、視線が集まった。

「ナニ?何々言ってみるち!」

ミカゲがコレットを急かす。

「まぁ、そんなに急かすな。ほれ、コレット言ってみよ。」

ミカゲを制止させたレオルステイルが、コレットに言葉の続きを催促した。

「あの、ええともしかしたら、グレアラシルのお父様は魔族、つまり赤い月の側の住人だったと言う事でしたら、年齢の謎は埋まるのでは?と思いまして。」

コレットの言葉は意外と皆の思考にしっくりと収まる。

「た、確かに。赤い月とこの蒼壁の大陸のあるこの大地とでは、1年の周期がまるで違う。こちらで1歳年を取る時間の2倍以上の時間が赤い月の住人には必要だからな、グレアラシルの親父さんが赤い月出身って言うのなら至極納得が行く。」

セレスが納得して何度も首を縦に振っているのを見たグレアラシルは、

「ええと姐さん?俺にも分かるように説明してくれないっすかね?」

と、控えめに懇願した。

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