地方騎士ハンスの受難

アマラ

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2巻

2-3

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 ジャビコの言葉を信じるならば、確かに多少人間離れした体になっているといえるだろう。
 人間の外見年齢が若返るなど、聞いたことがない。
 いや、あるにはあるが、ここまで急激なものは少なくともイツカは耳にしたことも見たこともなかった。
 とはいえイツカが感じたのは驚きだけであり、恐怖とか、大きな違和感などはなかった。
 妙な話だが、イツカは自分が若返っているという事実を、驚きながらも受け入れていた。

「このなんか妙に納得しちゃうのも、植えつけられた認識ってヤツなのね」

 納得しながら、イツカはぼりぼりと頭を掻いた。
 指にからみ付く髪の毛が、サラサラしている。
 十八歳の頃の体でも、ここまでサラサラではなかっただろう。
 イツカは不審ふしんに思い、自分の髪をつまんでじっと見つめた。
 サラサラだ。
 イツカの人生の中で、これほど髪の毛がつややかに輝いていた時代はなかったはずである。

「ねぇ、ジャビコ。私これ、かなり美化されてない? さっき水に映した顔もだいぶなんかこう、イケてるような、ないような」
「現在の貴方の体は、最高の状態に保たれています。睡眠不足や不摂生ふせっせいなどによるダメージがない状態ですので、最高のパフォーマンスを発揮していると言っていいでしょう」
「つまり、これは私本来のモテスペックってこと? 今なら中の上じゃなくて、上の下とか中に食い込めるんじゃない?」

 イツカは若干じゃっかん頬を上気させて、ジャビコを見つめた。
 心なしか、目元や全身がわざとらしくキラキラ輝いている気がする。
 返答を待つイツカだったが、ジャビコは微動だにしない。
 元々、空中に静止したまま動かないジャビコだったが、気のせいか現在はこおり付いているように見えた。

「なんとか言ってよ」
「どう返答すべきか検索していました」
「いいの見つかった?」
「ぷぎゃー」
「ぶっ飛ばすぞ」

 拳を握り締めるイツカだったが、殴るのは止めておいた。
 なんとなく自分の拳の方がやられそうな気がしたからだ。
 実際、触った感覚ではジャビコは相当に硬そうだった。
 場合によっては、敵に投げるのもありだろう。

「それで。私の能力についての説明の続き、お願いできる?」
「了解しました。では、まずは貴方の能力の概要がいようについて説明します」
「はいはい。よろしく」
「貴方の能力は、大まかに言えば、非生物に新たな機能を付け加える能力です。魔力と呼ばれるエネルギーを消費し、建造物や自然物に様々な機能を付け加えることができるのです」
「はぁ、魔力ねぇ」

 イツカは眉間にしわを寄せながら、自分の体を見回した。
 今しがたジャビコが口にした魔力というのが、目で見えないものかと考えたからだ。
 やはりというかなんというか、目視はできなかった。

「魔力は、目に見えるものではありません。感じ取ることはできるでしょうが、それにはかなりの経験を必要とします」
「魔力の量とかって、確かめる方法あるの? それが分からないと不便じゃない?」
「私の機能に、それを確かめるためのものが含まれています。確認なさいますか?」
「貴方ほんとに便利ね。よろしく」

 イツカの言葉が終わると同時に、ジャビコの表面が青白く発光し始めた。
 その光は粒子となって、空中へ浮き上がっていく。
 そして、ジャビコから少し離れた位置に、板状に集まる。
 SF映画などで見る、空中に浮かぶモニターのようだ、と、イツカは思った。

「モニターに映っている人体のようなもの。その周囲に漂っている青白いモヤ、あるいはオーラのようなものが、魔力です」

 空中のモニターを覗き込むと、言われたとおりのものが表示されていた。
 二次元の黒い人型と、その周りをおおう青白いきり状の物質。
 どうやら、このオーラのようなものが魔力、ということらしい。
 厚さは、その人型の腕と同じぐらいだろうか。

「これって、数字で出せないものなの?」
「大体の総量を表示することは可能ではありますが、リアルタイムの数値との誤差が出てしまうことがありますので、推奨しかねます」
「え? なんで?」

 首をかしげたイツカに応えるように、空中に浮いたモニターの映像が切り替わっていく。
 人体がアップで映し出され、その周囲に一つコップをデフォルメしたような図形が浮かび上がる。

「魔力は移動する際、多少のロスが発生します。これはコップで水をむ際、こぼれてしまうのと似ています」

 画面の中のコップが、人体の周囲にあるオーラ、魔力をすくい取った。
 コップの周りに少量の光の粒子が絡み、空気中へ散ってしまったりしている。

「別のものに注ぎ入れる場合もまた、ロスが発生します」

 その隣に、バケツのような図形が映し出される。
 コップが傾き、そのバケツに向かって中身の魔力が注ぎ込まれる。
 魔力は、バケツの底に当たって飛沫ひまつを飛ばす。
 僅かな量ではあるが、それはバケツの外へ飛び出し、空気中に溶けていった。

「なるほどね。取り出すにしても使うにしても、どっちのときも量が減っちゃうわけだ」
「そのとおりです。また、このロスは毎回同じわけではなく、様々な要因によって変化するのです」
「ガソリンみたいなものなのね。缶から別の容器に移すときにこぼしちゃったり、気化しちゃったりする的な」
「おおよそ、その理解で正しいでしょう。液体燃料と同質のものと思っていただいて、間違いありません」
「なるほどね」

 イツカは納得した様子で頷きながら、空中に浮いているモニターに指を近づけた。
 指に物理的な衝撃こそ感じないが、何かに触れているような手ごたえがある。
 ためしにモニターの横を指でつついてみると、その動きに合わせて横方向へ移動する。

「おー……まあ、でも基準はあった方が分かりやすいからね。説明を聞いた後で考えよ」
「了解しました。では、説明を続けます」

 横にずれていたモニターが元の位置に戻り、映っていた映像が切り替わった。
 先ほどまで青いモヤに覆われていた黒い人型が、二次元の洞窟のような場所に立っている映像だ。
 どうやらこの黒い人型は、イツカの代わりになるものらしい。

「ダンジョンマスターが魔力を消費して行えることは様々ありますが、その大部分は先ほどもお話ししたように、ものに新たな機能を付け加えることです。付け加えられる機能は様々ですが、その最も基本となるのが、その場所をダンジョンにする、というものです」

 ジャビコの言葉に合わせて、映像が変化し始める。
 黒い人型の周囲が青白く燐光りんこうを放ち、その光が徐々に広がって洞窟の地面や壁、天井などに浸透しんとうしていく。
 ただ、青白い光のすべてが吸い込まれていくのではなく、幾分かは空気中に溶けるように散っていた。

「これは、魔力を消費し、この洞窟をダンジョン化したときのイメージ映像です。人の形をしたものが貴方で、青白い光が魔力です。魔力が対象物に流れ込む様子、また、その際に少量の魔力が無駄になっているのがお分かりいただけると思います」
「うん。よく分かる」
「何よりです。では、このダンジョン化した場所、ダンジョンの機能について説明します。ダンジョンには、魔力を確保したり、保存する機能が備わっています」

 画面の中のダンジョンに、新たな黒い影絵が加わった。
 黒い人型と同じ、二次元の四足動物だ。
 形状的に、狼か何かだろう。

「ダンジョン内で生物が死んだ場合、ダンジョンはその生物から発散された魔力を吸収、蓄えます」

 人型が棒のような武器を持ち、狼を殴りつけた。
 狼は地面に倒れ伏し、頭の上から白い天使の輪のようなものが昇っていく。
 どうやら、狼は天にされたという意味らしい。
 次に、狼の体から青白い光が溢れ出し、それがどんどん地面や壁、天井などに吸収され始めた。
 心持ち、ダンジョン全体が明るくなったように見えるのは、おそらく狼の魔力のせいだろう。

「こうして蓄えられた魔力は、ダンジョンマスターである貴方が自由に使うことができます」
「すげぇー……なにそれ便利っぽい」

 イツカは酷く感心し、大きく頷いた。
 そこで、大きく眉間に皺を寄せる。

「ねぇ、ジャビコ。そもそも魔力って何なの?」

 イツカの問いに、再び画面が切り替わった。
 影絵のような木の絵と、人型、先ほどの狼などが表示される。
 その周りを、うっすらと青白いモヤが覆っていた。

「魔力とは、あらゆる物質に内在しているエネルギーの一種です。電気、熱などと同質のものと考えていただいて構いません。この世界では、そのエネルギーを変質させることで、様々な物理法則を超越ちょうえつした現象を起こすことが可能です」
「ゲームやマンガでいう、魔力とかMPと同じって思っていいのね?」
「そのとおりです。ちなみに、魔力の保有量は、非生物よりも、生物の方が多いのが一般的です。魔力は生命活動の維持にも有用であり、魔法を行使するときにも消費するからです」
「ふぅーん……」

 イツカは唸った。
 じーっと画面を食い入るように眺めながら、頬を撫でる。
 すると、木、人、狼、それぞれを覆っている青白いモヤの厚みが違うのに気がついた。

「これって、やっぱり生き物の種類によって、魔力の保有量が違うの?」
「そのとおりです。個体差はありますが、生物が保有できる魔力量は種類によって異なります。これは、生物ごとに体内温度などが違うのと同じと考えると分かりやすいと思われます」
「体温ねぇ。ん? え、もしかしてさ。生物が生きているときに保有できる魔力量と、死体が保有できる魔力量って、違ったりするの?」

 体温という単語から、イツカは質問した。
 変温動物は、筋肉などを動かして熱を作る。
 だから周囲の気温よりも体温が高い。
 しかし、死んでしまうと、その熱はどんどん外へ逃げてしまう。
 イツカは魔力が、それと同じではないかと思ったのである。

「そのとおりです。生きている状態と死体とでは、保有できる魔力量が異なります。これは、生物が生命維持のために特に魔力を取り込み、生成しているためです。生物は死ぬと、その体に魔力をとどめて置けなくなるのです」
「死んで、死体に残っていられなくなった魔力を、ダンジョンは吸収するってこと?」
「そのとおりです」
「へぇーえー……」

 イツカが目を丸くしている間に、再びモニターの映像がダンジョンと人型だけに切り替わった。

「先ほどお話ししたように、生物が保有できる魔力はおおよそ決まっています。それは当然、人間も、貴方自身についても同じです。それを超越して魔力を保有、使用するための機能。それが、ダンジョンマスターの能力なのです。ダンジョンはその規模を広げるごとに、保有、吸収できる魔力の量を増やしていきます。そうすれば、次第に大量に魔力を消費する大掛かりな仕掛けを作ることも可能になるのです」

 映像がどんどんクローズアップされていき、広い洞窟の内部へと変わる。
 それが、ダンジョン化した状態を示す青白い色に染まっていく。
 魔力は、壁や床などに溜まっているわけだから、ダンジョンの広さに比例するように蓄えられる魔力が増えるのは納得がいく。

「私にも魔力はあるけど、それ以上の量を使えるわけだ。夢が広がるわぁ」
「そのとおりです。貴方にも魔力があるので、それを消費して何かしらの魔法を使うことは可能です。ですが、規模はごく限られています。現在の能力以上のことをしようとした場合、やはりダンジョンでほかの生物の魔力を奪う必要があるでしょう」
「これって、私が直接手を下さなくていいんでしょ? 極端な話、勝手に殺し合いを始めても結果的には私が漁夫ぎょふ、みたいな」
「確かにそういったことも可能です。ただし、ダンジョンを魔獣同士の縄張り争いが激しい場所や戦場などに作るのは推奨しかねます。万が一、とばっちりを受けたらほぼ間違いなく、命を落とすものと考えられます」
「だわね。そんな殺し合いが頻繁にある場所には近づきたくないし。となると、何かしら引きずりこんで洞窟内で殺す、とかの方が安全なわけか。こりゃ確かにダンジョンだわ」

 イツカは、自分が戦場でダンジョンを作っている図を思い浮かべる。
 バッタバッタと人が死に魔力は沢山集められるだろうが、自分が見知らぬ兵士に捕まって殺される姿も容易に想像できた。
 ほかにも熊とトラの魔獣が激しく戦う場面をイメージしたが、やっぱり最終的にはイツカが殺される展開だ。
 思い浮かべたのはかなりファンタジーなイメージだったが、流石さすがに笑い飛ばせない。
 なにせここは、異世界なのである。どんな、ヤバイことが起こっても不思議ではないのだ。
 現にイツカ本人が、ダンジョンマスターなどというけったいなシロモノになっているわけだし。

「あれ? もしかしてこれってあれなの? 人間の冒険者とかを殺さないといけないわけ? ありんことかウジ虫とか、ごちゃーっと湧いているようなやつでもいいの?」
「生物であれば、おおよそどんなものでも構いません。リス、ウサギなどでも、ダンジョン内で死ねば魔力を吸収できます。ただ、昆虫などのサイズが小さなものは保有魔力も少なく、殺したところで、すずめの涙といったところでしょう」
「あ、そう上手くはいかないのね」

 むしとかを飼って、無限増殖!
 なんてことも頭に浮かんだイツカだったが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
 心なし落ち込みはしたものの、人間だけをターゲットにしなくていいのはよかった。
 こういった境遇におちいるファンタジー小説の中には、殺す相手を人間に限定しなければならない設定も多い。
 人間は狡猾こうかつで、何をするか分からない相手だ。
 できるなら敵に回したくない。

「ああ。ここで殺すのがメンドクサイって思っちゃうとか、人を殺すことへの罪悪感とかを感じないあたりがさ。私は体を、能力を使うのに適した状態とやらにされちゃったのね!」
「それは貴方が元々持っている考え方です。そもそも貴方の精神に異常をきたす情報は、極力避けられています。たとえば私という外部記憶の存在も、貴方の脳に直接、これまで経験したことのない情報を大量に流し込むことによって悪影響が出るのを避けるためでもあります」
「うっさいわね。何よその言い草、私がヤバイヤツみたいじゃない」
「返答を検索。最適な回答を発見。言わぬが花、というやつです」
「こんの穴なしボウリング玉……!」

 イツカは拳をふるふると震わせたが、殴るのはカンベンしてやる。
 ジャビコのビジュアルが本当にボウリングの玉っぽく、殴ったら痛そうだからだ。

「でも、大体分かってきたわ。この洞窟をダンジョン化させて、獲物をおびき寄せるなり引きずり込めばいいわけね。で? それを倒す方法があるわけでしょ? 物質に機能を付け足すことで」

 溜め息混じりに、イツカはモニターに視線を戻す。
 すると、それを待ち構えていたかのように画像が切り替わった。
 二次元の、人型と洞窟のものだ。

「では、説明に戻りましょう。基本的、つ、代表的な機能を二つご紹介します。ほかのものは全て、この二つの派生系や、応用系だと言ってもいいでしょう」
「へぇ。楽しみ」
「まず一つ目。ファイアートラップです」

 画面の外から、先ほどと同じ狼の影絵が現れた。
 四本の足を動かし、イツカの人型に近づいていたそれは、突然、地面から噴き上がった炎に包まれる。
 目のところに白いバツじるしが浮かび上がり、狼はぐったりと地面に倒れ伏した。

「これは、蓄積した魔力を別のエネルギーに変換、放出する系統の機能を使ったものです。上を敵生体が通ったとき、あるいは合図をしたときに発動するなど、はば広い発動条件が設定できます。また、炎以外のものにすることも可能です」

 先ほど狼を倒した地点から、水、雷、ビームのようなものなどが、次々に上がっていく。

「ただ、これはとても魔力の消費が激しいものです。したがって、性質上この方法のみに頼る場合は、罠のようにしか使えないのが欠点です」
「へー。でも、壁一面火の海ーとか、できそうじゃない? って、まあ、効率悪そうだけど」
「そのとおりです。火力は一点に集中させるのがよいでしょう。一網打尽いちもうだじんにしようとすれば、火力が足りなくなる場合もあります。それと、この世界には地球とは比べ物にならないほど強靭な体を持った、強力な魔法を使う生物が存在することを付け加えておきます。彼らはとても頑丈がんじょうで、そういった通り一遍の方法だけで殺すのは困難です」
「まじで? 魔獣的な?」
「おおよそ、その理解で正しいでしょう。優に三メートルを超える狼や、いわゆるドラゴンのような生物も多数、生息しています」

 イツカの顔色が青白くなり、僅かに肩が震える。

「わーお。今すぐダンジョン作りたくなってきた」

 もちろん、実際に寒いわけではない。
 自分の命が現在進行形で、危険と隣合わせだという事実に、背筋が寒くなっただけである。
 そんなイツカの気を知ってか知らずか、ジャビコは次の説明へ移った。

「次に紹介するのは、ゴーレムです。魔法を使って作られたロボットと考えていただいて、差し支えないでしょう。獲物を倒すことから、ダンジョンの整備まで。活躍の幅は無限大です」

 画面上に、長方形と円形で作られた影絵のような人型が映し出される。
 それとほぼ同時に、画面の外から先ほどと同じように狼の影絵が現れた。
 新しい人型は、おそらくゴーレムなのだろう。
 ゴーレムは、わしゃわしゃと足を動かしながら狼に近づき、その腕を振り下ろす。
 殴りつけられた狼は、すぐさま目元をバツ印にし、頭の上に白い輪を浮かべる。

「これは、蓄積した魔力で機能を付与した対象の形を変化させる、いわば可動型の機能を応用したものです。当然、形状は人型に限らず、自動ドアやエスカレーター、エレベーターのような装置も作ることが可能です」
「なにそれ超便利」
「定期的に魔力を補充する必要はありますが、放出型に比べて魔力コストは低く、ずっと効率がよいと言えるでしょう。ただ、ゴーレムは思考能力が低いため、知的生物の高い判断能力を上回る行動はとれません」
「だめじゃん」

 イツカは露骨ろこつに顔をしかめ、肩を落とす。
 頼もしいと思っていただけに、残念感もひとしおだ。

「もちろん、改善策はあります。ゴーレムの行動は、それ専用の思考型の機能を付け加えた、いわゆるコアが制御しています。このコアの性能は、使用された素材と、組み込まれたプログラムの性能によって大きく変動します。つまり、よい素材を得て、プログラムを進化させていけば、より強力で効率的、つ、高度な思考を、高速で行うコアを作ることが可能なのです」
「普通にすごいじゃん。けど、まあ、後々の課題ってことか……まあ、先がないよりはマシかな」

 イツカは脱力し、大きく溜め息を吐いた。
 それを見計らったように、画面が元の洞窟と人型だけの表示に戻る。

「ベースとなり、住居ともなるダンジョン製作能力。そして、その支えともなる放出型と可動型。それら全てを制御する、思考型。この三つの機能を、非生物に付け加えることができる。それが、貴方のダンジョンマスター能力です」

 画面上の人型が、拳を振り上げるポーズを作った。
 やはり、この人型はイツカのイメージらしい。
 ジャビコの演出なのか、後ろでくるくると丸い浮遊物が回っている。

「ただし、これらの機能は、維持するだけでも魔力を消費します。小さなダンジョンであれば貴方の魔力だけでも十分ですが、将来的には不足するようになるでしょう。ダンジョンの中で生物を殺し、魔力を補給する必要があります」
「じゃあ、不足しないような小さなダンジョンで我慢すればいいんじゃない?」
「それでは、安全を確保するのは難しいと考えられます。たとえば、この洞窟に狼のれなどがやって来た場合、今の貴方の魔力だけでは撃退することは不可能です」
「ははは。言い切っちゃうんだ……。身を守るためにダンジョンを作って、ダンジョンを強固にするために動物殺して、そのダンジョンを維持していくためにさらに動物を殺すわけね……」

 どこか乾いた笑い声を、イツカは響かせた。

「……もう、エンドレスじゃない」

 少し落ち込んだような、僅かに暗さを感じさせる表情のまま口元を手で覆う。
 自分の状況に、今になって恐怖を感じているのだろうか。

「殺した動物は、貴方の食事にすることも可能です」
「え? ダンジョンマスターって食事必要なの? 病気とか毒とか効きにくい体なのに?」
「そのとおりです。健康な体を維持するためには、バランスの良い食事の摂取せっしゅが必要です。それをサポートするため、貴方の味覚は多少変化しています。といっても、苦手だったメニューも美味しく食べられるようになっている、といった程度です。嫌いだったものを美味しく、好きだったものはより美味しく感じられるようになっているのです」

 ジャビコの言葉に、イツカの表情が引き締まる。
 どうやら、先ほどの深刻そうな表情はただのポーズだったらしい。
 なんとなく、悲劇のヒロインを演じてみたくなったのだ。
 誰も突っ込みやリアクションを入れてくれなかったので、すぐさまイツカは何事もなかったかのように普段の自分に戻った。
 元々、このぐらいの状況で悲嘆に暮れるほどやわな根性はしていないのだ。

「うっしゃ。じゃあ、とりあえず美味しいもののために、ダンジョンとゴーレムと罠作って、動物をぬっ殺しますか」

 吹っ切れたようにそう言い放ち、イツカはジャビコをぺちぺちと叩いた。
 その顔は、晴れやかである。

「なかなかけわしい道のりになるとは思われますが、私も全力でサポートします」
「うんうん。ヨロシクね、ジャビコ。とりあえず、あれね」

 イツカはびしっと指を立てると、強気に宣言する。

「最終目標は、逆ハーレムでも作ることだね」
「かなり難しいと思います」
「まあ、そもそもここ、人居ないしね」

 根本的なところでつまずいている印象もあるが、人生は何があるか分からない。
 どうにかなるだろうと、イツカはすこぶる楽観的に考えていた。

「それじゃあ、とりあえずの目標は、お風呂でも作ることかな。ここ、水もあるし。火っていうか、熱は放出系でどうにかなりそうだし」
「それならば可能です。入浴は心身をリフレッシュさせ、活力を取り戻します。良い目標と言えるでしょう」

 ジャビコの答えに満足気な表情を作り、イツカは拳を振り上げた。

「じゃあ、お風呂の完成を目指して、がんばりましょうかぁ」

 すこぶる楽しそうな笑い声を上げると、イツカは再びぺたぺたとジャビコを叩く。
 けれどもイツカの言う、とりあえずの目標が、後々思いも寄らぬ事態を引き起こすことになろうとは――。
 このときのイツカは、まだ知るよしもないのであった。


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