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雨に暴かれる様すらも滑稽である。
第5話
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驟雨に洗われ、全身びしょ濡れになった夕は、錆び付いたテント屋根の下ぼんやり絶望していた。
今朝の天気予報のお姉さんは「今日は晴れます」と言ったのだ。毎朝彼女を信じている夕は勿論、傘など、折りたたみ傘すらも持ち歩きはしなかった。彼女を信じたばかりに、ひと風呂浴びたような濡れ具合だ。
否、彼女が悪いのでは無いな。この気まぐれな空がいけないのだ。尤も、いつも散々照りというのも困ってしまうのだが。
はてさて、きっとこれは下着までいってしまっているな。靴の中もぐちょぐちょしていて、歩く度に水がぐしゃりと湧き出てしまう。
靴下なんか意味を成さない。おろしたての糊のきいたカッターシャツも、濡れたせいで僅かに生臭さを感じる。
まだ、ざあざあ降りだ。しかし、空は明るいからすぐに晴れるだろう。
このまま走って帰ろうかと思案している時、運が良いのか悪いのか、聞き覚えのある声が聞こえた。
「行光!」
「……」
自分の名を嬉しそうに呼ぶような酔狂な人間は、この世で1人しか居ない。
「……日野、」
振り向けば日野は、ばしゃばしゃと激しく雨に打たれながら同じ屋根の下に避難してきた。ぽたぽたと頬を伝い顎から滴り落ちる雫が厭らしく見えて自己嫌悪する。
「きょー花ちゃん晴れっつったのになー、やられた」
「……はな、ちゃん?」
「朝のさあ、4chのお天気お姉さん」
あ、それ俺も観てきたよ。
「いつもほぼほぼ当てんのに、今日は駄目な日だったかぁ。ま、そんな日もあるわな!」
何事も楽しそうに話す日野を見つめていると、日野は夕の視線に気づき一瞬だけ僅かに眉を寄せた。
「……行光、これ羽織な」
「……え、え……!?」
なんで顔を顰めたのかと考える暇もなく、夕は行光から自分の服と同じくらいびしょびしょに濡れた上着を手渡されてしまった。
え、え……これ、……着るの? なんで?
「あー……あの、さ、…………いや、このまま一緒に走れる?」
「……っえ」
「俺ん家ちけーの、知ってっしょ? 寄ってってよ。時間平気?」
こんな短期間で2度も、かつて好きだった人の部屋に転がりこめるものかと、夕は大いに瞳を瞬かせた。
「だ、だいじょぶ、その……」
俺、もう帰るから、
その言葉を発するより前に、日野は肯定と受け取ってしまい「よし、じゃあ行くぞ!」と土砂降りの中、夕の手首を掴み引っ張った。
「……わ、っ」
いきなり引っ張られた夕はその力強さと、手の大きさに圧倒され、腕と体が切り離されてしまうんじゃないかという錯覚に陥った。
しかし走る速度は夕が懸念したより速くはなく、時折ちらりと夕を気遣うような視線を寄越しつつ走っていたから、きっと体力のない夕が着いてこれる速度を考えてくれていたのだろう。
途中何故か薬局に寄った日野だったが、買い物を終え出てくるとまた夕の手を取り、雨の中2人勇んで日野のワンルームのアパートへと駆け込んだ。
今朝の天気予報のお姉さんは「今日は晴れます」と言ったのだ。毎朝彼女を信じている夕は勿論、傘など、折りたたみ傘すらも持ち歩きはしなかった。彼女を信じたばかりに、ひと風呂浴びたような濡れ具合だ。
否、彼女が悪いのでは無いな。この気まぐれな空がいけないのだ。尤も、いつも散々照りというのも困ってしまうのだが。
はてさて、きっとこれは下着までいってしまっているな。靴の中もぐちょぐちょしていて、歩く度に水がぐしゃりと湧き出てしまう。
靴下なんか意味を成さない。おろしたての糊のきいたカッターシャツも、濡れたせいで僅かに生臭さを感じる。
まだ、ざあざあ降りだ。しかし、空は明るいからすぐに晴れるだろう。
このまま走って帰ろうかと思案している時、運が良いのか悪いのか、聞き覚えのある声が聞こえた。
「行光!」
「……」
自分の名を嬉しそうに呼ぶような酔狂な人間は、この世で1人しか居ない。
「……日野、」
振り向けば日野は、ばしゃばしゃと激しく雨に打たれながら同じ屋根の下に避難してきた。ぽたぽたと頬を伝い顎から滴り落ちる雫が厭らしく見えて自己嫌悪する。
「きょー花ちゃん晴れっつったのになー、やられた」
「……はな、ちゃん?」
「朝のさあ、4chのお天気お姉さん」
あ、それ俺も観てきたよ。
「いつもほぼほぼ当てんのに、今日は駄目な日だったかぁ。ま、そんな日もあるわな!」
何事も楽しそうに話す日野を見つめていると、日野は夕の視線に気づき一瞬だけ僅かに眉を寄せた。
「……行光、これ羽織な」
「……え、え……!?」
なんで顔を顰めたのかと考える暇もなく、夕は行光から自分の服と同じくらいびしょびしょに濡れた上着を手渡されてしまった。
え、え……これ、……着るの? なんで?
「あー……あの、さ、…………いや、このまま一緒に走れる?」
「……っえ」
「俺ん家ちけーの、知ってっしょ? 寄ってってよ。時間平気?」
こんな短期間で2度も、かつて好きだった人の部屋に転がりこめるものかと、夕は大いに瞳を瞬かせた。
「だ、だいじょぶ、その……」
俺、もう帰るから、
その言葉を発するより前に、日野は肯定と受け取ってしまい「よし、じゃあ行くぞ!」と土砂降りの中、夕の手首を掴み引っ張った。
「……わ、っ」
いきなり引っ張られた夕はその力強さと、手の大きさに圧倒され、腕と体が切り離されてしまうんじゃないかという錯覚に陥った。
しかし走る速度は夕が懸念したより速くはなく、時折ちらりと夕を気遣うような視線を寄越しつつ走っていたから、きっと体力のない夕が着いてこれる速度を考えてくれていたのだろう。
途中何故か薬局に寄った日野だったが、買い物を終え出てくるとまた夕の手を取り、雨の中2人勇んで日野のワンルームのアパートへと駆け込んだ。
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