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第6話 前世の記憶

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ドサドサと積み上げられていた本が落ちてきて、本に埋もれてしまった私。
駆けつけた母マリアと、執事のトマス、侍女マーサに助け出された。
私を落ちてくる本から守ろうと果敢に飛び込んだマーサもあちこち打っているはずだ。

「大丈夫ですか、お嬢様」
トマスの声が聞こえる。

「リーゼ、リーゼ、しっかりして」
泣きながら語りかけるお母様。
ああ、いつも気丈なお母様を泣かせてしまったのね……
私は、二人の声にうっすらと目を開くと、アラン様が走り去る姿が見えた。

えっ、私の上に本が落ちてくるところを見たはずなのに?助けることなく走り去る?
彼が私の肩を押したから、こうなったのに。
ああ、彼はこんな人だったのね……
あちこち痛いし、なんだか疲れてしまった。
もういいや。
私はプツリと意識を手放した。

***

「リーゼ、すまない。こんなことになるなんて……早く目を覚ましておくれ」
お父様の悲痛な声が聞こえた。
金策で駆け回っていたお父様がなぜ?
でも、やっぱりお父様の声だわ。
今回の騒動が耳に入り、慌てて帰ってきてくれたのね。

確かに痛いっ、痛いけれど、本があたっただけだし、擦り傷や打ち身くらいだと……
ああ、そうか。
私が意識を手放したから……

う~ん、ん?
目を開けると、ベッドに横たわる私の手を心配そうに握るお母様とルーカスの姿。
その後ろにはお父様、トマス、マーサの姿が見える。


あれ?
なぜみんな私の部屋にいるの?
何が起こったのか、わからない。
ああ、意識を手放した私を誰かが部屋へ運んでくれたのね。
天井が変わっていたから、びっくりしたわ。

お母様が握る右手は温かいけれど、ルーカスが握る左手はなんだか冷たいし、少し痛い。
ルーカスは女性の手を握る加減がなってないわね。
これじゃ、意中の女性がいても逃げられちゃうわよ。
もっと優しく握らなければ。

でも、ルーカスと手を握るのなんて、いつぶりかしら。
エスコートはアラン様がしてくれていたから、きっと随分久しぶりなはず。
これから新しい婚約者が決まるまでは、ルーカスかお父様が私をエスコートしてくれるのかな……
そういったエスコートが必要な場所へ向かう機会があるのかも疑問ね。

はあーっとため息とともに、額に手を持っていこうと動かすと、
いたたっ。
手にズキズキ、ヒリヒリと痛みが走る。
腕を持ち上げると、赤くなり、所々に傷がある。
その痛々しさに、つい顔をしかめてしまう。


何があったのか、お母様が説明してくれる。
そっか、本が上から降ってきて、私は気を失っていたんだ。
記憶を失ったわけではないようだ。
目を閉じて、集中するといろいろなことが想い浮かんでくる。
忘れてしまったのではなく、私はひどく混乱していた。

状況は理解した。
それでも何か違和感を感じる。
父 リカルド
母 マリア 
弟 ルーカス
執事 トマス 
侍女 マーサ 
目の前にいるみんなの顔をじっと見つめる。
なぜだろう? なんだか不思議な感じ。
映画のワンシーンでも観ているような……
髪色、瞳の色が不思議な色合い。
服装は中世ヨーロッパ風。
部屋もそうね。

私は、リーゼ・エッセン伯爵令嬢。
ん? リーゼ? 伯爵令嬢?
伯爵令嬢ってことは、貴族?
私、私が貴族のお嬢様になってる?

私は、森川 泉(もりかわ いずみ) 29歳 独身OL

近々結婚する予定である彼の部屋を訪れたところ、なんと浮気相手と鉢合わせ。
まさか……そんな……
信じていた、大好きな彼に裏切られ、大きな衝撃を受けた私は、頭がサーっと真っ白になった。
彼の部屋から踵を返す直前、驚きに満ちた彼の顔が絶望に染まった。
時間が止まったかのようだった空間が動きだし、彼がこちらに向かって足を踏み出したのが視界を掠めた。

「いやっ、嫌だ~、こっちに来ないで」
力ない声が口から漏れて……
勢いよく階段を駆け降りた。
涙が次々と溢れ、目の前が霞む。

少しでも早く部屋から、彼から、離れたくて、慌てていた私は階段を踏み外し…
「いずみ、あぶない!」
切羽詰まった彼の声が聞こえたのを最後に、そこからの記憶がない。
私は階段から落ちて……痛い思いをしたんだろうか…

これは前世?前世の記憶なのだろうか。
いずみなんて名前も、映像のように頭に浮かんだ彼の部屋、彼の服装、どれもこの世界で私が見たものではない。
そう感じた。
だって、だって、何もかもが違う。


今、私は17歳のリーゼ・エッセン。
外見もかなり違う。
紺色の髪に紫の瞳なんて日本人はいないと思う。
まるで絵本のお姫様みたい。

そんなことを考えていると、
「リーゼ、辛い思いをさせてすまない。アランくんのことは忘れてくれ」と父が言った。

前世を思い出した私。
アラン様の態度は、有り得ない。
婚約者を助けようともせず、放り出すなんて。
しかもいじめの冤罪までかけられた。
酷すぎる。

そんな相手とは、信頼関係なんか築けない。
アラン様のほうから婚約破棄を言い出してくれて助かった。
でも、破棄?破棄はない。
だって私はアリス様をいじめたりしてないもの。
会ったこともない人をどうやっていじめるというのか……
「お父様、わかりました。ただ婚約破棄ではなく、婚約解消で交渉お願いします。私は誓っていじめなどしておりません。それだけは信じてください」
私は、痛む腕を押さえながら、切々と訴えた。

「わかった。いじめは認めない。婚約は解消で交渉してくる」
お父様は私のことを信じてくれた。

それから、ラックス侯爵とエッセン伯爵で話し合いが行われた。
いじめの事実確認が取れないこと、ラックス侯爵家にはエッセン伯爵家に受けた恩があることからエッセン伯爵の主張が認められた。

婚約破棄でなく婚約解消となり、違約金、慰謝料は発生しないことが決まった。
本来ならラックス侯爵家から何かしらのお詫びがあってしかるべき。
今の我が家は喉から手が出るくらいお金が必要なんだけど……お父様、ごめんなさいね。


あんなヤツ、こっちから願い下げだ!
婚約が解消されたことは後悔していない。
だんだんムカついてきた。

無事にアラン様との婚約が解消され、スッキリした。
スッキリはしたけれど、あ~ムカつく。

しかし、このままでは借金を抱えたエッセン伯爵家は没落まっしぐら。

何とかしなければ…
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