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第62話 食材について
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ケント様は、約束どおり私に会いに、王宮まで来てくれた。
講義を終えた私が、席を立ったところで、彼が声をかけてくれたのだ。
私は、嬉しくて、嬉しくて、舞い上がる。
ケント様へ向かい駆け出したはいいけれど、どうしていいのかわからず、彼の目の前でピタッと立ち止まった。
だって、ここ、王宮の廊下。
少し前には、立ち去ったばかりの講師が振り返り、私たちを見ている。
廊下には護衛や使用人が何人も……
うわぁ~、注目を浴びてしまった。
はしゃいじゃダメだった。
彼へと伸ばした手をさっと引っ込め、ドレスのスカート部分をむんずと掴む。
聞き耳を立てているであろう周りの人たちに聞こえないくらい声を抑える。
「ケント様、会いに来てくれたのね。ありがとう。嬉しいです。次の講義までにあまり時間がないの。この部屋で少し話せる?」
「ああ、僕はどこでも構わないよ」
ケント様を連れて、出てきたばかりの部屋へと戻る。
「あのね、会いに来てくれたら渡そうと作ったの」
いつ会えるかわからないので、持ち歩いていたハンカチを彼へ渡す。
「リナが刺繍したのか?」
「ええ、そうなの。どうかな?」
「ありがとう。嬉しいよ。でもこれはなに?フルーツかな?」
てんとう虫を指差している彼。
赤くて丸いと、フルーツっぽいかな?
「ケント様、これはてんとう虫。幸せを運ぶ虫と言われているの。ほら、ここに脚があるでしょ?この国にはいない虫かもしれないんだけどね」
「そうか……幸せを運ぶ虫。リナは僕の幸せを願ってこの虫を刺繍してくれたんだね」
「うん」
「そっか、そっかぁ、虫、虫かぁ」
彼の顔がくしゃりとほころんだ。
いい、いいわ、その顔。
整った顔がくしゃりとなると少年っぽくなるのね。
かっこいいんだけど、かわいくて、どう表現すればいいんだろう……とにかく誰にも見せたくない。
まだまだ一緒にいたいけれど、移動しなきゃ。
次は厨房で、この国の主な食材について教えてもらうことになっているのだ。
次の視察へ行く前に、この講義を受けるようにヘンリー王子から指示があった。
わざわざ指示をだすことからして、彼は庭園で言ったとおり、近々 私を視察へ連れ出すつもりなのだろう。
この国の食材、興味があるわ。
講義を聴いていると、あれもこれも知りたいと思ってしまって……
どんな調理法でよく食べられているかなど、あまりにも私が質問ばかりするから、講師を引き受けてくれたシェフがちょっとだけひいていた。
ちょっと前のめりになりすぎだったかな。
食材を見ながら、まだ出会っていない料理については、頭の中で想像する。
いくつかの手早く作れる料理は、シェフが実際に作って食べさせてくれ、それが私の昼食となった。
焼肉は独特な香辛料がすりこんであり、好き嫌いがわかれそう。
不思議な味だな~、私の好みではないけれど、普通に食べることはできる。
他には鍋料理もあった。
見た目はすき焼きっぽいのに、味がね、違うのよ。
口に入れてびっくり。
酸っぱいの。すき焼きが。
すき焼きじゃなく、すっぱ焼きというものらしい。
何でも食べる私。
変わった味に、驚きはするけれど、みんな普通に食べているものなわけで、最後までしっかりとお腹におさめた。
シェフはそんな私を気に入ってくれたようだ。
いやね、以前から嫌われてはないと思ってはいたのよ。
時々、王妃様のツテで厨房の隅を使わせてもらっているんだけど、料理人たちは気になるようで、不自然に私の近くをウロウロしてるんだもん。
新しい料理があれば……と気になるのだろう。
今回は私が彼らに教えてもらう番だ。
しかも作りたての料理をその場で食べられる。
今まで私が王宮で食べてきた料理は把握できているからか、シェフは私が初めての料理ばかり作ってくれた。
シェフが言うには、王族や客人が実際に自分が作った料理を食べる姿を見る機会などそう多くはないそうだ。
私があまりにも美味しそうに食べるものだから、「いい食べっぷりだ。気に入った」と背中をポーンと叩かれ、危うく吹き出すところだった。
危ない、危ないわ。
せっかくの美味しい料理を台無しにするところだった。
ふぅー。
***
程なくして、ヘンリー王子から視察への同行要請が入った。
しかも本人が自ら伝えに来た。
これは……もちろん断れない。
行き先はバルバラ。
ヘンリー王子の婚約者ダイアナ様のお父上バルバラ侯爵が治める領地だ。
ヘンリー王子が婚約者へ会う為に領地へ行くだけじゃない?
それって視察になるの?
私が同行する意味がある?
「あっ、今、視察になるのかと思っただろ?ダイアナに会いに行くだけじゃなく、ちゃんと牧場を視察するよ。バルバラは酪農が盛んなんだ。乳牛も肉牛もいる」
「牛肉だっ!チーズ、ミルクもありますよね?」
「ああ、もちろん。乳製品も牛肉もあるぞ」
「やった~!!行きます。視察行きます!」
酪農が盛んということは、広々とした草原が広がっているのかな?
のどかな牧草地で牛が草を食む光景を思い浮かべる。うん、いいっ、行ってみたい。
牛以外の動物もいるのかな?
楽しみだ。
「おっ、すごく生き生きした顔だ。お菓子でも料理でもいろいろ作れそうだろう?」
ヘンリー王子が朗らかに笑う。
「ああ、なるほど。婚約者との逢瀬だけでなく、私の料理も楽しみに思ってくださっているんですね」
「逢瀬? 何を言っているんだ、君は……。ちゃんとした視察だ、視察。積極的に意見を頼むよ」
ヘンリー王子はすました顔だが、耳が赤くなってるからね。
「何か気になることがあるんですか?」
「それはバルバラに着いてから話すよ。明後日に出発するから、そのつもりで」
「はい、了解いたしました」
何か困り事があるのかな……
牛肉、乳製品が私を待ってる~。
何を作ろうかな……楽しみだ。
講義を終えた私が、席を立ったところで、彼が声をかけてくれたのだ。
私は、嬉しくて、嬉しくて、舞い上がる。
ケント様へ向かい駆け出したはいいけれど、どうしていいのかわからず、彼の目の前でピタッと立ち止まった。
だって、ここ、王宮の廊下。
少し前には、立ち去ったばかりの講師が振り返り、私たちを見ている。
廊下には護衛や使用人が何人も……
うわぁ~、注目を浴びてしまった。
はしゃいじゃダメだった。
彼へと伸ばした手をさっと引っ込め、ドレスのスカート部分をむんずと掴む。
聞き耳を立てているであろう周りの人たちに聞こえないくらい声を抑える。
「ケント様、会いに来てくれたのね。ありがとう。嬉しいです。次の講義までにあまり時間がないの。この部屋で少し話せる?」
「ああ、僕はどこでも構わないよ」
ケント様を連れて、出てきたばかりの部屋へと戻る。
「あのね、会いに来てくれたら渡そうと作ったの」
いつ会えるかわからないので、持ち歩いていたハンカチを彼へ渡す。
「リナが刺繍したのか?」
「ええ、そうなの。どうかな?」
「ありがとう。嬉しいよ。でもこれはなに?フルーツかな?」
てんとう虫を指差している彼。
赤くて丸いと、フルーツっぽいかな?
「ケント様、これはてんとう虫。幸せを運ぶ虫と言われているの。ほら、ここに脚があるでしょ?この国にはいない虫かもしれないんだけどね」
「そうか……幸せを運ぶ虫。リナは僕の幸せを願ってこの虫を刺繍してくれたんだね」
「うん」
「そっか、そっかぁ、虫、虫かぁ」
彼の顔がくしゃりとほころんだ。
いい、いいわ、その顔。
整った顔がくしゃりとなると少年っぽくなるのね。
かっこいいんだけど、かわいくて、どう表現すればいいんだろう……とにかく誰にも見せたくない。
まだまだ一緒にいたいけれど、移動しなきゃ。
次は厨房で、この国の主な食材について教えてもらうことになっているのだ。
次の視察へ行く前に、この講義を受けるようにヘンリー王子から指示があった。
わざわざ指示をだすことからして、彼は庭園で言ったとおり、近々 私を視察へ連れ出すつもりなのだろう。
この国の食材、興味があるわ。
講義を聴いていると、あれもこれも知りたいと思ってしまって……
どんな調理法でよく食べられているかなど、あまりにも私が質問ばかりするから、講師を引き受けてくれたシェフがちょっとだけひいていた。
ちょっと前のめりになりすぎだったかな。
食材を見ながら、まだ出会っていない料理については、頭の中で想像する。
いくつかの手早く作れる料理は、シェフが実際に作って食べさせてくれ、それが私の昼食となった。
焼肉は独特な香辛料がすりこんであり、好き嫌いがわかれそう。
不思議な味だな~、私の好みではないけれど、普通に食べることはできる。
他には鍋料理もあった。
見た目はすき焼きっぽいのに、味がね、違うのよ。
口に入れてびっくり。
酸っぱいの。すき焼きが。
すき焼きじゃなく、すっぱ焼きというものらしい。
何でも食べる私。
変わった味に、驚きはするけれど、みんな普通に食べているものなわけで、最後までしっかりとお腹におさめた。
シェフはそんな私を気に入ってくれたようだ。
いやね、以前から嫌われてはないと思ってはいたのよ。
時々、王妃様のツテで厨房の隅を使わせてもらっているんだけど、料理人たちは気になるようで、不自然に私の近くをウロウロしてるんだもん。
新しい料理があれば……と気になるのだろう。
今回は私が彼らに教えてもらう番だ。
しかも作りたての料理をその場で食べられる。
今まで私が王宮で食べてきた料理は把握できているからか、シェフは私が初めての料理ばかり作ってくれた。
シェフが言うには、王族や客人が実際に自分が作った料理を食べる姿を見る機会などそう多くはないそうだ。
私があまりにも美味しそうに食べるものだから、「いい食べっぷりだ。気に入った」と背中をポーンと叩かれ、危うく吹き出すところだった。
危ない、危ないわ。
せっかくの美味しい料理を台無しにするところだった。
ふぅー。
***
程なくして、ヘンリー王子から視察への同行要請が入った。
しかも本人が自ら伝えに来た。
これは……もちろん断れない。
行き先はバルバラ。
ヘンリー王子の婚約者ダイアナ様のお父上バルバラ侯爵が治める領地だ。
ヘンリー王子が婚約者へ会う為に領地へ行くだけじゃない?
それって視察になるの?
私が同行する意味がある?
「あっ、今、視察になるのかと思っただろ?ダイアナに会いに行くだけじゃなく、ちゃんと牧場を視察するよ。バルバラは酪農が盛んなんだ。乳牛も肉牛もいる」
「牛肉だっ!チーズ、ミルクもありますよね?」
「ああ、もちろん。乳製品も牛肉もあるぞ」
「やった~!!行きます。視察行きます!」
酪農が盛んということは、広々とした草原が広がっているのかな?
のどかな牧草地で牛が草を食む光景を思い浮かべる。うん、いいっ、行ってみたい。
牛以外の動物もいるのかな?
楽しみだ。
「おっ、すごく生き生きした顔だ。お菓子でも料理でもいろいろ作れそうだろう?」
ヘンリー王子が朗らかに笑う。
「ああ、なるほど。婚約者との逢瀬だけでなく、私の料理も楽しみに思ってくださっているんですね」
「逢瀬? 何を言っているんだ、君は……。ちゃんとした視察だ、視察。積極的に意見を頼むよ」
ヘンリー王子はすました顔だが、耳が赤くなってるからね。
「何か気になることがあるんですか?」
「それはバルバラに着いてから話すよ。明後日に出発するから、そのつもりで」
「はい、了解いたしました」
何か困り事があるのかな……
牛肉、乳製品が私を待ってる~。
何を作ろうかな……楽しみだ。
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