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第60話 夢の中

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ラザーニア領の視察は日帰りだったが、いろんなことがありすぎて、どっと疲れた。

すぐにでもベッドで横になりたいところだが、陛下への報告があるということで、慌ただしく湯浴みを済ませ、ドレスへ着替える。
イスに座ってうとうとしていると、ロナとドーラが髪や化粧をしてくれる。
2人とも視察に同行してくれ、疲れているだろうに……
ほとんど休む間もなく、謁見へと向かう姿に。

私たちが廊下を進んでいると、ちょうど別の道から王太子夫妻が現れた。

ふぅーっ、おふたりをお待たせすることなく謁見の間へ辿り着いた。

入室後、ほとんど待つこともなく陛下が現れた。
次々と視察の報告が行われていく。
どうも今回の視察は、ラザーニア公爵を捕まえる目的も含まれていたようだ。

そうだよね、タイミングよく役人たちが現れたもの。
公爵の身分が高いゆえに、王太子様が足を運んだということなのかな……

最後に私の名が呼ばれた。

「〈神贈り人〉よ。今回の視察で問題となった街に漂う異臭について、そなたの機転に助けられたそうだな。礼を言う。次回の視察においても頼んだぞ」

「はい。もし私にわかる範囲でよろしいのでしたら、意見を述べさせていただけたらと思っております」
そう答え、王太子妃様と視線を合わせると、ニコリと微笑んでくださった。

「ほう、ほう、頼んだぞ」
王太子妃様と私の無言のやりとりを見て、陛下が頷く。

報告が終わると、もうへろへろだ。
湯浴みも終わっているし、もう寝てもいいかな~。

部屋に辿り着くと、ドーラが温かいお湯とタオル、化粧落としクリームを使い、私を素っぴんにしていく。
ロナが寝巻きを用意してくれたので、すぐに着替える。

「ロナ、ドーラ、今度こそ眠っていいかしら?」

「テーブルに軽食を用意していますので、少しだけでも召し上がりませんか?」

そういえば、昼食後、何も食べてなかった。
工場近くは異臭がしたし、食堂に立ち寄ったりもしなかった。

軽食と聞き、テーブルをみると、食べやすそうな小さめのサンドウィッチとフルーツが。
それを見た途端、急にぐう~っとお腹がなった。

「ありがとう。お腹がすいていたみたい。あなたたちも食べてないわよね?一緒に食べない?」

「リナ様、ありがとうございます。私たちにも別に用意されておりますから、心配いりません」

「あら、そうなのね。じゃあ、いただきます」

サンドウィッチは厚めのハムとチーズ、タマゴサラダ、ローストビーフとレタスの3種類。
どれも美味しくて、パクパク食べてしまったわ。

軽く済ませるつもりが、普通に食べちゃった。
ちょっとだけ残しても仕方がないし、食後のデザートとして、添えられていたフルーツもしっかりといただく。

「とっても美味しかったわ。ごちそうさまでした」

食べてすぐに眠るのは、抵抗があるけれど、たまにはいいよね……

私がベッドへ直行したのを見て、ロナとドーラが「「おやすみなさいませ」」と小声で挨拶をして出ていった。

ドアが閉まる音が聞こえたのを最後に、私は夢の中へ。

眠る前にサンドウィッチを食べたからかしら……
私の夢には日本で見ていた食べ物の映像が流れるテレビCMがいくつも登場した。
まずは焼き肉のタレ。
霜降りのササっと焼いた肉をタレに浸して、口へ運ぶ映像。
忘年会や新年会の時期によく流れる高級すき焼き店の映像。
子供がたくさん出てきて、みんなでカレーを作って食べる映像。
そしてファミレスのハンバーグ。
ナイフとフォークで切ると、とろーりチーズが溢れだすやつ。
映像とともに曲やCMのフレーズまで再現されている。

すごく懐かしくて、すごく美味しそうで、ごっくんとつばを飲み込んだ私。
それが夢なのが、実際につばを飲み込んだのかわからない、

「あー、待ってぇ、ハンバーグ~」

自分のハンバーグと叫ぶ声で目が覚めた。
すごい夢だった。
私が今、食べたい食べ物ばかり……
寝起きなのに、既にお腹がぐう~、ぐう~鳴って恥ずかしい。

少しすると、ロナとドーラがやってきて、身支度を済ませる。
準備をしてもらっている間にも、何度もお腹が鳴って恥ずかしい。

ドーラが退室したと思ったら、「朝食まではあと少し時間がありますから……」と言って、オレンジジュースとクッキーを持ってきてくれた。

このまま静かな部屋に、私の腹の音が響き続けるのは居たたまれないので、ありがたくいただく。
ほんの少し食べたことで、お腹の音がおさまったけれど、空腹は更に進んだ気がする。

気をまぎらわせようと庭園を散策することにした。
私が朝つゆに濡れる草花を見ながら歩いていると、ガサガサッと木々をかきわける音が。
護衛のハンスが警戒する。

「二ャーァン」
真っ白で毛足の長い猫が尻尾をテチテチと揺らしながら出てきた。

なーんだ猫か。
びっくりしたぁ。
かわいい猫を撫でようとしたら、ぷいっと逃げられてしまった。

あー、と残念に思っていると、またガサガサと音が鳴る。
さっきの猫が戻ってきたんだわ。
次こそは撫で撫でするわよと身構えていると……
ガサガサガサッ
金髪の男性が腹這いで出てきた。
彼の顔がゆっくりと持ち上げられ、美しい瑠璃色の瞳があらわになる。
へっ?
えっ?
互いに固まる私たち。

彼へと伸ばされた手を慌てて引っ込める。

朝食前の庭園で出くわした金髪に美しい瑠璃色の瞳。
それって……

ああっ、夢であって欲しい。


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