上 下
54 / 70

第54話 謝ってばかり

しおりを挟む
「王妃様に逢瀬なんて言われちゃいましたね……
ケント様はダンスのレッスンで来てくれただけなのにね。
ケント様、ダンスパートナーを引き受けてくれてありがとうございます。
久しぶりにあなたに会えて嬉しかった。
久しぶりにあなたと踊れて楽しかった。
でも、どうして会いに来てくれなかったの?
私はずっと、ずっと待っていたのに……約束したのに……もう私のことなんかどうでもいいの?」

彼とふたりきりになると、溜まっていた想いがどんどん、どんどん、言葉となって溢れてくる。

我ながら恨みがましいと思う。

胸に何かが込み上げてもやもやっとするし、鼻はつーんとして、目の縁からポロポロ涙が溢れ落ちる。

「もう、もう、忘れられてしまったかと思って、悲しくて……寂しかったんだから」
ずっと我慢していた。
彼に会ったことで、我慢がきかなくなり、彼の胸でぐずぐずと泣き崩れる。

「すまない。リナ、不安にさせてごめん。僕が不甲斐ないばかりに……」

「どうせ次もダンスの時に来ればいいやと思ってるんでしょう?」

「そうじゃないんだ。君がいないと何もかもがどうでもいいように思えて……
言い訳になるけれど、一度だけリナに会いに来たんだ。君は講義中で会えなかったんだけど……」

「講義が終わるのを待っていてくれればよかったのに」

「ごめん」

「伝言やメモを残してくれればよかったのに」

「ごめん」

「ごめん、ごめん、と謝ってばかりでずるい」

「ごめん」

「もーうなんなのよ」
久しぶりに会った好きな人の前で、泣き崩れてぐちゃぐちゃな顔になっちゃったじゃないのよ。

「ごめん。僕が不甲斐ないばかりに……」

「そうよ、もっと自信を持ってよ。あなたは……私が好きになった人なんだから。ダンスパートナーとしてではなく、別の時にも会いに来て。私に会いたくないの?
私はケント様に会いたかったよ。会いたくて……会いたいのに、私からは会いにいけないんだもの」

「うん」

ぐずぐずに泣きじゃくる私の頭に大きな手が置かれた。
そのまま動けずにいると、その手がゆっくりゆっくりと私の頭の上を移動する。
そのぎこちない動きが、彼らしい。

「ごめん、次は必ず会いに来るから」

「うん、ダンス以外の時にも来てよ」

「うん、わかった」
本当に?本当に来てくれるんだろうか。
ケント様なだけに、怪しいものだ。

名残惜しいけれど、そろそろ次の講義が控えている。
彼の胸から距離をとる。
うわぁ~、シャツが濡れて、べちゃって。
しわがよってヨレヨレになってる。

これはどうしようもないな。
触れずに退散しよう。

「じゃあ、次の講義があるから……またね。今日はありがとう」

ケント様と別れ、部屋を移動する。
部屋に着くと、ロナとドーラが崩れた化粧や髪をすぐにととのえてくれる。
特に目は赤くなっていることだろう。

ドーラがこっそり氷を出して、ハンカチに包み、目にあてるよう渡してくれた。
こんなことに貴重な氷魔法を使わせてしまうなんて申し訳ない。
でも本当に助かる。

次の講義は、なんと王太子妃アリエラ様とご一緒するのだ。
アマリア王国の地理について。
各地方の気候や特産品などを学ぶ。

後日、王太子夫妻が地方の視察へ出るのに、私も同行することが決まったので、視察前の情報収集も兼ねている。

以前訪れたザブン領の話もあった。
ユリナーテ様、元気にしてるかな?
ロドニ-様とケンカしてないかな?

ザブンは海産物以外にも新たな特産品として、ショユ(醤油)やミッソ(味噌)があげられていて、なんだか嬉しくなった。
日本由来の調味料がこの国に認められたようで……

もちろんデリーノについても学んだ。
デリーノは柑橘類だったり、農作物もあり、自然豊かな場所。
ここ最近は変わった料理を出す店が増え、食べ歩き目的で訪れる旅行者が増えたらしい。

変わった料理として、唐揚げ、魚フライなどが名を連ねていて、驚いた。
もうそんなに取り上げられるほど広がってるの?

唐揚げもフライも美味しいからね。
海が遠い為、一部の人にしか手が届かなかった魚料理がデリーノ領では庶民にもなんとか手が届く価格に抑えられている。

それもこれもロドニ-様の状態維持魔法のおかげだ。
デリーノには、ロドニ-様が魔法をかけた特別便で新鮮な魚が届くから。

他にも鉱石が算出される領だったり、木材や織物で有名な領が紹介され、とても興味深かった。
穀物や野菜が豊富に作られている地域、酪農が盛んな地域は特に気になる。
何がって、どんな美味しい料理があるのかなって。
きっと地域、地域の郷土料理みたいなものがあると思うのよね。

そして最後に、今回視察する予定のラザーニア領。
ラザーニアは王宮が建つ王都のすぐ隣。
端の地域は水か豊富で、宝石や金属が取れる地域が近い為、金属加工、宝石加工の工場が集まっているらしい。

へぇー、意外だ。
職人の街を治めているのが公爵様だなんて……

そういえば、モリーヌ様は男爵令嬢だった時からいかにも高そうな宝石を身に付けていたような気がする。
男性に買ってもらったものもあるだろうけれど、もしかしたら実の父親である公爵様から贈られたものもあったのかも。

視察では、工場も見学できるのかな?
あー、楽しみだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」    そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。  人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。  正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。  人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。  再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。  デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。  確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。 ––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––  他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。  前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。  彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。  

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

処理中です...