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第1話 彼女は突然現れた
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【ケント視点】
僕はケント・デリーノ。
デリーノ伯爵家の一人息子だ。
本来なら嫡男である僕は、バリバリと仕事をすべきなのだが……
僕は失恋の痛みに耐えきれず、部屋にひきこもっていた。
何もする気になれない。
食事の時間になると、メイドがガラガラと食事を運んできてテーブルにセッティングして部屋から出ていく。
ニコリと愛想笑いをすることもなく、
「食事が終わりましたらベルでお知らせください」
それだけを言い残して……
以前はもっと愛想がよかったのに、僕の反応がないからそれでいいと思っているのか……
僕が部屋にひきこもったばかりの頃は、両親や友人、使用人たちも気にかけて、あれこれと世話をやいてくれていた。
だが、あまりにも僕の反応がなかったからか、だんだんと足が遠退き、たまに接する時にはまるで腫れ物をあたるような感じだ。
わかってる、僕だってわかってるんだ。
このままじゃダメだって。
でもしばらくこの生活を続けていて、これからどうすればいいのかわからないんだ。
はぁー、ひとりっきりの部屋に僕のため息だけが響く。
ぐずぐずとベッドから抜け出す。
用意された朝食を反射的に口へ運ぶ。
カーテンを閉めきった薄暗い殺風景な部屋で
一応、朝昼晩と用意された食事をとり、風呂には入っている。
鏡に写る僕は……酷い顔だ。
目の下には灰色のクマ、頬はこけ、顔色は青白い。
髪も髭も伸びっぱなしだ。
はぁー、またため息が出た。
カーテンも開けぬまま、ベッドへ舞い戻り、布団へと潜り込んだところで、
「ギャー」
ドッスンッ
「あーっ、いたっ、いたたっ」
「ううっ」
何か物が落ちたような大きな音と、腹部から下に加わった強い衝撃。
えっ?
女性の声?
ピクッ
僕は慌ててベッドから飛び起きた。
下半身の上にある重みから這い出すように、上へとずり上がり、上半身を起こす。
今、今の状況が信じられない。
僕は夢でも見ているのか?
ベッドに横たわる僕の上に、まぁ布団ごしではあるものの、女性が、女性が落ちてきた?
頭の中がパニックになる。
僕の上に降ってきたモノ。
それは、柔らかく、甘い香りのする女性で……
バタバタと普段 屋敷で聞くことのない焦ったような複数の足音が近づいて……
はっ、誰か、誰か来るっ。
彼女が降ってきた音。
ドッスンッ、かなり大きな音だった。
僕と彼女の声も響いてしまったのか……
何があったんだと確認が来るのも納得だ。
確認? まずいっ。
今ある部屋の状況に、冷や汗が出る。
次の瞬間、僕は部屋のドアへと駆け出した。
トントン
「ケント様、いかがいたしましたか?」
「大丈夫ですか?」
トントン
「失礼します。あれ?ドア開きませんね」
「ケント様、大丈夫ですか?」
「ドア、なぜ開かないの?」
「ケント様、ご無事ですか?」
ドアごしにガヤガヤと声がする。
「あっ、うん、大丈夫だ。心配かけてすまない。ベッドから落ちただけだから」
「怪我されてませんか?」
「あー、大丈夫だ」
ガチャガチャ
「ドア、開きませんね。そちらから開けていただけませんか?」
「あー、ドアも壊れてないよ。ちょっと恥ずかしくてな。すまない。まだ寝たいので、ひとりにしててくれないか。何かあれば、ベルを鳴らすから」
「本当に大丈夫なんですね?」
「ああ、みんな仕事に戻ってくれ」
「はい、かしこまりました」
執事セスの声がして、少しすると静かに。
みんなの感情のこもった声を久しぶりに聞いたな。
ふうっ、みんな持ち場へ戻ったようだ。
部屋に踏み込まれていたら……
どうなっていたことか。
要らぬ容疑をかけられるところだった。
背中を冷たい汗が伝う。
僕の部屋には見知らぬ女性。
しかも僕のベッドの上に。
どう説明すればいいのかわからない。
まぁ、自分でも何が起こっているのか理解できないのだから、説明も何もないかぁ。
ベッドに転がっていた彼女がスクッと体を起こした。
「あー、いたたっ、ん? ん? あれ~?」
聞こえてきた彼女の声は、緊張感のない何ともほんわかしたもので……
僕の身体から力が抜けた。
彼女はストンとベッドからおりると、襟元や髪を軽く整えた後、僕と視線が合うと、目を見開き、しばらくの間 固まっていた。
そうそう、固まるのが普通の反応だよな。
知らない場所に、知らない男と一緒にいるのだから。
じっと彼女を観察する。
ツヤツヤでまっすぐな黒髪に切れ長の大きな瞳。
桜色の唇はキレイな形で少し口角があがっている。
そして肌は白くてなんとも柔らかそう。
この国では見ない容貌だ。
「こんにちは。あの~、ここってどこですか?」
なんとも緊張感のない場違いな声が。
「ここは僕の部屋だ。僕はケント・デリーノだ。君は?」
「私は 山本利奈(りな)です」
「どうやって僕の部屋に入った?」
「さぁ、部屋でベッドに入ったら、突然 下に吸い込まれていく感覚があって……ここに?」
「ふうん、ところでそのへんてこな格好は?肌を出してベッドにくるとは……君は娼婦なのか?」
「へぇ?いやいや、これはTシャツに短パン。私は眠るときはTシャツに短パンなのっ。へんなこと言わないでよね。仕事は娼婦じゃないわよ。会社員よ」
「カイシャイン? はぁー、よくわからないが、肌はもっと隠したほうがいい。それではまるで娼婦だ」
「だからぁ、私は眠ろうとベッドにいたの。部屋で寛いでたの。人に見せるわけじゃないんだからどんな格好でもいいでしょ。でも困ったわね……ここはどこなのよ」
「だから僕の部屋だって」
「え? そう、あなたの部屋。はぁー、どうしよう……」
彼女の魅力的な口からため息が漏れた。
僕はケント・デリーノ。
デリーノ伯爵家の一人息子だ。
本来なら嫡男である僕は、バリバリと仕事をすべきなのだが……
僕は失恋の痛みに耐えきれず、部屋にひきこもっていた。
何もする気になれない。
食事の時間になると、メイドがガラガラと食事を運んできてテーブルにセッティングして部屋から出ていく。
ニコリと愛想笑いをすることもなく、
「食事が終わりましたらベルでお知らせください」
それだけを言い残して……
以前はもっと愛想がよかったのに、僕の反応がないからそれでいいと思っているのか……
僕が部屋にひきこもったばかりの頃は、両親や友人、使用人たちも気にかけて、あれこれと世話をやいてくれていた。
だが、あまりにも僕の反応がなかったからか、だんだんと足が遠退き、たまに接する時にはまるで腫れ物をあたるような感じだ。
わかってる、僕だってわかってるんだ。
このままじゃダメだって。
でもしばらくこの生活を続けていて、これからどうすればいいのかわからないんだ。
はぁー、ひとりっきりの部屋に僕のため息だけが響く。
ぐずぐずとベッドから抜け出す。
用意された朝食を反射的に口へ運ぶ。
カーテンを閉めきった薄暗い殺風景な部屋で
一応、朝昼晩と用意された食事をとり、風呂には入っている。
鏡に写る僕は……酷い顔だ。
目の下には灰色のクマ、頬はこけ、顔色は青白い。
髪も髭も伸びっぱなしだ。
はぁー、またため息が出た。
カーテンも開けぬまま、ベッドへ舞い戻り、布団へと潜り込んだところで、
「ギャー」
ドッスンッ
「あーっ、いたっ、いたたっ」
「ううっ」
何か物が落ちたような大きな音と、腹部から下に加わった強い衝撃。
えっ?
女性の声?
ピクッ
僕は慌ててベッドから飛び起きた。
下半身の上にある重みから這い出すように、上へとずり上がり、上半身を起こす。
今、今の状況が信じられない。
僕は夢でも見ているのか?
ベッドに横たわる僕の上に、まぁ布団ごしではあるものの、女性が、女性が落ちてきた?
頭の中がパニックになる。
僕の上に降ってきたモノ。
それは、柔らかく、甘い香りのする女性で……
バタバタと普段 屋敷で聞くことのない焦ったような複数の足音が近づいて……
はっ、誰か、誰か来るっ。
彼女が降ってきた音。
ドッスンッ、かなり大きな音だった。
僕と彼女の声も響いてしまったのか……
何があったんだと確認が来るのも納得だ。
確認? まずいっ。
今ある部屋の状況に、冷や汗が出る。
次の瞬間、僕は部屋のドアへと駆け出した。
トントン
「ケント様、いかがいたしましたか?」
「大丈夫ですか?」
トントン
「失礼します。あれ?ドア開きませんね」
「ケント様、大丈夫ですか?」
「ドア、なぜ開かないの?」
「ケント様、ご無事ですか?」
ドアごしにガヤガヤと声がする。
「あっ、うん、大丈夫だ。心配かけてすまない。ベッドから落ちただけだから」
「怪我されてませんか?」
「あー、大丈夫だ」
ガチャガチャ
「ドア、開きませんね。そちらから開けていただけませんか?」
「あー、ドアも壊れてないよ。ちょっと恥ずかしくてな。すまない。まだ寝たいので、ひとりにしててくれないか。何かあれば、ベルを鳴らすから」
「本当に大丈夫なんですね?」
「ああ、みんな仕事に戻ってくれ」
「はい、かしこまりました」
執事セスの声がして、少しすると静かに。
みんなの感情のこもった声を久しぶりに聞いたな。
ふうっ、みんな持ち場へ戻ったようだ。
部屋に踏み込まれていたら……
どうなっていたことか。
要らぬ容疑をかけられるところだった。
背中を冷たい汗が伝う。
僕の部屋には見知らぬ女性。
しかも僕のベッドの上に。
どう説明すればいいのかわからない。
まぁ、自分でも何が起こっているのか理解できないのだから、説明も何もないかぁ。
ベッドに転がっていた彼女がスクッと体を起こした。
「あー、いたたっ、ん? ん? あれ~?」
聞こえてきた彼女の声は、緊張感のない何ともほんわかしたもので……
僕の身体から力が抜けた。
彼女はストンとベッドからおりると、襟元や髪を軽く整えた後、僕と視線が合うと、目を見開き、しばらくの間 固まっていた。
そうそう、固まるのが普通の反応だよな。
知らない場所に、知らない男と一緒にいるのだから。
じっと彼女を観察する。
ツヤツヤでまっすぐな黒髪に切れ長の大きな瞳。
桜色の唇はキレイな形で少し口角があがっている。
そして肌は白くてなんとも柔らかそう。
この国では見ない容貌だ。
「こんにちは。あの~、ここってどこですか?」
なんとも緊張感のない場違いな声が。
「ここは僕の部屋だ。僕はケント・デリーノだ。君は?」
「私は 山本利奈(りな)です」
「どうやって僕の部屋に入った?」
「さぁ、部屋でベッドに入ったら、突然 下に吸い込まれていく感覚があって……ここに?」
「ふうん、ところでそのへんてこな格好は?肌を出してベッドにくるとは……君は娼婦なのか?」
「へぇ?いやいや、これはTシャツに短パン。私は眠るときはTシャツに短パンなのっ。へんなこと言わないでよね。仕事は娼婦じゃないわよ。会社員よ」
「カイシャイン? はぁー、よくわからないが、肌はもっと隠したほうがいい。それではまるで娼婦だ」
「だからぁ、私は眠ろうとベッドにいたの。部屋で寛いでたの。人に見せるわけじゃないんだからどんな格好でもいいでしょ。でも困ったわね……ここはどこなのよ」
「だから僕の部屋だって」
「え? そう、あなたの部屋。はぁー、どうしよう……」
彼女の魅力的な口からため息が漏れた。
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