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お留守番!

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それは、ある日の夜だった。
ジル様と眠るようになった僕は、毎晩絵本を読んでもらって、その優しい声と物語に夢の中へ誘われて気づいたら朝になっているという毎日だった。
そのため、絵本を読んでもらう前にジル様とたくさん話をするのだ。

今日あった事、今日見つけたもの、今日覚えたこと、明日やりたい事などなど。
今まで話を聞いてくれる相手が虎くんしか居なかった僕は、言葉を返して貰えるのが嬉しくてついつい喋りすぎちゃうんだ。
あ!勿論虎くんと話すのも楽しいよ!僕と虎くんの仲なら、思いが通じ合うんだ!


「だからね、あしたはね、とらさんのせなかにのせてもらうんだ!」

「白虎は許してくれた?」

「うん!いいよ!っていってね、しっぽでぽふぽふしてくれたよ!ぽふぽふいっかいはだめで、にかいはいいよ!なの!」

「そうか。」

「じるさまものる?」

「私が乗ったら流石に重いだろうからね。見ているだけにしようかな。...あ、でも明日は少し出かける用事があるから、その時間は一緒にいられないかもしれない。」

「...おでかけ?」

「そう。仕事の用事でね。王様に会ってくるよ。」

「お...おうさま...。」

それは、この国の一番上にいる人だ。それしか知らないけど、とってもとってもとーってもすごい人だ。
そんな人に会えるなんて、ジル様もすごい人だ。

「そう。だから、ルノは白虎とお留守番しててね。くれぐれも怪我はしないように。」

そう言って優しく頭を撫でられるのはとても心地いいが、僕には一つ不安があった。
ぎゅうっと、虎くんを抱きしめながらジル様の緑色の目を見つめる。

「...じるさま、かえってくる?」

「ああ、帰ってくるよ。仕事が終わったらすぐにね。...そうだなぁ、夕方の六時までには帰ってくるって約束しよう。」

「ろくじ!ぼくわかる!」

「じゃあそれまでは、お利口にしているんだよ。」

「はい!!」




そうして次の日、ジル様は僕の着替えを手伝ってくれた後にウェーゲルさんと共に家を出て行った。

いってらっしゃい!と言ったから、六時にはおかえりが言えるだろう。
初めて言うからドキドキするけど、きっとジル様なら喜んでくれるはずだ。





だから、今日は一人で部屋の中で遊ぶ。
虎さんのおうちに行くのは、おやつを食べてからだから、それまで何をしようか。そうだ久しぶりに虎くんとお絵描きをしよう。

「とらくんをかいてあげるね!」

ジル様に教えてもらった紙とクレヨンがある場所からその二つを引っ張って来て、床に広げる。虎くんは僕の目の前にお座りさせる。

「んー、やっぱりとらくんはかっこいいねぇ...。とらさんもかっこいいけど...あ!そうだ!とらくんのよこに、とらさんもかこう!かっこいいふたりをいっしょにかいて、いちまいにするんだ!」

黄色い虎くんと白い虎さんを並べたらとってもかっこいいに違いない。
ここで虎くんをかいて、虎さんのおうちに持って行って続きを描こう。そして帰ってきたジル様に見せて、褒めてもらうんだ!

「よぉーし!かくぞぉー!」














「ルノ様のご様子は?」

「今はお絵描きに熱中されています。」

「虎くん様と白虎様を描くんだと意気込んでおられました。」

「ああっ!なんてお可愛らしいの...!必ず公爵様への報告書に書くのよ!」

「はい!」

まだ人間に慣れないルノの前には滅多に現れないが、この公爵邸では多くのメイドと執事が働いていた。その多くは下級貴族の長男長女以外の者で、他の貴族の屋敷では能力の高い平民を雇うのが普通だが、公爵家で働くには身分も必ず必要となる。
勿論超難関の試験や面接も通過する必要があるため、公爵邸の使用人は全員が優れた能力を持ち、また、公爵邸で働けるその事自体が一種のステータスになっていた。そもそも屋敷に多くの人間を置きたくないという今の公爵の意向によって、狭き門になっているのも唯一無二のステータスに磨きをかけていた。


そんな超エリートの彼らは、今日特別任務を任されていた。


それが“お留守番をするルノ様を見守り、帰ってきた主人に報告する”という事だった。


最近この屋敷に主人が連れて来たのは獣人だった。以前から探しているという話を少しは聞いていたが、貴族の居住区にはいないその存在を初めて見る者が殆どだった。そしてその反応は「侮蔑」「興味」の二つに分かれたが、数の少なかった前者はどう言うわけか数日で綺麗さっぱりこの屋敷から消えていた。後者の人間は、獣人のルノを隠れて観察する中でその素直な言動や、可愛らしい笑顔、小動物のように動く耳と尻尾にいつの間にか心を奪われていた。

そして何より、主人である公爵の顔の何と優しいことか。

これまでも薄く笑顔の浮かべることの多かった公爵だが、貴族の中で最上位という事もあり近寄り難い印象が強かったが、ルノに向ける笑顔は全身で愛を表現するように雰囲気ごと甘くなったのだ。そのため厳粛な空気が流れていた公爵邸の空気は、ルノが来てから良い意味で緩みつつあった。

もはや、この屋敷に獣人のルノを下に見る者はいない。むしろ全員、早くルノが人間に慣れて、その目の前で挨拶できる日を心待ちにしていた。

しかし、主人である公爵の鉄壁の守りのため、まだ挨拶はできずにいる。
したがって全員、秘書のウェーゲルが羨ましくてたまらなかった。「私だってルノ様に笑顔を向けられたい!」というのが現時点での使用人の総意だ。


そんな中で課せられた今回の任務。
ルノが気になってしょうがない使用人達にとっては合法的にルノを見ていられる今回の任務は願ったり叶ったりだった。




「昼食は時間通りに食堂に準備すれば、ルノ様がご自分で召し上がるのよね。」

「ええ。だから昨日のうちに公爵様はサンドウィッチを出すようにシェフに言っていたわ。お一人でも食べられるようにと。」

「虎くん様の食事のご用意も忘れないように気をつけるのよ。忘れたらルノ様が悲しむわ。」

「ああ、サンドウィッチに齧り付くルノ様...きっと至上の可愛さだわ...!」

「喉に詰まらせないように見守る必要があるわね。」

こんな会話が行われているなんてことは知らないルノは、一人元気にお絵描きに励み、お昼の鐘がなるのと同時に食堂へ駆けて行った。


「いただきます!」

「(ああ、召し上がってるわ...!)」

「もぐもぐ...ん~!おいひい!」

「(一口がとても小さいわ!なんて可愛いの!)」

「とらくんもおいし?...そっか!よかったね!......。」

「(あら?様子が...。)」

「でも、ジルさまいないと...さびしいね。」

「(っ!!ああ!!なんてこと!ルノ様が...!)」

「(私たちが行っても驚かせてしまうだけよ!ここは我慢して見守って、あとで報告書に書くしかないわ...!)」

「(耳と尻尾が垂れてらっしゃるわ!お可哀想にっ...!)」

「んーん!だめだめ!おるすばんだもん!がんばる!」


その健気な様子に使用人の内、何人かは涙を流した。

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