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食事そして...

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「...?」

「さあ食事だよ。しばらくは胃に優しいものを食べなければいけないから、リゾットにしてもらったんだ。」

僕を抱いたまま立ち上がった貴族様に連れられて、椅子に座った貴族様の膝の上に再び下される。そして目の前の白い布がかかったテーブルに温かそうなものが入ったお皿が置かれる。
そして銀の変な形をしたものも一緒に置かれた。

「私が食べさせてあげようね。これはリゾットだよ。食べたことある?」

勿論ないので首を振る。

「そっか。じゃあはい、あーん。ある程度冷ましてあるから食べられるよ。」

銀の何かにりぞっと?を乗せたものが口の前に運ばれる。くんくんと匂いを嗅ぐと、それはとても美味しそうな匂いをしていて、つい食べたくなってしまったので無意識に口を開けると銀の何かが口に入ってきた。驚いたが、そのまま噛むと、銀の何かが歯に当たって噛みきれなかった。

「ああ、スプーンは噛んじゃダメだよ。上に乗ってるリゾットだけ食べるんだ。」

そうして、少し傾いた銀の何かから落ちてきた温かいリゾットが舌の上に乗ると、銀のそれは口から出て行った。少し口の端からこぼれてしまったリゾットを柔らかい布で拭われながら、口の中に広がった味を味わうようにモゴモゴと動かす。
それは塩味で、塩味だけじゃない色んな味がしてとっても美味しくて、温かくて、柔らかい感触で、嬉しくて、ピロピロ耳が動いてしまう。

「ふふっ、美味しかった?」

ごくん、と味を飲み込んでから大きく頷く。まだ目の前にはリゾットが残っている。
もう一口だけ貰えないかな。でもこんなに美味しいんだからみんなで食べる用なのかな。

だったら多分獣人の僕は、一口で終わりだろうな。いや、一口食べただけでもとっても良いことなんだけど。

「...とっても、ぉい、し、かった...です。」

「あれ、もうお腹いっぱい?もう少し食べて欲しいんだけどなぁ。」

「っ!...まだ、いい、の...?」

「これ全部、君のためのものだよ。」

「ぜ、ぜんぶ...!?」

「そう、全部。」

「こ、こんなに、おいしい、のに?...いっぱい、ひと、いるのに...?」

「大丈夫。全部君のものだよ。さあお食べ。」

再び口の前にリゾットが運ばれる。次は銀のそれを噛まないように上に乗ったものだけを口に入れる。やっぱりとても美味しい。尻尾の先がフリフリ動いて耳もピクピク動いてしまう。

「かわいいねぇ。」

ふわりと耳に触れられる。しかし今度も優しい手つきで、全く痛くなかった。
それよりも口の中の美味しいものを飲み込んでしまったので次がほしい。

「もういっかい...!もういっかい、ほしい!」

「いいよいいよ。はい、あーん。」

そして僕はその後も5回くらい食べさせてもらって、お腹がいっぱいになった。
その上に透き通った綺麗なお水も飲ませてくれた。

「お腹がいっぱいになったかな?」

「は、はい!こんなに、おいしくて、おなかいっぱいになったの、は、はじめて、です!」

「それは良かった。明日もたくさん食べるんだよ。」

「あ、あしたも...!?」

「これから毎日だよ。」

「まいにち...。」

そんなこと...想像もできなかった。明日からはもう食べ物を探しに歩くこともないんだ。泥水でお腹を壊すこともないんだ。

「...なんで、ぼくなんかに...そんな...。」

「それは君がもう少しここに慣れたらね。あ、そういえば君の名前は?」

「?...なまえ?」

「ない?」

「ぼく、じゅうじん、ってよばれる。あと、きたない、とか、けもの、とか...?あ、このこはとらくん、ってよんでる。」

そう言うと、その人は一瞬不愉快そうに顔を歪めたあとに、すぐに顔を元の優しそうな笑顔に戻した。

「君は獣人だけど、汚くはない。獣とも違う。...名前がないなら、私がつけてもいいかな?」

「ぼく、にんげんじゃ、ないのに?」

名前は人間が持ってるものだ。獣人には名前なんてない。だって呼んでくれる人なんて誰も居ないから、必要がないんだ。

一本一本の木に名前が無いように、一つ一つのリンゴに区別がないように、僕が僕である事に意味なんてないんだ。

「君にも必要さ。だって、私がたくさん呼ぶからね。...そうだね、君の名前はルノにしよう。古代語で光って言う意味だよ。ルノ。」

「る...の...?」

「そう。それが君の名前。」


僕の、名前...?


_____ルノ。




「っ...ぼく、きょうから、るの...?」

「そう、君は今日からこの家の子で、私の大切な子で、ルノだ。」

「......そ、っか...。」

虎くんを抱きしめると、路地裏で丸まって眠った時を思い出す。しかし、今日からは違うんだ。


僕は、獣じゃなくて、汚いじゃなくて、ルノになった。




僕は、一人の特別な生き物になったんだ。




「と、とらくん!ぼくのなまえ、るのっていうんだって!るのだよ。おぼえた?おぼえなくてもいいよ。またあしたもいうからね。」

僕の1番の友達にまずは自己紹介をする。
虎くんの真っ黒な瞳は、優しげにこの世界の光を映していた。



名前。
それは、僕がまた路地裏に戻っても、僕のものであり続けてくれる言葉。



僕から離れていかない、一生の宝物だ。



「そんなに喜んでくれるなんて嬉しいな。じゃあ今日をルノの誕生日にしよう。ルノが生まれた日だ。」

「ったん、じょうび...!」

名前を貰ったうえに、誕生日も貰えるなんて!

「るの、きょう、うまれた!」

「うん。毎年盛大に祝おう。...祝日にするのもありだな。」

貴族様は何やら難しい顔をそれ考え込んでしまったけれど、僕の頭には虎くんにも誕生日をあげたいな、という事しかなかった。
でも、あの出会った日がいつか覚えていない。

「ねぇねぇ。」

貴族様の意識を引くために胸元のフリフリをちょんと摘んでみる。

「わぁ、それ可愛いから毎日やってほしいな。どうしたの?」

「ふゆのとき、みんながたのしそうなひっていつ?」

「...ん?なぞなぞ?もうちょっと詳しく教えて。」

「ふゆにね、みんながいちばんたのしそうなひがあってね、ぼくは、そのひにとらくんとであったから、とらくんのたんょうびにするの。」

「冬の...ねぇ...。ん~、私は下町のことに詳しくないんだ。ウェーゲルは何か分かるかい?」

「おそらく冬の雪祭りの事ではないかと。」

もう一人のキラキラした人が言った言葉には聞き覚えがあった。

「そう!ゆきまつり!」

「では12月の1日です。」

「じゅうにがつのついたち?」

それはカレンダーというやつに書かれている事だろうか。だとしたら僕には分からない。

「暦の読み方はまた今度教えてあげるよ。ルノの誕生日は今日、6月16日。虎くんは12月1日。」

「ぼくが、ろくがつじゅうろくにち。とらくんが、じゅうにがつついたち。」

忘れないように復唱する。いつか、僕にも分かる日が来るだろうか。

「きぞくさまは?」

「貴族様...うーん、私の事はジルグンドと呼んで欲しいな。」

「じる...?」

初めて聞く言葉が頭に入らなくて混乱する。
じる...なんだっけ。

「ジルグンド。」

「じる、ぐ、...んど?」

「そう。呼んでみて。」

「じる......えっと...。きぞくさま、じゃない...?」

「貴族だけど、私はルノに名前を呼ばれたいな。」

貴族様の寂しそうな顔と共にその言葉を聞いてはっとする。
僕も、名前が呼ばれたらとっても嬉しい。
だからきっとこの人もそうなんだ。
だったら呼んであげなきゃ。

「えっと、じる、ぐ、......うぅ...じる...。」

「...ジルか。良いね。ルノだけ特別にそう呼んで良いよ。愛称みたいで嬉しい。」

「じる?」

「うん。」

「じゃあ、じるさま!」

貴族様の「様」は偉い人につけるらしいから、きっとこれであってるはずだ。

「え、様はいらないんだけどな。」

「じるさま!」

「ああ、まぁ呼びやすいならそれで良いか。そうだよ、ジル様だよ。これからはそう呼んでね。」

「はい!じるさま!」

虎くんにもこの人がジル様だよ、と紹介すると、ジル様も虎くんによろしくね、と言ってくれた。

ぬいぐるみに話しかけるなんて、本当は変なはずなのに、僕の友達にも丁寧に接してくれるジル様はとっても優しい人なんだ。殴ったりしないし、ご飯もくれたし、ずっと笑顔だし。

僕は、いつの間にかジル様にすっかり心を許していた。







その後はジル様の誕生日が4月1日だと聞いて、ついたち、が虎くんと同じだと盛り上がった。虎くんもなんだか嬉しそうだったし、お腹が一杯になった事で安心して眠くなったのか、僕はいつの間にかジル様の膝の上で眠ってしまった。



その日はジル様とお花畑に行って、虎くんと一緒に駆け回る夢を見た。
そしてそれは、いつか現実になりうるかもしれないと、自然とそう思った。





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