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第3章 お友達編
【66】そんなわけない
しおりを挟む兄様の社交界デビューは好調に終わったようで、社交会の次の日からすぐに兄様宛の招待状が届くようになった。
「...それなりに招待は来ると思っていたがこれほどとはな...。一体何をしてきたんだイーゼル。」
「特には何も。」
兄様が社交パーティーから帰ってきた次の日、父はどんどん積み上げられていく手紙の山に困り果てていた。対する兄様の反応はいつもの如くドライだ。
そしてなぜ僕がここにいるかというと兄様に着いてきたというか、昨日の反動で今日1日はずっと僕を抱っこしていたいという兄様の要望により一時的に『抱っこ禁止令』が解かれたため朝からずっと兄様の腕の中にいるのだ。
「招待を受けるか?」
「受けた方が良いですか?」
「まあそうだな。ウェルグンドのところは行った方がお前のためになるだろう。伯爵は...まあ近場から選んでみたらどうだ?」
「...分かりました。」
「そう嫌な顔をするな。これは各家が開催するうちうちのお茶会だから、アステルを連れて行っても問題ないぞ。」
「...ぼく?」
兄様の腕の中から父を覗く。
「そうだ。お茶会、イーゼルと一緒に行ってみないか?」
「...にいさまといっしょ?」
「ああ。」
「......なら、いきます。」
勿論家で遊べるのが一番だが、兄様が一人でお茶会とやらに行ってしまうぐらいなら着いていきたい。僕が兄様にひっついて、顔だけで兄様に近づく人は牽制しておかないと。
兄様はそういうの疎そうだし、そもそも自分の美貌を理解していない節がある。
「...幸せそうだなイーゼル。」
「幸せなので。」
そう言って僕の頭に頬を寄せる兄様は、確かに幸せそうな声だ。昨日の夜に帰ってきた兄様はそれはそれは気分が下がっていて、お出迎えした時にはすぐに手袋を外して撫でられまくった。「あぁ、癒される...可愛い...」と真顔で呟く兄様にはお疲れ様のよしよしをして元気を注入しておいた。
それからはずっと元気そうなので僕の元気注入はうまくいったようだ。
「じゃあ話は以上だ。招待状は仕分けしてから執事に届けさせる。あとはアステルと好きに遊びなさい。」
「はい。...あ、父上。」
「なんだ?」
「少ししたらヴェーデン男爵家の令嬢から手紙が届くと思うので、それは俺に渡してください。」
では、と一礼した兄様はさっさと執務室をあとにしようとする。それを父が椅子から半分立ち上がりながら必死に止めた。
「ちょ、ちょっと待て!なんだと!?」
「...ヴェーデン男爵家の方から手紙をもらう約束をしたので、頼みますと。」
「ヴェーデン...?聞いたことないな。いや、確か東の方にそんな名前の貴族がいた気が...。...ちょっと座れ。」
深刻そうな父は兄様にそう言うが、兄様はあからさまに嫌そうな顔をした。
「...アステルと過ごす予定があるので。」
「分かる!お前の最優先事項がそれなのは分かるが、少し話を聞かせてくれ!アステルも気になるよな?!」
「...にいさまの、おともだち...?」
まさか本当に婚約者候補を見つけたのか...?と震える声で尋ねる。
一目惚れとかだったら嫌だな...。せめて友達であってほしい。
「友達ではない。」
「っ...じゃ、じゃあ、こんやく「小麦の話をしただけだ。」...え?」
「小麦の話?」
父と僕が疑問符を浮かべる。ふぅと息を吐いた兄様はドサっとソファに腰を下ろす。僕はその膝の上で兄様を見上げる。すると僕が相当変な顔をしていたのか、そっと頬を撫でられた。手袋のない、兄様の手の体温が直に伝わってくる。
「...そんな不安そうな顔をするな。何か勘違いしているようだが、その男爵令嬢とはたまたま席を共にして、お菓子作りに使う小麦の話を聞いただけだ。」
「...おかしづくりに?」
「ああ。季節や場所によって取れる小麦の性質が変わり、お菓子の種類によって適したものがあるそうだ。その情報をまとめて、手紙を送ってくれると言ってくれたから頼んだ。アステルは最近お菓子へのこだわりが増えてきただろう?」
「...ぼくの、ため...?」
「俺がすることは全てアステルのためだ。それ以外はやる意味がない。」
分かったか?ともう一度頬を撫でる兄様に安心して、はい!と頷く。
良かった。婚約者じゃ無かった。
それに、僕のためだった!
「...はぁ...なんだ...そういうことか。まあ、そうだろうな...。」
焦って疲れてしまった父は浮かせていた腰を椅子に沈めて項垂れる。
「...じゃあ、今回のパーティーでは特に何も無かったんだな?」
「何も、とは?」
「良い雰囲気の令嬢だ。ダンスを誘ったりしなかったのか?」
「ダンスはずっと見てました。シェンベルや殿下と話しながら。殿下は一度踊ってましたけど。」
「よりによってその3人か...。令嬢達はがっかりだろうな...。」
公爵と皇太子が誰も令嬢を誘わなかったとなると、玉の輿を狙う女性達はさぞやきもきしただろう。しかし、そんな事はどうでもいいらしい兄様はさっさと会話を切り上げる。
「そうなんですね。では失礼します。」
僕を抱えて立ち上がると、今度こそ執務室を後にした。
一瞬もしやと心配してしまったけれど、兄様に春はまだ来ないらしい。
『本当は来てほしくないんでしょ?』
いつの間にか横を歩くユーリが兄様に聞こえないようにコソッと告げる。いたずらっ子の顔だ。
その言葉があまりに図星だからむぅっとむくれる。
「(...だって、ぼくのにいさまだもん。)」
まだ兄離れには早い時期だから、たくさん甘えさせてほしい。そして、できればそれが永遠に続いてほしい。
...永遠なんて、無いとわかっていても。
「アステル?」
「...ぼくのにいさまだもん。」
「ああ。俺はアステルの兄だ。」
終わりを覚悟しておけば、傷は小さくて済む。これは、僕が前世で学んだとっても大事な事だ。それだけは頭のどこかに常にある。
だから今世ではちゃんと心にとどめておく。
もう自分が傷つくような愚かな期待なんてしないように。
▼
「犬。ちょっと来い。」
『またぁ?』
お腹が空いたから食堂で少しご飯を分けてもらって、アステルの部屋に帰る途中暗がりからご主人様に呼び止められる。普通に気配が全く無いのが恐ろしい。その上真顔だから、これでよくアステルに怖がられないなと思う。
ま、アステルには別人のようにデレデレの笑顔で近寄るからなぁ。
『もぉー僕にはユーリっていう大事な名前があるんですけど!』
声をかけられた後に、尻尾を掴まれてご主人様の部屋に引きずられてきた僕はそう怒る。
ご主人様はいつまで経っても僕の事を犬と呼ぶ。
僕はれっきとした狼なのに!それも神獣の!!
まあ、その僕を従魔にしちゃうくらいだからもうご主人様には逆らえないんだけど。
というかなんの話だろう。僕と話すくらいならアステルと一緒にいたいとか言い出しそうな人なのに。
「...お前、アステルについて何か知っているか?」
『アステルについて?いやいや、ご主人様の方がよっぽど詳しいでしょ。起きる時間から食の好みまでバッチリ把握してるし。』
「俺はアステルが生まれた頃から一緒にいるのだから当たり前だ。だがそういうことでは無い。アステルの事であって、...アステルでは無い事だ。」
『...というと?』
「時々アステルは妙に遠くを見つめるような...大人のような顔をする。昔はアステルは賢いから色々な事を考えているのかもしれないと思っていたが...最近、それとは少し違う気がしてきた。
______その表情の時、アステルはアステルであって、アステルでない...別の誰かに見える。」
『別人格とか?』
「そう言われた方が納得する。たとえ人格がいくつあろうと、それでアステルが困っていないのならいいんだ。しかし、“別の誰か”の時のアステルは...すごく寂しそうだ。」
アステルの前以外では表情を変えないご主人様は、グッと眉間に皺を寄せた。
アステルの寂しさを、アステルの心の穴を埋められない自分を許せないとでも言うように。
...いいやそれもあるが、その事をご主人様に言わないアステルとアステルに頼られない自分に憤りを感じているんだ。
「...犬、お前は心が読めるんだろう。」
『読めるけど、全部じゃないよ。...でも、そうだね。アステルは時々とても強い孤独を感じているよ。この順風満帆な家で生まれ育ったにしては、大きすぎる孤独だ。』
「...誰の、仕業だ?」
ユラっと景色が歪むほどの熱気は、感情を読まなくとも伝わるご主人様の怒りによって漏れ出た魔力だった。
『...アステルが言わないなら、僕も言わない。』
「言え。」
地を這うような声。
そんじょそこらの人間なら、殺されそうなこの気迫にビビって泡を吹いて倒れるだろう。
僕は伊達に何百年も生きてないから、平気だけど。
『嫌だ。僕はご主人様の従魔になる前に、アステルと友達になったんだ。友達がして欲しくないことはしない。』
「............。」
それは、何があっても譲れない。
アステルは僕の唯一無二の友達だから。アステルを1番大切にするんだ。ここで保身のために勝手な事をして嫌われたらたまったもんじゃない。たとえその赤目で殺意を向けられたとしても僕は何も言わないよ。
すると、諦めたのかスゥッと魔力を収めたご主人様は、先ほどの声とは打って変わって酷く弱々しい声を出した。
「...アステルは、大丈夫なのか。」
『僕だってアステルにはなんの憂いもなく光の中で笑っていてほしいよ。でも、本当に詳しいことは知らないんだ。きっと無理矢理にでも覗いたら分かるのかもしれないけど、それも僕の“友達”としての礼儀に反するからしない。』
そう告げて赤い目を見つめ返す。
そこには、滅多に見れないであろう不安が渦巻いていた。僕も別にアステルの大切な人をいじめたいわけではないから、少しだけ付け加えておく。
『...ただ、僕の勘が当たるなら、この問題はそう遠くないうちに終わりが来るよ。そんな気がする。』
「それは、良い方にか。」
『さぁね。僕は未来予知なんてできない。だから僕もご主人様と一緒だよ。...アステルの幸せを願って、そのために考えて動くことしかできないし、そうすべきだ。』
「...そうか。」
納得してくれたのかご主人様は静かに頷くと、僕を部屋の外へ追い出してさっさと扉を閉めてしまった。
急に引き摺り込んどいてなんて扱いだ!
もういい、こうなったらアステルに慰めてもらおう!
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