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第3章 お友達編
【65】助言
しおりを挟むフェレナは気づいて居なかった。
背後から忍び寄る、
「この席は空いているか。」
「...へ?」
____目を剥くような美男子に。
先ほどまで遠くにあった美貌が、なぜか目の前で自分を見ている。そして自分に話しかけた。いや、自分じゃないのか?勘違いか?いや勘違いだろう。勘違いであってくれ。お願い!!
「......聞こえているか?」
「ぁ、ひゃ...はい!」
「この席は空いているか?」
「あ、あい、てます!」
「失礼しても?」
「は、はい!私はすぐにどきますので!」
「その必要はない。」
「ぇ......。」
「やぁ。私も失礼するよ。君も気にせず食事を続けてくれ。」
皇太子殿下もなぜか居た。え?何事?そういう催しものでも始まったの?エチュード?
役者が公爵家の長男と第二皇太子の!?
パニックになりながらぐるぐる考えていると、殿下が声をかけてくださった。
「君は確か、ヴェーデン男爵の子だよね。東の地の。」
「ぁ...え...私を、ご存知なんですか...?」
「勿論。今日来てくれている貴族の名前くらいは覚えているよ。」
くらいと言っても、今日の出席人数は100に近い。だから決して当たり前なことではない。いや、皇太子なら当たり前なのか?もう分からない。分からないし、なんか周りの視線がすごく痛いし、端的に言うと視線で殺されそうだ。
そりゃそうだろう。こんな無名貴族の次女が公爵家の公子と皇太子と同じテーブルで食事をしているんだから。この後殺されてもしょうがない。
「(あぁ、父様、母様、姉様...私はここまでみたいです。今まで立派に育ててくれてありがとうございました...。)」
心の中で家族に遺言を送っている中でも、公子様はただ黙々とお菓子を口に運んでいる。
あ!ていうか挨拶!
身分が下の人からだった!
当たり前に周知されている皇太子以外は、身分が下の人から挨拶するのが基本だと母に習ったのを思い出す。
「ぇっと、覚えていただき、ありがとうございます!私はフェレナ・ヴェーデンです!」
なんとか自分の名前を言い切ると、優雅な所作で口元を拭った公子様が、これまた形の整った薄い唇を開く。
「ゼルビュート公爵家のイーゼルだ。」
声まで美しくて気が遠くなるのを死ぬ物狂いで引き止める。今気を失ったらもう二度と目覚められない。そんな気持ちで。
「は、はい!存じております!」
「いやぁ、男爵家の子にいきなり公爵家の人間と同じテーブルを囲めって言われても無理な話だよね。」
なんて緩くフォローを入れてくれるが、それ以上に無理な話なのが貴方なんですけど、とは死んでも言えない。だって私は男爵家の次女だから。
「貴方が言わないでください。」
言ったぁーー!!隣の生きる宝石がど直球に言った!!
「あ、そっか。私の方が立場上かぁ。」
しかしそんなど直球には慣れているのか、殿下は今気づいたというように笑った。全く笑えない私もなんとか口角を上げる。
イーゼル様は真顔も真顔だったが、すでにお菓子を食べることに夢中になっていた。
「気に入ったお菓子はあったかい?」
「...これと、これを。」
「分かった。包ませるよ。」
スッと手を上げた殿下が支給係に指示を出す。殿下のこの甲斐甲斐しさではイーゼル様の方が身分が上だと思われてもしょうがないが、それほどまでに仲がいいと言う事だろう。
絶世の美貌に、公爵家という立場に、皇太子との親密な関係。
...もはやこの人に持てないものは無いだろう。
「参考になった?」
「はい。」
「なら良かったよ。」
優しい声で話す殿下とそれを全く意に介さないイーゼル様を見ていると不思議な気分になってくる。なんだこのドキドキ感は。目の前が美の嵐だからだろうか。
...それと、
「...ぁ、あの...参考と言うのは...?」
つい気になって尋ねると、殿下が面白そうに口を開く。
「イーゼルはね、弟のためにお菓子を作るのが趣味なんだよ。今食べていたのも、イーゼルが好きなんじゃなくてこれからの参考にするためなんだ。」
「お菓子作りを...。」
普通なら貴族の男子とは全く結びつかないそれは、イーゼル様がやっていると聞くだけで高尚な趣味のように思えてくる。この人もエプロンをして小麦粉の生地を混ぜたりしているのだろうか。...想像できないが、おそらく絵になることは間違いないだろう。
「そう言えばフェレナ嬢の住む東は小麦が良く取れるよね。そうなるとお菓子もよく作られるのかな?」
「あ、はい。そうですね。取れる小麦によって、季節ごとに色々。」
「へぇ!同じ土地でも変わってくるのかい?」
「はい。」
「...詳しく聞こう。」
急に口を開くイーゼル様に驚く。殿下は何やら楽しそうだ。
「おや珍しくイーゼルが食いついたね。詳しく聞かせてあげてよ。」
「えっ、あ、はい。えっと...私の住む地域の小麦は特に春に取れるものはふわふわなスポンジ生地に向いています。隣の村では夏の小麦がクッキー生地をサクサクに焼くのに最も適しています。」
「へぇ、初めて知ったよ。ねぇ?イーゼル。」
「ああ。...もっと詳しく調べる必要がある。」
イーゼル様は黒い手袋をはめた手を顎に当てて考え込んだ。どこを切り取っても美しい。しかし、この美しさも急に突撃された荒療治で少し慣れてきた。そんな慣れから、もうどうにでもなれという心意気でこう提案する。
「あ、あの...じゃあ、今分かっていることを簡単にまとめてお手紙をお送りしましょうか?私も、自分の住むところの小麦を好きになっていただけたら嬉しいので...。」
「いいのか?」
「は、はい!私もお菓子作りをするので、参考になれば、ぜひ!」
「では頼む。」
「はい!」
すごい。まさか、公爵家に私的な手紙を出すことになるなんて。これは我がヴェーデン家歴代一位の快挙ではないだろうか。
「ふふっ、これは良縁かな?」
「はい?」
「だって、これを機にイーゼルとの繋がりが周りより一歩リードだよ。彼の愛する弟という大きな壁はあるけど、ここから頑張ればなんとかいけるかもよ?」
と、殿下から耳打ちされる。
「...へ!?ぃ、いや!私がそんな!そんなわけないです!」
「そうかな?もっと貪欲にいっていいと思うけど。相手は公爵家だよ?」
「だからですよっ。」
「まぁ公爵家ならシェンベルの方が良いか。」
イーゼルは意思疎通が苦労するからね、と何やら殿下が一人で納得してしまう。
いやそんな公爵家の二択で悩むなんて罰当たりなほどに贅沢なことはしませんよ...。それにこんな美貌を持つ婚約者なんて、損得の釣り合いが取れる気がしない。私はもっと朗らかで抱えるものは自分の畑と家族というような農村の男性がいい。...そう、幼い頃から親しい隣の村のラディのような...。
「...ああ、もう既に想い人がいるのか。これは失礼なことをしたね。」
「はっ、え...!?な、なん、で...。」
「すぐに表情に出るのは、君の美徳だね。ねぇ?イーゼル。」
「アステルもそうだから、良いことだろう。...では失礼する。」
「そうだね。パーティーもそろそろ折り返しだ。夕方からはダンスパーティーだよ。フェレナ嬢もまだまだ楽しんでくれ。」
「は、はい!」
殿下はそう告げて花の匂いを残して去っていった。
そしてイーゼル様は、
「手紙、楽しみにしている。」
と、微かに口角を上げた。
それからの記憶はない。
ただ、ダンスパーティーは先ほどのイーゼル様と殿下との関わりを聞きたい人に囲まれて大変だったとだけ言っておこう。
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