上 下
71 / 74
第3章 お友達編

【63】デビュー

しおりを挟む









とある男爵家に生まれた次女フェレナ・ヴェーデンは、今日が初めての帝都、初めての社交界だった。
帝国の東の端に住むフェレナにとって帝都とは、仕事で出かける父の話にあるような多くの主要貴族達が経営する高級店が軒を連ね、人や建物が田舎には無いものばかりで溢れているという煌びやかな夢の国のようなイメージだった。そんな帝都に1週間前から滞在していたフェレナはそのイメージがあながち間違いでない事を知った。どこを見ても流行りのものに身を包み、平民であってもどこか気品で溢れる帝都は、ど田舎で時に土仕事もするほど貧乏な男爵家で育ったフェレナは場違いで、貴族といえど恐怖ばかり抱いていた。

社交界デビューというのは必ずしも出席しなければいけないものではなく、年によっては公爵家、伯爵家のみで行われることもある。フェレナの姉も出席はしなかった、というかそもそも誘いの手紙は来なかったのだ。しかし不運というべきか幸運というべきか、今年は帝国の第二王子も同じく14歳を迎えるため国中の14歳の貴族が集め盛大に開催することとなったのだ。
ドレスや移動費宿泊費は全部皇室持ち。となれば出席しない理由もないため、不安で一ヶ月前からガタガタ震えていたフェレナは今日とうとうその日を迎えてしまった。

会場は見たこともないほど天井の高い場所で、オーケストラが荘厳な雰囲気の邪魔にならない程度に音楽を奏でている。テーブルに並ぶビュッフェ達は、芸術品に見まごうほど美しかった。

「(...帰りたい...。)」

静かに家で本を読むのが好きなフェレナはすでに胃が痛かった。姉には「良い旦那を見つけてきなさいよ!」と背中を叩かれてしまったが、到底無理な話である。呼吸するにもやっとなほどのフェレナは、粗相をして万が一牢屋に入れられることのないように、急遽習った社交会のマナーを頭の中で反芻した。

会場の隅でパーティーを眺める。
すると、有名な伯爵家の歌姫や、帝国騎士団長の息子で有名な跡取りなどなど新聞でしか見かけない有名人が目に入り、何も食べていないのに吐きそうになってしまった。
まだパーティーの始まる前だがすでに周りでは、繋がりを作ろうと自己紹介で輪を作っている人がちらほらいる。

「(無理!無理です姉様!!)」

自分のコミュニケーション能力の敗北を痛感し、遥か遠くの天井に吊るされた宝石の塊のようなシャンデリアを見上げながら途方に暮れていると、オーケストラの音量が上がる。

どうやらパーティーが始まるようだ。

どうか早く始まって早く終わります様にと、ドクドクと鳴り続ける胸の前で汗の滲む手を握りしめた。








「ルーク殿下がご登壇されます。」

声のした方を向くと、そこには輝く金髪の青年がいた。第二皇子のルーク殿下が微笑を浮かべていた。ルーク殿下は澄んだ声で会場の視線を一点に集める。

「本日は集まってくれてありがとう。最遠からはディペルタ地区からも足を運んでくれた様で、とても嬉しく思う。今日は我々の新しい出立を祝うために、特別なパーティーを催させて貰った。今日は面倒なプログラムはなく、自由に交流が持てるようにしてある。君たちの、そして我々のこれからが栄光に照らされる事を、この国を代表して願っている。...では、心ゆくまで楽しんでくれ。」

短く挨拶を終えると、わぁ!と拍手が起こる。同い年とは思えない堂々とした姿に呆気に取られていた自分も少し遅れて拍手を送る。

殿下の挨拶が終わると、だんだんと会場の空気も解けて、皆が自由に動き出す。その雰囲気に自分も少しだけ慣れてくると、帝都随一の料理を食べないのは勿体無い!とテーブルへ近づく。置いてあるお皿で自分で料理を取ってから、窓際に並ぶテーブルに座って自由に食べれるらしい。スイーツも数多く置かれていて、楽しみが増えた。

いくつか料理をつまんで席に着く。
そして一つ一つ味わいながら食べていると、途端に入口の方が騒がしくなった。

そして、自分の近くに座っていた令嬢の声が聞こえた。

「あれっ、ゼルビュート公爵家の長男よ!」
「え、あの赤目の!?」
「そう!実の両親を呪い殺して、叔父であるゼルビュート様に引き取られたのよ。」

______赤目の呪い。
それは田舎に住むフェレナでも知っていることだった。
今回大々的に自分を送り出してくれた家族も、唯一それだけは懸念していた。

今年は、ゼルビュート公爵家の長男も参加するから、呪われないように気をつけろ。
それは全員の暗黙の了解だった。

パーティーが始める頃にはまだ見かけなかったので、もしや欠席かと思っていたが遅れてやってきたらしい。

コソコソと周りが噂をする中、颯爽と現れたのは、







_____御伽話に出てくるような、美青年だった。







顔を顰めて噂をしていた人も、一度その姿を見ると息を呑み、魂が奪われた様に目を奪われていた。

「......なに、あれ...。...綺麗...。」

先ほどまで呪いの噂をしていた令嬢も、ポツリとそう呟いた。

それほどまでに、その公爵家長男は圧倒的な美貌をしていた。
血の通っていないような白い滑らかな肌に、スッと通った鼻筋。伏せ目がちな赤い瞳は、恐怖抱かせつつも一度目を合わせたら離せないような妖艶な美しさを漂わせていた。
そしてこの会場の中の誰よりも長い足で、優雅な所作のまま会場を闊歩する。着ている服や宝石などの装飾も上品に彼の麗しさを際立たせていた。

宮廷画家でも表現しきれないだろう絶世の美男子とはまさに彼のことだった。

「イーゼル、やっと来たか。」

あまりに浮世離れした容姿に周りが固まり距離を取る中、親しげに声をかけたのは先ほどまで壇上で挨拶をしていたルーク殿下だった。彼もまた、歴代一番の美女と言われる今は亡き皇后の血を引くだけだって顔が異常なほど整っている。

「遅れてしまい、申し訳ありません。ルーク殿下。」

「いいんだ。きっと弟と離れ難かったのだろう?今日は君のためを思って帝国中のお菓子を集めたんだ。ぜひ今後の参考にしてくれ。」

「...ありがとうございます。」

そう言って軽く会釈をし、会場を見渡す赤い目にドキッと心臓が跳ねる。あの瞳に映される事を想像すると、途端に緊張する。あんなに美しい人にとっては自分のような田舎娘はきっと見るに耐えないだろう。

ルーク殿下と並ぶとさらに迫力の増す一枚絵になるのを、周りは目に焼き付けるように観察した。
もはやこの会場に、あのイーゼル様を忌避する者は居なかった。むしろ、俗世離れしたあの美貌の上に、公爵家という貴族の中でトップの地位に着く彼とどうにか繋がりを持ちたいという人で溢れている。

「ねぇ、いつ話しかけに行く?」
「私たちじゃきっと無理よ。まずは上位貴族の方からしか行けないわ。」
「そんなぁ...一度でいいから間近で見てみたいわ。きっとこんな機会もう無いわよ。」

その言葉にうんうんと内心で頷く。
あんなに綺麗な人とはもう二度と出会えないだろう。繋がりは持てなくとも、一生の思い出に一言くらい言葉を交わしたいものである。

「(まあ、私は見れるだけでラッキーだけど。)」

上位貴族の男性がぞろぞろとイーゼル様に話しかけに行ったのを見ると、次第に新聞や絵本を読んでいるような気分になってきた私は、会場の隅で美味しい料理に舌鼓を打つのに集中することにした。

綺麗な人も見れて、美味しい料理も食べれる。
このパーティーも慣れて仕舞えば悪いことばかりではなかった。







この後待ち受ける地獄も知らないで。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】狼獣人が俺を離してくれません。

福の島
BL
異世界転移ってほんとにあるんだなぁとしみじみ。 俺が異世界に来てから早2年、高校一年だった俺はもう3年に近い歳になってるし、ここに来てから魔法も使えるし、背も伸びた。 今はBランク冒険者としてがむしゃらに働いてたんだけど、 貯金が人生何周か全力で遊んで暮らせるレベルになったから東の獣の国に行くことにした。 …どうしよう…助けた元奴隷狼獣人が俺に懐いちまった… 訳あり執着狼獣人✖️異世界転移冒険者 NLカプ含む脇カプもあります。 人に近い獣人と獣に近い獣人が共存する世界です。 このお話の獣人は人に近い方の獣人です。 全体的にフワッとしています。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。

福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。 そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。 理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。 だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。 なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと… 俺はソイツを貰うことにした。 怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息 弱ざまぁ(?) 1万字短編完結済み

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

処理中です...