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第3章 お友達編

【61】社交界

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貴族の世界には社交界デビューというものがある。

年に一回、その年に14歳となる貴族を集めてパーティーが開催されるらしい。
貴族というのは社交界で顔を合わせ、社交界で情報を交換するのだ。いわば社交界こそが貴族の要と言ってもいい。

そして今年14歳となる兄様に、そのパーティーの招待状が届いた。

今日は様々な稽古がお休みの兄様と家族団欒での午後のティータイムで、父が綺麗な装飾の施された封筒を掲げる。

「パーティーは一ヶ月後だ。」

「分かりました。」

「...出席するのか?」

「はい。特に断る理由はありません。」

当たり前のことだと言うように、優雅に紅茶を飲む兄様。

14歳と言ったら中学生くらいの年齢だが、兄様は随分と大人びて見える。身長が高く筋肉がついているのもそうだが、常に無表情で冷静な態度は家庭教師のマーティ先生が若干怖がるほどだ。
まあ、無表情と言っても僕に向けてくれるのはいつでも笑顔なんだけど!

ちょっとした優越感でニコニコしてしまう。

「アステル、そのお菓子が美味しかったのか?」

僕のニコニコをお菓子が美味しかったからと思った兄様はカチャと紅茶を置いて僕に問いかける。その顔は春のそよ風のように優しい。

「はい!」

「そうか。」

元気に頷く僕の手元のお菓子をじっと見つめる兄様。これは母が隣の聖国から取り寄せてくれたお菓子で、マカロンのようなものだ。
どうやら兄様はこれを自分のお菓子作りのレパートリーに加えようとしているらしい。

ちなみに兄様のお菓子作りも年々腕を上げ、今では公爵家のパティシエに僕好みのお菓子の指導をしている程だ。時間があればレシピも書いているらしい。

「イーゼル。アステルが可愛いのは分かっているが、本当に出席でいいのか?」

「はい。この目や噂の事を色々言われ、父上にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、俺は特に気にしていません。それよりも出席しない方が悪い噂が立つでしょう。」

「全て出鱈目な話なのだから私に迷惑なんてない。...でも、そうか。イーゼルがいいと言うなら良いだろう。」

「ええそうですね。イーゼルにはアステルがついてるものね。じゃあ出席も決まった事だし、衣装を決めましょうか。」

母は、いつかのショッピングの日のようにそう提案した。どうやら母はおしゃれが大好きらしい。そりゃあこれだけ美しいのだからおしゃれのしがいもあるだろう。「美しい絵画は額まで美しいのだ」と自慢げに言っていた。父が。

「...今あるもので大丈夫ですよ。」

「あらダメよ。うちの子の晴れ舞台ですもの。しっかり着飾らなくちゃ。」

「そうだ。と言うわけであと少しで服飾師が到着する。」

「............。」

兄様は無表情ながらに、微かに面倒臭さを滲ませていた。
しかし!兄様もすごいイケメンなのだから着飾らなきゃ損である。そしてその美貌に社交界もきっとメロメロになってしまうに違いない。
僕だったら絶対目に焼き付けようとするだろう。

「............。」

『アステル?どうしたの?』

床に伏せをしながら椅子に座る僕の膝に顎を乗せていたユーリが首を傾げる。

社交界。
それは、婚約者探しの交流もあるのだとマーティ先生が言っていた。

「...むぅ。」

まだまだ兄様に甘えたい年頃の僕はそれが面白くない。もし社交界で出会った綺麗な人を、うちに連れてきて「恋人だ。」とか「婚約者だ。」と紹介されたらショックで寝込む自信がある。

でも、兄様の抱える辛い記憶や兄様の感情表現が希薄なところとかをしっかり受け止めてくれる人じゃないと弟としては兄様を譲ることはできない。
というより14歳で婚約者なんて早すぎる!!貴族にとっては当たり前かもしれないけれど!!早いものは早い!僕はあと100年は兄様と遊びたい!

『いやー、間違っても今のご主人様がアステル以外を好きになる事はないと思うな~?』

「...そう?」

『そうそう。僕はアステルに嘘をつかないよ。』

人の心に敏感なユーリが言うなら信憑性も高い。
そうなれば!我がゼルビュート公爵家自慢のイケメン兄様をこれでもかと輝かせるまでだ!
赤い目がなんだと言うのだ!兄様の孤高の美しさに全員呼吸を止めるがいい!

『それじゃあ全員死んじゃうよぉ。』

父と母と共にワクワクで服飾師を迎えている僕にはユーリの言葉は届かなかった。














「やはり、黒髪に合わせて黒ベースであるべきだろう。」

「深い紺色も似合いますわ。」

「確かにそうだな...イーゼル。これも着てみろ。」

「はい...。」

再び父と母の着せ替え人形になっている兄様をユーリとじゃれ合いながら見つめる。
正直僕には全て似合っているようにしか見えないので、全部に「かっこいいです!」と言うだけの係である。野次馬かな?野次馬だ。

父は兄様と同じく黒髪だからなんとなく知見があるそうだが、「私のデビューの時とは流行りが違うからな...。」と試行錯誤している。その点母は今の流行りについて詳しく服飾師に色々尋ねながら服を選んでいる。宝飾屋さんもやってきていて、様々なキラキラが並んでいた。
そのキラキラとは反対に兄様は疲れが顔に出ているが。

『ご主人様、顔が死んでるね。』

「にいさまは、ようふくにきょうみがないからね。」

『あんなに顔が整っているのに勿体無いなぁ。』

「ねー。」

本当にその通りだ。
ただ兄様はきっとこうやって誰かに何から何までお世話されながら底なしに褒められるのが照れ臭くて居心地が悪いだけだと思う。
何でもかんでも周りに頼ってばかりの僕と違い、いつでも自分で全てをやってしまう兄様はこういう時にしかお世話をさせてくれないから、父と母の熱も入るのだろう。
大好きな兄様が愛されていていい事だ。

「イーゼル、少し笑ってみろ。」

「無理です。」

「アステル、ちょっといいかしら。」

「んぅ?」

母に抱き上げられて、兄様の足元に立たされる。

「ほら、お兄様どう?」

「とってもかっこいいです!ぼくのにいさま!」

「ありがとう。俺のアステル。」

「やはり表情が変わると服も違って見えるな。もう少し装飾の多いものにしてみよう。」

「ええ。でも顔周りはシンプルな方がいいですね。せっかく綺麗な顔が隠れてしまうもの。」

「間違いないな。」

「.......。」

その後もたまに母に抱き上げられ、兄様を褒めるという役割も担いながら服は少しずつ決定していった。
終わる頃には疲弊しきった兄様が椅子に座って項垂れている。

「...完璧だな。」

「ええ。当日が楽しみですわ。」

疲労困憊の兄様とやり切った顔の両親。
どこかでみたことのある光景だ。
兄様はもう今日は動きたくないと、でんちがきれたように目を瞑ってしまった。その膝によじ登ろうとする僕。

が、

「よし、じゃあついでにアステルの服も選ぶか。」

という父の言葉にカッと兄様の目が開く。

「ぼく?」

「ええ。今日はアステルの服も持ってきて貰ってるわ。最近はよく外に出るようになったからたくさん買わないと。」

「俺に任せてください。」

「なんだイーゼル。疲れてるだろう。」

「俺に任せてください。アステル、こっちだ。」

「はぁい!」

問答無用で僕を抱き上げた兄様はさっきまでの疲労はどこへ行ったのやら、真剣な顔つきで僕の服を選び始めた。
これもまた、どこかでみたことのある光景だ。





















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