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第3章 お友達編
【幕間】楽しみ
しおりを挟むアステルの抱っこ禁止令が出されて数日。
俺は常にあった腕の中の温もりと重さがない事に寂しさを感じつつも、この禁止令も悪い事ばかりではないと思い始めていた。
まず一つ目はアステルのおねだりを聞ける事だ。
これまではアステルが辛い思いをしないように先を読んで抱っこをしていたが、それが禁止された今定期的にアステルに抱っこをせがんで貰える。
可愛い上目遣いで、可愛い声で「だっこぉ...」と手を伸ばすアステルのなんと可愛い事か。何も声には出していないのに駄犬が『うるさ。』と言ってくるほど頭がアステルの事でいっぱいになる。犬には水をかけておいた。
そして、その可愛いおねだりを断らなければいけないのがこの禁止令の辛い所だが、少しずつ長い距離を歩けるようになっていく成長を見れるのだからここは兄である俺が我慢をしなければいけない。
アステルだって頑張っているのだから。
二つ目は、一生懸命駆け寄ってくるアステルが可愛いという事だ。
これまで常に至近距離にいたアステルが遠くから俺の元へ駆けてくる愛らしさは言葉にできない。上気した頬、額には薄く汗をかいて、「にいさま!」と言って笑顔で俺の元に向かってくるアステル。この光景は一生忘れないだろう。
『まだアステル遠いのによく汗まで見えるね。もしかして脳内補正?』とかなんとか言う犬は子犬の大きさに縮めておいた。これで少しは喋る体力が削れるだろう。
「にいさま!ぼく、きのうよりはやくはしれました!しんきろくです!」
「ああ、凄いな。一瞬だった。かっこいいぞ。」
「えへへ。ぼく、あしたもがんばります!」
禁止令が出た当日は、すぐその場にしゃがみ込んでしまっていたアステルも、今はこんなにも立派になった。弟の成長を感じられて幸せだ。
俺も、頑張らなければ。
今日は午後から公爵家の騎士団で演練があるため、それに参加する事となった。最近は剣を握るよりも魔法の勉強ばかりしていたから腕が鈍らないようにしなければならない。魔法を使うのにも体力が必要だ。
魔法が覚醒するよりも前から剣を振るっていたから、剣術と言うのは魔法よりも慣れ親しんでいる。
「よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。」
向き合った騎士の男に一礼をして剣を構える。純粋に自分の肉体の力だけで戦う、久しぶりの感覚だ。魔法でカバーできるような一瞬の隙も許されない、言葉通りの真剣勝負。
「始め!!」
その合図を耳に入れて、理解するよりも早く反射で足を踏み出す。狙うは相手の首。だが、流石にそれは読まれていたのか防がれ、強い反動を受ける。それに体制を崩さず次は弾かれてた剣を下から上へと切り上げるが、これも避けられる。
「腕は鈍っていないようですが、私は日々鍛錬を怠っていませんからね!」
続いて振り下ろされた相手の剣を受け止めるが、それは想像以上に重かった。グッと下半身に力を入れて耐え、なんとか弾く。
それからも攻守を変えながらも試合は平行線だった。
次第に息も上がり、どちらの体力が先に底を尽きるかの勝負になってきた時、その声は聞こえた。
「にいさま!がんばれぇー!」
右耳に届いたそれは、紛れもなく愛する弟の声。勿論相手の騎士にも聞こえていたらしく、「やべ、」という声が漏れていた。
その声に応えるように、今し方受け止めていた剣を強く弾き、一瞬相手の姿勢を崩す。それを見逃さず一気に距離を詰めて、相手の手を蹴り上げる。流石に剣を離す事はしなかったが驚き油断しているその隙に背後へと回り込んで首の動脈に切先を当てれば、試合は終了だ。
「おおお、見たことある流れだ。」
「結構惜しいところまでは行けるのに、アステル様が来ると絶対勝てないんだよなぁ。」
「急に剣が重くなるから、もはや別人だよな。」
外野の騎士が何か言うのを無視して、声のした方へ向かう。するとそこにはこちらへ駆けてくる天使の姿が。
今手に持っている危ない真剣は騎士たちのいる反対方向へぶん投げ、両手を広げてアステルを待ち構える。
その後ろを必死に追いかける子犬になった駄犬は全速力のアステルより遅かった。
ぽす、と腕の中におさまったアステルを抱き上げる。
「にいさま、とってもつよかったです!すごい!」
「そうか。アステルも足が速くなったんじゃないか?犬にも勝ってる。」
『ねぇご主人様!これ早く元に戻してよ!!それかもっと小さくして!!』
「...もっと?」
絶対に子犬にされた事を怒っているのかと思っていたが、なぜ更に小さくなりたがるんだと思ったが、静かになるならと今の半分ほどの大きさに縮めてみる。
ぽんっと音を立てて縮み、大人の靴ほどの大きさになった子犬はちょこまかと動き回りながら、俺の靴の上に乗り上げながらアステルを見上げる。
『あすてる!みて!ちっちゃくなったよ!かわいいでしょ?』
「わぁ~!かわいいー!!」
仔犬に向かって手を伸ばすアステルを地面に下ろす。すると声が少し小さくなった仔犬はアステルの腕の中に収まった。短い尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れている。
『わぁ~~!!あすてるがちかい!!もっとなでて!ぎゅってして!』
「んー、ふわふわであったかい...。」
『へへへへへへへ...。あすてるがだっこしてくれるなら、ぼくはもうずっとこのままでいい!!』
アステルに頬擦りされて気色の悪い声を上げる犬。
小さくして欲しかったのは、この状況を狙って言った事なのだろう。
非常に気に食わない。
「ぼくがおせわしてあげるからね。」
『うん!!ぼくはこのまま、あすてるにおせわされていくんだぁ...。』
「よしよし。いいこいいこ。」
『ぅへへへへへ........、あー、しあわせぇ...。』
「チッ。」
アステルに撫でられ恍惚としだした犬にイライラが募り、さっさと元の大きさに戻す。急にアステルの手を離れて大きくなった犬は、地面に仰向けに寝転がりながら未だに余韻で尻尾を忙しなく揺らしている。
本当に神獣なのかと疑うほど威厳のないその姿に若干引く。
これが自分の従魔だと思うと恥ずかしい。
『えへへ...あれ!?なんで!?なんで戻しちゃうの!?!?せっかく良いところだったのに!!』
「気持ち悪い。」
『はぁ!?それはただの嫉妬でしょ!?戻してよ!!』
「お前はそれが元の大きさだろう。」
「ユーリはおおきくてもかわいいよ!」
『むぅ....。じゃあアステル、僕の背中に「駄目だ。」』
『なんで!!』
「今は抱っこ禁止令が出ている。」
『もぉ!!!!じゃあ自力で小さくなってやる!!!!!』
うるさい声でそう宣言した犬はそれから自分の大きさを変化させる練習に勤しんでいた。
どうせ自分で小さくなれようとも、俺が元の大きさに戻すだけだというのに。
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