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第3章 お友達編

【59】力

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「おい犬、来い。」

『えー、僕アステルと夢で遊んで「来い。」...もぉー分かったよ。』

イーゼルは、アステルが眠るのを確認するとユーリを連れて寝室から出て屋敷の裏庭へと向かった。数日前にアステルと一緒に雪遊びをした場所だ。
イーゼルが、雪の中ユーリの方へ振り向く。
月を背負ったイーゼルをユーリは透き通る緑色の目で静かに見つめ返す。
そんな真っ直ぐなユーリの目に己を映しながらイーゼルは言った。

「...お前は、何ができる。」

ユーリは人間の思考が見えていたから、この短い言葉に込められたイーゼルの思いも正確に読み取っていた。


___アステルの役に立て。


イーゼルの頭には、ただ愛する弟の事しかない。地下室で初めてその心を見た時から、ずっとそうだ。
だから、契約をしても良いと思ったのだ。
ユーリの大好きな友達であるアステルを守りたいという思いは同じだったから。

『なんだってできるよ。アステルには傷を治してくれた恩もあるし、友達だから。...それにもう、一人は退屈なんだ。」

それは、数百年生きた狼の一番の苦しみだった。
普通神獣は人間からは距離をとって生活をする。たまに人間に力を貸す神獣もいるが、基本的には人間とは相容れない存在だという自覚があるからだ。
しかし、その中でもユーリは少し変わっていて、神獣でありながらも人間に興味があって、おしゃべりも大好きだった。

だが、喋れる相手が数百年前に死んでしまってから、長い間途方もない孤独と闘った。
たまに“愛し子”とかいう特別な人間が神獣と仲良くなるらしいが、ユーリはあまり近づきたくなかった。本能がやめておけと告げる。

そうなると、ユーリと話せる人間は0に近いのだが、今こうして愛し子でなくとも親和性の高い人間に出会えた。
それは凄い奇跡だ。
愛し子でないのに、心が清らかで、慈悲深く、優しい。一緒にいるだけで全てが満たされていく感覚。
なんて、心地の良い人間だろうか。この子と共にいたら、きっと世界がもっと楽しくなるに違いないというわくわく感。

絶対に、離れるものか。失うものか。

イーゼルに強くそう伝える。

「...ならいい。神獣なら弱くはないだろう。密猟されるようなマヌケではあるが。」

『あれは不運が重なっただけ!本当は強いよ!魔法も使えるし噛みつけるし!あ!最近ここら辺に早く雪を降らせたのも僕なんだ!』

「父上の仕事を増やすな犬風情が。」

『うっ...。』

イーゼルの赤い目に鋭く睨まれてユーリは身を低くする。この人は本当にアステルの兄なのだろうかと疑問を浮かべながら。

「まあいい。次にアステルを危険な目にあわせたらその瞬間にお前は殺す。いいな。」

『うう...怖いよぉ...やっぱり僕アステルと契約したかったぁ...。』

「いいな?」

『...はぁい。』

見えない鎖に首を絞められている感覚がしてユーリは渋々頷いた。
まるでパワハラを受ける部下のようだ。

普通従魔とはご主人様を守るために戦うものであるが、イーゼルはそんなものを必要としない程の力を持っているし、そんなイーゼルが己の命よりも大切にしている人がアステルなのだ。だからユーリはただ大好きな友達のそばにいて、守ればいい。
つまりアステルとずっと一緒に居られることに変わりはない。
だから解こうと思えば解ける従魔契約もそのままにしているのだ。

そして、イーゼルはその威圧的な視線を頭上の月の方へ向けて、声だけでユーリに二つ目の問いを投げた。先ほどまでのは念押しのための最終確認で、本来はこちらが本題なのだろう。

「...お前は、アステルの力について何か知っているか。」

イーゼルは話題を弟自身のことに移す。
未だ分からない事だらけのそれに、ユーリも難しい顔をして答えた。

『僕の足を一瞬で直したけど、神殿の奴らとは違う力っぽかったんだよね...う~ん...でもやな感じはしないんだよなぁ。』

「お前は神殿の力がなんなのか知っているのか。」

『うーーーん...僕難しいの苦手なんだけど...。あいつら気持ち悪いから嫌いだし...。ん゛~...神殿の奴らがやってる病気を治すって言うのは、誰かの生命力を予め蓄えておいて、それを病人に移すだけなんだよ。やってる事は単純でも、ただの人間が生命に干渉する力を扱って良いわけがない。』

「ただの人間?」

神官が使うのは神力。つまり神の力だ。
彼らの言い分によるとそれは、現世に遣わされた神の代理としての力らしい。
つまり神官は人間よりも神に近いというのが一般の理解だ。
それをユーリは“ただの人間”と言う。

『本当に神の力ならわざわざ別の所から生命力を持ってくる必要なんてない。だって生命そのものを創り出したのが神なんだから、神は純粋にその力を直接流し込むことができる。』

「では神殿の奴らが使っているのは神の力ではないと?」

『当たり前だよ!もっと昔は、神殿は神を祀るだけの場所だったし、祝福とか言って人に干渉することも無かった。神殿の奴らが使っている力がなんなのかまでは知らないけど、生命力を生み出すんじゃなくて移すだけならまぁ、古代の魔法を使って色々工夫すれば無理ではないのかな?やっちゃダメだけどね。絶対に報いを受けることになる。』

「...じゃあ神殿は、高い金を払う人間の健康に貧しい人間の命を犠牲にしているのか。」

『そこら辺を神殿がどうやりくりしているのかは知らないよ。どうやら最近の神殿の奴らは、“催眠“が得意らしいから、信者に聞いても無駄だろうね。力を使われた人間は同時に催眠がかけられているから、皆神殿を崇拝するようになるんだ。いつからかそうやって今まで食いつないでる意地汚い奴らだよ。気持ち悪い。二度とアステルに近づけるもんか。』

「は?じゃあ、アステルは...、」

イーゼルはサッと血相を変えて今は穏やかに眠っているアステルが居る部屋の方を向く。確認はしていないが、神官の治療を受けたアステルはもしかしたらユーリの言うように神官の催眠にかかっている可能性がある。
しかしユーリがすぐにそれを否定した。

『それは大丈夫。アステルの意識に入った時にその痕跡は消しといたから。...でも、アステルの力は本当に不思議だ。魔法の気配もなく、生命を操ってるわけでもなく、ただアステルが願って、それが叶った。

____まるで、世界がアステルの願いに応えたみたいだった。』

「アステルの、願いを...。」

『うん。だから、神に愛されてるのって実はアステルなんじゃないかな?アステルは天使みたいに可愛いから神様も願いを叶えたくなるよ!』

「そうか。...ならしっかり、守れよ。」

『もちろん!力の事はアステルに説明するの?』

「不確かな事だらけだから、今はまだいい。」

『まあ、アステルなら悪い事は願わないだろうから大丈夫だろうけど、そこら辺は僕が見張っておくよ。』




その言葉を最後に会話が終わると、イーゼルはアステルの眠る部屋へと帰る。その後ろでユーリは「色々教えたお礼の一つくらいあっても良いんじゃないですかぁ?」とぼやいていたが、明日から毎日アステルと遊ぶ事を考えて機嫌を直し、尻尾を振りながら同じ部屋へと帰った。










______________________
ここら辺の設定は後々変えるかもです...(行き当たりばったりですみません...)
ふんわり読んでください

感想もありがとうございます!いつかちゃんと返信させていただきます!





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