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第3章 お友達編

【56】狼

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過剰な魔力を流し込み術を破壊して狼の首輪を解いた瞬間、辺りを強烈な吹雪が吹き荒れる。
その中心に浮かぶ狼は、身体がひとまわり以上大きくなり、先ほどまで弱々しかった青い瞳を鋭く変え、吹雪が収まるのと同時に静かに地面へ降り立った。
あたりの植物にはキラキラとした霜が降りていた。

狼は俺をまっすぐ見つめ、グルッと低く鳴くとしなやかに体を動かして駆けていく。

目的は、一つだというように。









神官が居るアステルの部屋の前まで来ると、狼は立ち止まって俺を振り向いた。
開けろ、と目で訴えてくる。

「...今は神官が治療にあたっている。」

狼は目を逸らさない。いいから開けろという事だろう。

俺の独断で、この扉を開けていいのだろうか。俺は“魔のモノ”だから、今は離れていたほうがアステルのためかもしれない。

そう迷っている間に、扉は開いた。


「イーゼル?居るのか。」

扉を開けたのは父上だった。
そして、「すまない。やはり、アステルはまだ...。」と表情を暗くする。
どうやら神官の治療は上手くいかなかったらしい。
しかし、そんな事は意に関せず狼は開いた扉の奥に突撃していく。

「はっ?」

父が驚いて固まる隙にするりと部屋へ入る狼。
俺も、万が一あの狼がアステルに危害を加えないように監視する為に中へ入る。
中では神官達が険しい顔をして壁に寄っていた。大きい動物が急に部屋に入ってきて驚いたのだろう。

「...終わったのなら、お帰りを。」

神官にそれだけ告げ、部屋を出ていくのを見つめる。最後に再び侮蔑と恨みを込めた視線を向けられるが、どうでもいい事だ。
俺は狼と共にアステルに歩み寄る。
変わらず、アステルは目を閉じたまま動かない。

「...アステル...。」

狼はベッドに飛び乗って、アステルの額に鼻を寄せる。すると、次第にその場所が静かに光出した。その光には神官の使う力のような、嫌な感じはしなかった。

「イーゼルっ?なんだこれは!?」

「...父上。...少しだけ、見守ってください。」

心配そうな父上は、狼が近づいても何もしない俺を見て今は手を出さないでいてくれるようだ。
そんな父上と二人で、光で結ばれた狼とアステルを見つめる。

しばらくして狼の体がふらりと揺れ、ベッドに倒れた。



















































あぁ、明日は数学の小テストだから復習しないと。












ジャーーーーーーーーー

バシャバシャ












「ぁう!う!」
「あら、朝陽はこっちの方が好きかしら?」
「いや、パパが買ったこっちがいいだろう!」





ジャーーーーーーーバシャ、カチャ、


「あーう!」
「うふふ。」
「ははっ。」



ジャーーーーーーーカチャカチャ、ジャバ、




水の出る音。

皿が洗われる音。





僕は家で、家族が夕飯に使った皿を洗っていた。

リビングには父と母と、朝陽がいる。
そんなリビングが見えるキッチンで皿を洗う事が僕の仕事だった。

任されたわけではない。
ただ、幸せそうな”3人家族“に混ざる心地の悪さと、存在を忘れないでと縋る気持ちが入り混じった結果、ここでただ皿を洗う事しかできなかったのだ。

3人は、楽しそうに遊んでいる。
朝陽が喜ぶように目の前にぬいぐるみを掲げて動かしたり、頬にキスをしたり。

僕の足は、地面に縫いついたように動かなかった。
ただ、心に空いた大きな穴に気づかないふりをして黙々と皿を洗うことしかできなかった。


ねぇ気づいて。
僕お手伝いしたよ。
褒めて。
無視しないで。
邪魔なんて思わないで。
僕、役に立ってる?

ねぇ、お父さん、お母さん、

お願い、


____僕も、家族にして。








ジャーーーーーーーーー

水の音に意識を持っていかれ、手が止まる。
ああ、水がもったいない。迷惑になってしまう。

...迷惑.........。




「(きっと、僕がここにいる事が迷惑だよな。)」

でも、ここ以外に居場所なんて_______










その時、スルッと、足に何かが触れた。
それはふさふさした、毛の塊だった。

驚いて足元を見ると、白い毛をした犬が青色の目で僕を見上げていた。次第に、その姿は二重に三重にブレて、気づいたらその姿は大きな狼になっていた。


『アステル、迎えにきたよ!!』


聞き覚えのある声がする。

「ぇ...?」

『ねぇアステル。帰ろう?』

狼が喋っていた。同じ空間に居るはずの父と母はガラスを隔てているように、こちらの事には気づかず、朝陽を抱きしめている。

アステルって誰?僕の名前は”__“だった気が...。
それに、帰ろうって...?

ここが、僕の家なのに?

『違うよ。君はアステルで、ここはアステルの家じゃない。』

狼が僕の体に巻き付くように擦り寄る。

『アステルにそんな顔をさせる場所は君に相応しくない。だからさっさと帰ろう。じゃなきゃそろそろ赤目のお兄さんが泣いちゃうよ。』

「あか、めの...?」

赤目?
なんだっけ。
赤目の人。知ってる。


とても、優しい、

とても強い、

とても美しい、

そう、僕の、



「...にぃ、さま...?」

『えぇ!?あれがアステルのお兄さんなの!?全然似てない!』

狼は驚いて僕に向かって前足を上げる。それを体で受け止めながら、笑う。

「...本当は従兄弟なんだけどね。...でも、すっごく優しいんだ。」

『優しいー?僕いっぱい睨まれたけどなぁ...。凄い脅されたし。まあでも、アステルの事が大好きなのは確かだよ。頭の中がね、アステルの事でいっっぱいだった!』

「うん!兄様は僕の事を一番に考えてくれる。...大好きな人だよ。」

『じゃあ、帰る?』

「......そうだね。」

帰るも何も、ここに僕の居場所はないから。

「だから、道案内をお願い...えーっと...。」

『名前は目が覚めたらアステルがつけて。今度こそ約束!!』

そう言って大きな狼は尻尾を振った。

「うん。分かった。じゃあよろしくね、狼さん。」





狼に導かれて、真っ白に光る道を進む。
今までどこに居たのかは、次第に上手く思い出せなくなっていた。
でもそれで構わなかった。





早く会いたい。僕の家族に。





















「っアス、テル...?...アステル!!」

「...にい、さま...?」

切羽詰まった兄様の声で意識が覚醒する。

あれ、僕...何してたんだっけ。
兄様と街にお出かけして、劇を見て、眠っちゃって...。

只事じゃない兄様の様子を見て、必死に思い出そうとするが頭がぼんやりとして思い出せない。
その代わりに兄様が抱きしめてくれた。

「よ、かった...良かったっ...目が、覚めて...!」

今までにないほど強い力で締め付けられ、僕はやっと現状を理解した。
僕はまた兄様に心配をかけてしまったようだ。

「...ごめんね、にいさま。」

「いいんだ、お前が無事なら、なんでもっ...。」

もう一度ギュッと抱きしめてくれる兄様の肩口から父と母も泣きそうな顔で僕を見ているのが分かった。
僕の愛する家族が、僕の帰りを待っていてくれたんだ。



なんだか寂しい夢を見ていた気がするけど、今がこんなに幸せなんだからどうでもいいやと思った。




































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