62 / 74
第3章 お友達編
【56】狼
しおりを挟む過剰な魔力を流し込み術を破壊して狼の首輪を解いた瞬間、辺りを強烈な吹雪が吹き荒れる。
その中心に浮かぶ狼は、身体がひとまわり以上大きくなり、先ほどまで弱々しかった青い瞳を鋭く変え、吹雪が収まるのと同時に静かに地面へ降り立った。
あたりの植物にはキラキラとした霜が降りていた。
狼は俺をまっすぐ見つめ、グルッと低く鳴くとしなやかに体を動かして駆けていく。
目的は、一つだというように。
神官が居るアステルの部屋の前まで来ると、狼は立ち止まって俺を振り向いた。
開けろ、と目で訴えてくる。
「...今は神官が治療にあたっている。」
狼は目を逸らさない。いいから開けろという事だろう。
俺の独断で、この扉を開けていいのだろうか。俺は“魔のモノ”だから、今は離れていたほうがアステルのためかもしれない。
そう迷っている間に、扉は開いた。
「イーゼル?居るのか。」
扉を開けたのは父上だった。
そして、「すまない。やはり、アステルはまだ...。」と表情を暗くする。
どうやら神官の治療は上手くいかなかったらしい。
しかし、そんな事は意に関せず狼は開いた扉の奥に突撃していく。
「はっ?」
父が驚いて固まる隙にするりと部屋へ入る狼。
俺も、万が一あの狼がアステルに危害を加えないように監視する為に中へ入る。
中では神官達が険しい顔をして壁に寄っていた。大きい動物が急に部屋に入ってきて驚いたのだろう。
「...終わったのなら、お帰りを。」
神官にそれだけ告げ、部屋を出ていくのを見つめる。最後に再び侮蔑と恨みを込めた視線を向けられるが、どうでもいい事だ。
俺は狼と共にアステルに歩み寄る。
変わらず、アステルは目を閉じたまま動かない。
「...アステル...。」
狼はベッドに飛び乗って、アステルの額に鼻を寄せる。すると、次第にその場所が静かに光出した。その光には神官の使う力のような、嫌な感じはしなかった。
「イーゼルっ?なんだこれは!?」
「...父上。...少しだけ、見守ってください。」
心配そうな父上は、狼が近づいても何もしない俺を見て今は手を出さないでいてくれるようだ。
そんな父上と二人で、光で結ばれた狼とアステルを見つめる。
しばらくして狼の体がふらりと揺れ、ベッドに倒れた。
▼
あぁ、明日は数学の小テストだから復習しないと。
ジャーーーーーーーーー
バシャバシャ
「ぁう!う!」
「あら、朝陽はこっちの方が好きかしら?」
「いや、パパが買ったこっちがいいだろう!」
ジャーーーーーーーバシャ、カチャ、
「あーう!」
「うふふ。」
「ははっ。」
ジャーーーーーーーカチャカチャ、ジャバ、
水の出る音。
皿が洗われる音。
僕は家で、家族が夕飯に使った皿を洗っていた。
リビングには父と母と、朝陽がいる。
そんなリビングが見えるキッチンで皿を洗う事が僕の仕事だった。
任されたわけではない。
ただ、幸せそうな”3人家族“に混ざる心地の悪さと、存在を忘れないでと縋る気持ちが入り混じった結果、ここでただ皿を洗う事しかできなかったのだ。
3人は、楽しそうに遊んでいる。
朝陽が喜ぶように目の前にぬいぐるみを掲げて動かしたり、頬にキスをしたり。
僕の足は、地面に縫いついたように動かなかった。
ただ、心に空いた大きな穴に気づかないふりをして黙々と皿を洗うことしかできなかった。
ねぇ気づいて。
僕お手伝いしたよ。
褒めて。
無視しないで。
邪魔なんて思わないで。
僕、役に立ってる?
ねぇ、お父さん、お母さん、
お願い、
____僕も、家族にして。
ジャーーーーーーーーー
水の音に意識を持っていかれ、手が止まる。
ああ、水がもったいない。迷惑になってしまう。
...迷惑.........。
「(きっと、僕がここにいる事が迷惑だよな。)」
でも、ここ以外に居場所なんて_______
その時、スルッと、足に何かが触れた。
それはふさふさした、毛の塊だった。
驚いて足元を見ると、白い毛をした犬が青色の目で僕を見上げていた。次第に、その姿は二重に三重にブレて、気づいたらその姿は大きな狼になっていた。
『アステル、迎えにきたよ!!』
聞き覚えのある声がする。
「ぇ...?」
『ねぇアステル。帰ろう?』
狼が喋っていた。同じ空間に居るはずの父と母はガラスを隔てているように、こちらの事には気づかず、朝陽を抱きしめている。
アステルって誰?僕の名前は”__“だった気が...。
それに、帰ろうって...?
ここが、僕の家なのに?
『違うよ。君はアステルで、ここはアステルの家じゃない。』
狼が僕の体に巻き付くように擦り寄る。
『アステルにそんな顔をさせる場所は君に相応しくない。だからさっさと帰ろう。じゃなきゃそろそろ赤目のお兄さんが泣いちゃうよ。』
「あか、めの...?」
赤目?
なんだっけ。
赤目の人。知ってる。
とても、優しい、
とても強い、
とても美しい、
そう、僕の、
「...にぃ、さま...?」
『えぇ!?あれがアステルのお兄さんなの!?全然似てない!』
狼は驚いて僕に向かって前足を上げる。それを体で受け止めながら、笑う。
「...本当は従兄弟なんだけどね。...でも、すっごく優しいんだ。」
『優しいー?僕いっぱい睨まれたけどなぁ...。凄い脅されたし。まあでも、アステルの事が大好きなのは確かだよ。頭の中がね、アステルの事でいっっぱいだった!』
「うん!兄様は僕の事を一番に考えてくれる。...大好きな人だよ。」
『じゃあ、帰る?』
「......そうだね。」
帰るも何も、ここに僕の居場所はないから。
「だから、道案内をお願い...えーっと...。」
『名前は目が覚めたらアステルがつけて。今度こそ約束!!』
そう言って大きな狼は尻尾を振った。
「うん。分かった。じゃあよろしくね、狼さん。」
狼に導かれて、真っ白に光る道を進む。
今までどこに居たのかは、次第に上手く思い出せなくなっていた。
でもそれで構わなかった。
早く会いたい。僕の家族に。
▼
「っアス、テル...?...アステル!!」
「...にい、さま...?」
切羽詰まった兄様の声で意識が覚醒する。
あれ、僕...何してたんだっけ。
兄様と街にお出かけして、劇を見て、眠っちゃって...。
只事じゃない兄様の様子を見て、必死に思い出そうとするが頭がぼんやりとして思い出せない。
その代わりに兄様が抱きしめてくれた。
「よ、かった...良かったっ...目が、覚めて...!」
今までにないほど強い力で締め付けられ、僕はやっと現状を理解した。
僕はまた兄様に心配をかけてしまったようだ。
「...ごめんね、にいさま。」
「いいんだ、お前が無事なら、なんでもっ...。」
もう一度ギュッと抱きしめてくれる兄様の肩口から父と母も泣きそうな顔で僕を見ているのが分かった。
僕の愛する家族が、僕の帰りを待っていてくれたんだ。
なんだか寂しい夢を見ていた気がするけど、今がこんなに幸せなんだからどうでもいいやと思った。
1,955
お気に入りに追加
4,662
あなたにおすすめの小説


巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる