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第3章 お友達編

【55】神の殿

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次の日、公爵家の前につけた無駄に大仰な馬車から3人の神官が降り立った。
聖職者の格好をしたその3人全員が寸分の狂いなくきっちりと髪を纏め、薄く笑顔を浮かべながら父に挨拶をする。

「公爵様。この度は大変でしたね。しかし、ご安心ください。神の袂におられる小公子様は必ず神のお力によって目を覚ますでしょう。」

「ああ。頼む。」

父は短くそれだけ言うが声は堅かった。

”神殿“というのは、皇室でも不可侵の場所であり、根も葉もない黒い噂は絶えないのである。
...しかし、火のないところには、とも言われ貴族の中でも神殿を完全に信用していない者は多い。反対に、巨額の寄付金を収めるほど入れ込む者もいる。

公爵家はそのどちらでも無かった。多少の寄付金は収めつつ、親密にはならない適度な距離感を保っている。そして今回神殿はアステルを救う事で確実に公爵家と距離を詰めようとしてくるだろう。そして神殿に恩ができてしまった公爵家はそれを無碍にはできない。恩義を重んじる父上なら尚更だ。

しかし今何より大切なのはアステルだ。アステルが助かりさえすればいい。それは父上だって同じ考えだろう。
神官の使う神力というのは魔法とは別物で、癒しに長けたものである。...だが俺は、どうにもそれが信用できなかった。そもそも俺が神を信じていない上に神力の詳細が明かされていないのもそうだが、多額の寄付金を払う者を優先し、術への責任は負わないという神殿のスタンスがどうにも気持ち悪いのだ。
過剰に清らかであろうとする者には、その分隠したいことが多いように思えてならない。

しかし、今はそうも言ってられない。
アステルのためならば、使えるものは全て使うしかない。
これでアステルが無事に目覚めるなら、俺だって少しは神を信じてやろうと思えるだろう。



父の案内でアステルの寝室へやってきた神官は、少ない動きで俺を振り返った。そして薄い笑顔はそのままに、見慣れた侮蔑をその顔に浮かべてさも当たり前のようにこう言った。


「...失礼ですが、あなたは退出してください。

____神は魔のモノを嫌います。」


「...おい、今なんと言った?」

父が、低い声を出して神官を睨むのを一歩前へ出て止める。

「大丈夫です、父上。...では神官殿、弟を頼みます。」

深々と一礼をしてサッと部屋を後にする。
イーゼル、という辛そうな父の声も今は無視をしておくしかできなかった。





アステルが助かるためなら、こんな侮辱如きで事を荒立てるべきではない。
俺の目は魔物の色である上に、前科らしきものも有名な話である。


___親殺しの赤い目。


でも、公爵家の人々はそんな俺を家族として認め、弟は好きだとも言ってくれる。さっきだって父は今にも神官に殴りかかりそうな気迫をしていた。そんな家族が居るだけで俺は十分すぎるほど幸せだ。

だから、大切な弟を助けてくれるならどんな扱いにも目を瞑ろう。




「...でも、アステルは怒るだろうな。」



俺の赤い目が綺麗だと言って笑うアステルを思い出して、つい頬が緩んでしまう。
その記憶だけで、誰になんと言われようと、どんな扱いを受けようと、俺はこの目に生まれて良かったと思えるんだ。



俺を光のある方へ導いてくれたアステルが笑ってくれるなら、それ以外には何もいらないのだから。














神官の儀式の最中、暇になってしまった俺はじっとしていることができず庭へと出ていた。
アステルが目覚めるにしても目覚めないにしてもお見舞いに花を持って行こうと思ったからだ。

かつてアステルは魔力暴走で寝込んだ俺に赤い花をくれた。大好きな色だと言って。
俺も、アステルのキラキラと輝く緑の瞳が大好きだ。この世界の美しいものは、きっとあの瞳に集約されている。
しかし、緑色の花というのは数が少ない。ならばアステルの髪の色に似た薄い黄色に近い花を摘もうと庭園を散策していると、遠くで何か賑やかな声がした。

「逃げたぞ!」「誰か捕まえろ!」などの声がする方向へ進んでみると、遠くから白い塊が近づいてくるのが見える。

「イーゼル様!?すみません!逃げてください!!」

その白いのを追いかけている騎士がそう叫ぶ。それは公爵家直属の騎士の一人だった。
その前を走っている白いのはどうやら巨大な狼のようだ。何故こんなところにいるのかは分からないが、庭園を荒らされたら困ると思いパチンと指を鳴らし魔法で浮かせる。
ア゛ゥ!?と、空中でジタバタ暴れる狼を眺めていると、騎士の男が追いついたようだ。

「はぁ、はぁ、申し訳ありません!昨日の誘拐犯のところで捕まっていた狼が、輸送中に逃げ出したようで...!」

「昨日の?」

「はい。犯人は密猟者で、珍しい魔物を競売にかけていたようです。」

では、アステルはこんな四つ足の犬のようなものと同列に扱われたという事だろうか。あんな汚くて暗くて寒い檻に入れられて。

神なんかよりも尊い俺の弟が。

狼は、何を思ったのかその青い瞳を俺に向けてアウゥ!!ウゥ゛!!と唸る。赤い目をしていないため、ただの魔物ではない。となると...。

「すっ、すみません!すぐ連れて行きますので!」

俺が急に黙り込むと騎士が震え出し、今すぐにこの獣を連れて行こうとするのを止める。

「...いや、こいつは俺が引き受ける。」

「え?」

「戻れ。」

「っは、はい!」

ギュンっと回れ右をした騎士は、狼を追いかけていた時よりも速く走り去っていった。
あっという間に居なくなる騎士の背中から、狼に目を移す。




「...おい、

____お前、何か知っているのか?」




アステルが倒れた現場を見ていたかもしれない狼の首根っこを掴み上げる。

真っ白な毛並みの狼の首には正反対の黒い首輪がつけられていた。...どうやら普通の首輪では無いようだ。
すると余計に尻尾を振り回し、暴れる狼。
ア゛ウゥ゛!!と生意気な目を向けてくる。先ほど魔法で浮かび上がらせた時と言い、ずいぶん表情が豊かな狼だ。
...まるで俺の言葉を理解しているようだった。

「お前は俺の言葉が分かるか?」

そう言うと暴れていた狼はピタッと止まった。

「...お前は、アステルが倒れた理由がわかるか?」

狼は暴れた。

「何故倒れた?」

狼は暴れる。

「...言え。」

アウゥ...。
しかし狼は犬のように鳴くだけだった。












『怖い!この人間怖い!!アステル!アステルはどこ!?!?この!!怖い人間!アステルに会わせろ!!この!!』

現在、なんとか捕まっていた人間から脱出したと思ったら、今度は魔法の気配がする人間に捕まってしまった。
真っ黒なその男は赤い目で僕を睨みつける。
地下室からアステルを連れていった奴だった。

『ねぇ!アステルのとこ!!連れてって!!それか首輪とって!!お願いだよ!!」

「暴れるな。」

首を離されて再び宙に浮かされる。
なんとか暴れてみようにも、空中では全く意味がない。魔法もこの首輪のせいで使えない。

『く!び!わ!!とってよ!とってアステルに会わせてってば!!』

「...はぁ、狼の言葉なんてわかるわけないだろう。」

どうにか伝えようと首輪を前足で引っ掻く。

「...なんだ。首輪か?」

『そう!!これとって!』

呪具の一つであるこの首輪は外部からの魔法でしか解けない。それも並の魔法使いでは無理だ。
しかし、結界を破壊して魔法がかかった檻も難なく壊したこの人ならもしかしたらできるかもしれない。

「外して欲しいのか?...お前、その首輪に力を抑えられているんだろう。外したら何をするかわからない。」

『だから!アステルを助けるの!!僕は凄い狼だからできるの!!ねぇ早く!!』

「...俺の言葉が分かるなら首を縦に触れ。」

『縦!?これで良い!?』

首を上下にブンブン振る。

「お前は、アステルがなんで倒れたのか知っているか?」

『知ってる!!アステルは不思議な力を使って僕を助けてくれたんだ!ほら見て!この後ろ足!アステルが治したんだ!!すごいでしょ!!』

「回るな大人しくしろ。...お前は、アステルを助けられるか?」

『絶対絶対助けるよ!!アステルは僕の友達なんだ!!』

「...その為に、首輪を外す必要があるのか?」

『そう!!そう!!頭いいね!!』

「...分かった。じゃあ外しても絶対に暴れるな。もし人間に危害を加えたら俺が一生外れない首輪をつけて足を折って牙を抜いて森に捨てるからな。」

『わ、わかったよ...。暴れない。約束する。』

「...絶対に、アステルを助けろ。」

その人間は、まるで自分が足を折られてるような苦しい顔をした。

『...君も、アステルが大切なんだね。アステルの濃い匂いがする。僕も、アステルと友達になりたいから、絶対助けるよ。』

その思いで一つ、深く頷く。

そんな僕を見て何かを決心した黒ずくめの人間は、地面に僕を下ろすと大人しくお座りする僕の首輪にそっと触れた。

「...面倒な術だ。...力づくで破壊するか。」

そう呟いた後に数秒黙り込む。
そして、



____パキ、ピキッ、...バキンッ!!!


フッと首が、軽くなった。














































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