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第3章 お友達編
【54】救出
しおりを挟む何かが破壊されるような大きな音がした途端に地下室は明るくなった。
揺れと共に地下室の扉を破壊して入ってきたのは、まるで深傷を負った獣のような殺気を纏った、赤目の人間だった。表情はごっそりと抜け落ち、その造形も相まってまるで人形のようだった。
地下室の冷たい空気に、灼熱が混ざる。
渦巻く火を全身に纏いながら立っているその人は、首輪で鈍っている僕でも分かるほど強大な魔力を宿していた。そして思考はこの熱気とは裏腹に、真っ黒な怒りに塗りつぶされている。
僕との親和性は感じられない。
後ろから密猟グループの奴らの叫び声が聞こえるから、どうやらアイツらの仲間ではないようだ。
『ねぇ!!そこの人間!!こっち!まずはこの子を助けて!!アステルっていう名前で、さっき突然倒れたんだ!他の奴らはどうでも良いから!!早く!!』
檻の柵に体当たりしたり、走り回ったり、「ヴヴ」と唸ったりしてどうにかアピールする。絶対にアステルが誰よりも先に救助されるように。
その人間は、赤い虚な目をギョロッと彷徨わせながら室内の檻を一つ一つ観察して、僕の隣でピタッと止まった。
その目には、なんと言ったらいいか、とにかく色んな感情が渦巻いていた。
そして低い声で呟いた。まるで獣の唸り声だ。
「...アス、テル...?」
『そう!アステル!!どこかの貴族の子だから優先した方がいいよ!!お願い優先して!!人間はこの子だけなんだ!意識がない!!僕の魔法ももう持たない!!凍えちゃうよ!!死んじゃう!!』
どうせ届かない声で喋り続けている途中にシュンッと何かが風を切る。
いいや、風が切ったんだ。アステルの檻を。
そして、身に纏っていた火を消した人間はそっとアステルを檻から出し、抱き上げる。
「アステル...?アステル!!...チッ、なんで...っ。」
アステルが目を覚さないのを怪訝に思ったのか、怖い顔には狼狽と共に皺が増える。
『アステルは僕の傷を治して倒れたんだ!!だから僕も連れてって!!首輪を外してくれたら僕も役に立つ!!アステルの意識に入れるから!!』
しかし、その願いも虚しくアステルを抱き上げた人間は僕には目もくれずさっさと地下室から消えてしまった。
『待って!!僕も連れてってよ!!!その子は僕の友達なんだ!!!ねぇ!!!やだよ!置いていかないで!!』
地下室には、真夏のような熱気だけが残っていた。
▼
体を起こした医者がふぅ、と息を吐く。
「原因は分かりません。頭を打った形跡もありませんし、毒の影響でもない。体温も正常です。」
「...なら、何故弟は目覚めない?」
怒りもあるはずなのに、口から出たのは情けなくて弱々しい声だった。
「...あとは、神官に任せた方が良いかと。」
その言葉にグンっと心が重くなる。
ベッドに横たわるアステルは、目覚める事なくただ息をしている。顔色も悪く無いし、怪我もない。
...しかし、いくら起こそうとしても目覚める事が無かった。
「...わかった。下がってくれ。」
父上が医者を下がらせ、励ますように俺の肩に手を置く。
「明日には神官がやってくるそうだ。」
「...はい。」
「イーゼル。アステルは大丈夫だ。」
「...はい。」
「今日はここで寝るか?」
「......はい。」
「お前も疲れただろう。しっかり休め。」
「...分かり、ました。」
父上が部屋から出て行く。
アステルは、今も目覚めない。
俺はアステルを守れなかった。
だったら、こんな力持っていても何の意味もない。
最悪の気分だ。
夜中にアステルの元を訪れたらもぬけの殻となっていた。
雪が降り始め、外の足跡も消えていた。
だからアステルを探す手掛かりは少なかったのだ。
そんな時、唯一の望みとしてあったのがアステルに渡したはずのブレスレットが消えている事だった。
皇宮へ出かける日に、赤いものを身に付けたいというアステルに渡したそれには周りから見える色が変わるように、小さな魔法をかけてあった。
万が一、外でアステルのブレスレットを見て変な噂を流す奴が出ないようにと。
俺は、その小さな魔法の痕跡を必死に辿った。
数百メートルから数キロメートルの範囲で微かな魔法の探知を行うのは、本来ならば無謀な作業であったが、そんな事はやらない理由にはならなかった。
俺の大事な弟が、危険な目に遭っているのだ。
命を、全てをかける価値だってある。
身体中の魔力を駆使して、集中する。
思考が擦り切れそうになる程繊細で気の遠くなる作業だった。
それでもなんとか痕跡を辿り、街中へと向かう。
すると、パタリと痕跡のなくなる場所があり、結界が張られているのが分かった。
こんな街中でそこそこ強力な結界を張る意味。
間違いない、ここだ。
力の限りの魔力をぶつけて結界を破壊し、建物の中へ入る。
中には数人の男が居たが何故か一人が床に倒れていた。
そちらの事は付いてきていた公爵家の騎士に任せるとして、俺は再び神経を研ぎ澄ませる。
アステルの気配は、地下にあった。
鍵のかかる扉を腕力で破壊して、真っ暗な地下を火で照らす。
そこでは、俺の命より大切な弟がまるで動物のように檻に入れられていた。
それだけでも街ごと焼いてしまいたくなるような怒りなのに、抱き上げたアステルは固く目を閉ざしたまま目覚めなかった。
父と母も5人以上医者を呼び手を尽くしてくれたが、何も変わらなかった。
「...アステル。」
呼びかけた声が、虚しく空気に溶けていく。
弟は、まだ目覚めない。
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