58 / 74
第3章 お友達編
【52】お友達
しおりを挟む寒い地下牢で、震える両手を擦ってなんとか暖をとる。
...大変なことになった。
よくわからないまま家を飛び出して、そのままサラッと誘拐されてしまった。これじゃあ誘拐されに飛び出したようなものだ。
どうしよう。絶対に家族に心配と迷惑をかける。今はまだ夜だから、僕が居ないことに気づくのは早くて数時間後だ。そして、色んな人が動いて僕を探してくれるだろう。
こんなに愚かでも僕は公爵家の子供なので、捜索は大々的になるはずだ。
...もしや、その騒動に乗じて誘拐犯の人に殺されてしまったり...。
「...いやいや、大丈夫。大丈夫だ。」
『なにが?』
「っぅっっっ!?!?」
ビクゥッ!!!と体を震わせて縮こまる。
声のした方を見るが、暗闇で見えない。辛うじて一寸先の自分の檻の柵が見えるくらいだ。
『ごめんごめん。驚かせるつもりは無かったんだ。ただ本当に来てくれたのが嬉しくて。あ!そうだ!僕とおしゃべりしてくれる?声聞こえてるでしょ?ね!たくさん喋ろうよ!どうせここは時間がわかるものがないからね。時間を気にせず喋れるよ。人間がいつも時間ばかり気にしてるのはいかがなものかと思うけど。』
声は男の子のようで、とても饒舌だ。現状を理解するのに精一杯な僕はその内容までは聞き取れなかったけど。...しかし、そのあまりに堂々とした声色のせいだろうか、ただの人間ではないような違和感がある。
「......ぁ、なた、は...?」
『その前に聞きたいんだけど、君ってもしかして愛し子ってやつ?』
「へ...?ぁ、や...ちがぃ、ます。ぼくは、あすてる、です...。」
『アステル?アステルね。じゃあアステル、僕は名前がないから好きに呼んで?』
「なまえが、ない...?」
『うん。だからアステルがつけて。』
名前がないなんて、そんなはずはないだろう。名前は生まれた瞬間からあるもので、無いと不便だ。だって、それじゃあずっと、オイとかで呼ばれてしまうだろう。
『大丈夫。僕を呼ぶ奴は今まで誰も居なかったよ。』
「...う?」
『僕は君の心が読めるんだ。』
...えぇ!?うそ!?心が読めるの!?
じゃあ全部ばれちゃうじゃん!
この人を怖いって思ってるのとか、怪しいって思ってるのとか、いい加減寒すぎてそれどころじゃないのとか!!
『あ、寒いの?ちょっと待ってね。』
その途端、体がほかほかと温かくなった。
耳の先から鼻の先まで、血が通っていくのが分かる。
『色々あって今はこれくらいしかできないんだ。ね、温めてあげたでしょ?だから僕に名前つけて?』
「...ぇ、と...ぁ、ありがと、ございます...。でも、なまえ、は、もっとたいせつなひとに、つけてもらったほうがいいんじゃ...?」
お母さんとかお父さんとか。恋人とか友達とか。少なくとも初対面の人間に頼むような簡単なものではないのは確かだ。と、至極真っ当なことを言ったつもりなのだが、相手は不満な声を出す。
『えー。僕はアステルがいい。アステルじゃなきゃやだ。』
「えぇ...。」
初対面の人にそこまで駄々をこねられる覚えはないんだけどな。
『初対面じゃないよ。夢で会ったでしょ?』
「ゆめ...?...ゆめ...あっ、ぁの、わんちゃん...?」
『僕は狼だよ!夢だと君が見たことのある動物にしかなれないからああなったの!』
おおかみ...?少なくともこの喋る何者かとは結びつかない。だって狼は喋らない...よね?
この世界の常識がまだ全てわかったわけではないからもしかしたらこの世界では喋る狼が一般的なのか?
ぐるぐる考え込んでいるうちに、自称狼の声の主は痺れを切らしたようだ。
『ねぇ!名前は?なまえ!』
ばしばし、と何かで床を叩く音が聞こえる。
「わ、わかった...。...あ!でも、あの、けがは!?わんちゃん、けがしてた!あし!」
『あー、これ?まあ大丈夫大丈夫。そんな痛くないし。そんな事より名前をつけてよ。』
「っ、だ、だめ!ばいきんがはいっちゃうかもしれないし、...すこしでも、いたいのはいやだよ...。」
『...ねぇ君、本当に愛し子じゃないの?』
「ちがう!いいからけがみせて!」
『あ、はい。』
何かを引きずる音と金属の音を出しながら隣の檻に居たその子はこちらに近づいてきた。暗闇に慣れた目がぼんやりと白い毛を捉える。
その姿は、まさに美の狼というべき美しい姿だった。そして想像以上に大きい。
しかし、鎖に繋がった首輪をはめられ自由が奪われているようで痛々しかった。
「...ほんとうに、おおかみさんだ...。」
『そうだよ。』
「けがしてるの、あし?」
『...あ~、後ろ足は両方。多分骨まで折れてる。変な術も使われてるからポーションとかじゃ治らないだろうね。』
「おっ...!?」
両足が、折れてる...!?
想像以上の大怪我に言葉が出ない。
『うん。だから君は気にしなくていい...ぇ、ちょ、泣いてる...?』
「...ぅ、ぃたい、ぃたぃよぉ...!あぁぁ......。」
想像しただけでとても痛い。それも両足なんて、一体何があったのだろう。どうして病院にも行けずにこんなところに入れられてるのだろう。
動物は、大切にしなくちゃいけないのに。
可哀想、可哀想だ。痛い、痛い。
『いや、痛いのは僕だからっ!大丈夫!泣かなくていいよ!本当に大丈夫だから!』
「ぜんぜんだいじょぶじゃない!...なにもできなくてごめんね...。すぐにたすけ、くるから、おいしゃさん、いこうね。」
『うん...。君凄いね、全部本心だ...。でもここ、それなりに強い結界が張ってあるから探知が難しそうだし、助けは望み薄じゃないかなぁ。』
「ぼくのにいさまは、つよくて、あたまがよくて、かっこいいから、ぜったいきてくれる。」
『かっこいいのは関係あるのかな?』
「ある!そしたら、すぐおいしゃさんいくからね。そうしたら、いたいいたいなくなるからね...。うぅ、いたいぃ...。ごめんねぇぇ...。あぁぁぁ...。」
『あぁぁ大丈夫大丈夫痛くない。痛くないよ。』
「っ!まひしてるの!?どく!?それとも、あどれなりん!?」
『あど...何それ?麻痺毒の名前?いやそうじゃなくて。うーんなんだろう。こう...耐えられない痛みじゃないから...。』
「...?いたいんでしょ?」
『え~~...どうしようかな...。とにかく本当に大丈夫だからまずは名前を、』
「ん、いたいのいたいのとんでけするね。」
『聞いてないね。ていうか何それ。え、名前は?名前つけて欲しいんだけど。』
「いいこいいこ。こっちきてね。」
『そんな僕が駄々こねてるみたいな。いやこねてるんだけどさ。』
「いたいのいたいのとんでけ~。」
『はーいとんでけ~。』
「いたいのいたいの、わるいやつにとんでけ~。」
『はーいとんでけ~。』
____ぎゃあああああ!!!!!
「ぅっ?」
どうやら痛みが麻痺するほど気が動転しているらしい狼さんに気休めのおまじないを行っていると、上の階から叫び声がした。しかし、地下である上に檻に閉じ込められてるここでは何もわからない。
『...何かあったみたいだね。』
「にいさま?」
『いや、気配の数は変わってない。...あれ?...足が、痛くなくなってる。』
「ほんと!?」
『うん。呪具を使われたから簡単に治るはずは無いんだけど...。痛みが消えてる。まだ折れてはいるけど。』
「わぁ!おまじないきいたんだね!」
『えぇ...上級呪具の効果をそんな簡単に...?』
「じゃあじゃあ、ほねもなおるかな?」
『いや、さすがにそれは「きずきず~なおれ~。」.........。』
「いっしょにいって。」
『あ、はい。』
「きずきず~なおれ~。」
『なおれ~。』
「ほねほね~せっちゃく~。」
『え接着??』
「............。」
『...せっちゃく~。』
新たなおまじないを編み出して、狼さんの足を撫で撫でする。どこら辺が折れているのかはよく見えないが、とにかく治れ治れと願う。
くっつけくっつけ。元通りになれ!お願い!と念じていると...。
『...本当に治った...。』
「やったぁ!」
『ねぇ、怒らないから本当の事教えて?アステルは愛し子じゃ無いんだよね???それか神の使い?天使??』
「ちがう!!ぼく、にいさまのおとー、と.......。」
そう叫んだ瞬間、脳みそがグラリと揺れる感覚がして、抗うことすらできないままその場で意識は切れた。
『アステル!?』
最後に、狼さんの焦った声だけが頭に残った。
1,862
お気に入りに追加
4,631
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
気づいたら周りの皆が僕を溺愛していた
しののめ
BL
クーレル侯爵家に末っ子として生まれたノエル・クーレルがなんだかんだあって、兄×2や学園の友達etc…に溺愛される???
家庭環境複雑だけれど、皆に愛されながら毎日を必死に生きる、ノエルの物語です。
R表現の際には※をつけさせて頂きます。当分は無い予定です。
現在文章の大工事中です。複数表現を改める、大きくシーンの描写を改める箇所があると思います。当時は時間が取れず以降の投稿が出来ませんでしたが、現在まで多くの方に閲覧頂いている為、改稿が終わり次第完結までの展開を書き進めようと思っております。改稿完了している話は時間経過のマークが✿✿✿から***になっております。
(第1章の改稿が完了しました。2024/11/17)
(第2章の改稿が完了しました。2024/12/18)
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
氷の華を溶かしたら
こむぎダック
BL
ラリス王国。
男女問わず、子供を産む事ができる世界。
前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる