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第3章 お友達編

【47】氷の狼

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あるところに真っ白な毛をもつ、大きな狼がいました。

その狼は古来より存在し、人々に“スウェルローズウルフ”と名付けられた神獣でした。

冬の澄んだ水面を思わせる水色の瞳と雪のような毛並み、そして神の力と言わせるほどの強力な氷魔法を操る事から、氷の狼とも呼ばれます。

大昔は十数匹の群れを作って暮らしていた彼らは、長い年月をかけて次第にその数を減らしていきました。

そんな狼の生き残りが、ある北の森に住んでいます。











その森は雪の降る時期が長く、まるで時が止まったように静かな場所です。

その中をサクサクと歩く獣が一匹。

雪に溶け込むような白さをしたその狼はくぁ、と大きな口を開けてあくびをします。

『あーあ、痩せた動物ばっかでつまんない。もーっと肉厚なお肉が食べたいなぁ。』

普通の人間には聞き取れない声で話す狼は、長い間一人で過ごしています。

今日もまた獲物を求めて、すでに庭のように歩き慣れた森を散策します。

『うーーん。場所移そうかなぁ。ここら辺も飽きてきたし。景色も真っ白ばっかでつまんないし。もっと南に行ってみるのもアリかなぁ。暑すぎるのは嫌だけどね~。』

と、独り言が多い狼はその四つの足を動かしながらあてもなく雪の積もった地面を進みます。

狼はもう一週間以上何も食べていません。

神獣であるからそう簡単に死ぬことはないとはいえ、長い時間生きていると娯楽が食に固定されてしまうと、昔誰かが言っていました。

そのため、今年の冬は少し長引きそうです。

神の力を受け継いで創造された神獣の機嫌は少なからず天に作用する力を持っているからです。

『もぉ~!!!!暇!!無理!!』

狼は無為に動かしていた足を止めてアウゥーー!と遠吠えをして気を紛らわしますが、その声は森にただ響くだけで何も返ってはきません。

いつもピチピチとうるさく噂話に花を咲かせている小鳥達も、どうやら戦争が起こるらしいという話が広まってからは一匹も見かけていません。

この真っ白な狼がこの森で暮らすようになって100年は経とうとしています。

その中で何度か戦争も目にしました。

そして、戦争で荒れた地が元通りになっていくのも。

それは人間にとっては長い年月ですが、狼にとっては一瞬のことです。

ただ、この狼は僅かな退屈さえ嫌い、その上少し寂しがり屋でした。

だから日々誰にも届かない言葉で森に話し続けます。

もしかしたら、特別な誰かに聞いてもらえるかもしれないからです。

『大体さぁ!神獣なら人間がもっとチヤホヤしても良いんじゃないの!?僕結構有名なんでしょ!?もっと国をあげて“神獣様~!”とか言うべきでしょ!まあ?道具みたいに力を使われるだけだから皇宮には行かないけどさ!!でもそろそろお肉食べた...ん?』

ピン、と狼の耳が真っ直ぐ立ち上がります。

遠くで声がしました。

人間の声です。

ここ数年変わり映えのない森の音に人の声が混ざった事に驚き、狼は一目散にその方向へ駆けて行きました。

その尻尾は隠しきれない興奮でゆらゆらと揺れていました。

狼はもう何年も人間に会っていません。

この森は人間には過酷すぎる環境だからです。

そして、人間は弱く、すぐに死んでしまうからです。

寂しがり屋の狼は、それが嫌だったのです。

喋る生き物が、喋らなくなるのはとても悲しかったから。

だから、人と喋りたいという思いを持ちながら無意識に人間を避けていました。




だから、狼は知りませんでした。





人間の寿命は短いが、

その命を継ぎ、

言葉を継ぎ、

知識を継ぎ、

それが何度も繰り返されることで、




とても大きな進歩を遂げている事を。









『居たぞ!!神獣だ!!!!捕えろ!!!』








男の怒号を聞いた時、狼は大昔に聞いた母の言葉を思い出しました。

人間は、一人一人は弱いが、集まると大きな力を発揮するのだと。

そして人間は、長い年月をかけて新しいものを生み出し続ける生き物だと。




故に、決して油断はするなと。









____ドンっっ!!!



「ギャゥッッ!!!!!!」




狼の後ろ足に激痛が走ります。







『...っよし!気絶したぞ!運べ!!こりゃあ高く売れるぜ!!!!』









震えて丸くなる狼の白い毛は、真っ赤に染まっていました。

それは地面の雪にも染み渡り、真っ赤な絨毯を作り上げます。


しかし狼は人間に連れていかれ、すぐに新しい雪が降り積もり、

森は再び元の静けさを取り戻しましたとさ。























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