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第2章 魔塔編

【40】会話

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ゆっくり目を開けると眩しい光に一瞬眩む。数回瞬きをしながらアステルを探すように周囲を見渡す。

「...アス、テル...?」

「目が覚めたか、イーゼル。良かった。」

聞き慣れた声に顔を上げると、父上が安心したように微笑んでいた。ここは家ではなく、魔塔なのになぜ父上が?

「父上...?なぜここに。」

「お前が倒れたと聞いたから飛んで来たんだ。」

《にいさま!?にいさまのこえがします!!》

「っアステル...?」

聞き慣れた幼い声がして、その方を向くと知らない男が持っている箱からアステルの声がしていた。

《にいさま!よかった!めがさめたんですね!っほんとに、よかったです...!》

どうやらこれは通信具のようだ。ユノ先生が完成させたものだろう。しかしそこから聞こえるアステルの声は震えている。泣いてしまったようだ。俺が、泣かせてしまったんだ。
通信具にそっと触れながら、アステルの声に耳を傾ける。

《ぼく、にいさまが、たっ、たおれたってきいて、とっても、しんぱいで...!》

「ああ、心配をかけて悪かった。俺は元気だ。」

《よっ、よかったぁぁぁ...!!》

俺の声を聞いてアステルの声は明るくなった。泣き笑いのアステルが脳裏に鮮明に浮かんできて、ここ数日無意識に詰めてた息が吐き出される。
それでも今この瞬間、抱きしめてその涙を拭ってやれない事がもどかしい。
しかしその反面、俺のために泣いてくれてるのかと思うと胸が締め付けられるほどの喜びを感じてしまう。

「よし。ではイーゼルはしばらくアステルと話してやってくれ。不安なまま家に置いてきてしまったからな。...魔塔主殿は、少し話がある。」

「分かった。」

「私も行きます。イーゼル様、この通信具は魔塔の魔力回路に繋げておきますので。」

「ああ、感謝する。」

そう言って渡された通信具をそっと受け取ると、父上を含めた3人は部屋を出て行った。目が覚めると父上がいたことには驚きだが、今はこちらの方が大切だ。

「アステルは、元気にしてたか?」

《はい!さいしょはとってもさびしかったけど、おかあさまがおてがみをかこうといってくれたんです!》

「ああ。前よりも字が上手くなっていたな。手紙も本当に嬉しかった。ありがとう。」

《ほんとうですか!ぼくも、にいさまのてがみとってもうれしかったです!!にいさまがかいてくれる、ぼくのなまえ、とってもきれいでだいすきです!》

「...そうか。」

アステルの“光”を久しぶりに浴びて、若干目が眩む。アステルの手紙を燃やしたシェラルクは何が何でも殺してやろうと思っていたが、朧げな記憶でそれはなぜか元に戻せたし、今もベッドの横の机に綺麗な形のまま置いてある。
ならば、まあ殺すほどでもないか。アステルに触れる手をわざわざ他人の血で汚す必要はない。

《えへへ...ほんとうにげんきそうでよかったです。あ!このつうしんぐ?は、ゆのせんせいがまとうにいけないぼくのために、つかわせてもらってるんです!》
《そうですね。ギリギリ完成したので。》

「先生は天才ですね。」

こんな遠方でもアステルの声を聞けるようにしてくれるなんて。本当に感謝しかない。どこかの1級とは大違いだ。

《大袈裟ですよ。...しかし、私の弟子が迷惑をかけたようで、それも貴方に魔法で攻撃までしたと聞きました。本当に...なんと、お詫びすればいいか...。》
《...こう、げき...?っ、に、にいさま、どこか、けがをしたんですか?!》

ユノ先生の言葉を聞いてすぐに俺を心配してくれるアステルのなんと可愛い事か。それだけで、たとえ俺の腕が一本飛んでいたとしても平気だと思える。アステルが泣くだろうからそんな道は選ばないが。

「怪我はしてない。大丈夫だ。」

《ちょっとも、ですか?》

「ああ。」

《...だれ、ですか。だれにやられたんですか。》

珍しく暗く沈むアステルの声。それが俺のために怒ってくれているのだと分かるから、どうしたって喜んでしまう。
アステルが俺を守ろうとしてくれているのは十分に伝わって、俺は口角が無意識に上がるのを止められなかった。
...でも、今はアステルの明るい声が聞きたかった。俺がこの世で1番好きな声だ。

「相手は魔塔の魔法師だが、俺は一切怪我をしていない。だから大丈夫だ。」

《にいさまは、ぼくをしんぱいさせないように、だいじょうぶっていいます。ぼくには、おみとおしですよ。》

「ふっ...ああ、そうだな。アステルには何でもお見通しだな。...でも、本当に大丈夫だ。本当に。」

《...........。》

「俺は、無傷だ。どこも痛くない。だから、どうかアステルの可愛い声を聞かせてくれ。」

《...かえってきたら、ぜったいかくにんしますからね。》

「アステルになら、いくらでも。」

愛する人に心配されるのは、何でこんなに心が浮き立つのだろうか。心配はかけたくないと思うのに、もっともっと心配してほしいと欲張ってしまう。
もっと、俺の事で頭をいっぱいにして欲しい。

当たり前のようにそう考えていると、今度はユノ先生の声がした。

《...私は未だに信じられないのです。いくらイーゼル様が優秀だとしても、相手は1級ですよ?》

「らしいですね。魔法自体は見えなかったのですが、とりあえず当たらないように避けたので大丈夫です。」

《それなら、不幸中の幸いですが...。必ず、私の方からも厳重注意をしておきます。魔塔主と話して、しかるべき罰も与えます。》

「怪我で言ったら向こうのほうが重症なので、俺はもうどうでもいいのですが...奴は先生に死ねと言われれば死にそうでしたね。」

俺の前で手紙を燃やした奴の目はまるで狂信者のそれだった。いったいどんな事をすればあそこまで盲信的になれるのか...いや、俺にとってのアステルだと考えれば分からなくもないが。
でも、俺ならアステルのそばに居るのに恥じない行動をするだろう。

《死にそうというか、恐らく死にます。それが良くないと思い距離を置いたのですが...こうして周りを危険に晒していては、単なる自分勝手でしたね。本当に申し訳ありません。》
《ぼくもにいさまいなくなったらかなしいけど、ひとをきずつけちゃめっ!です!》
《その通りです。アステル様は、あの子よりずっとよく物事を考えられています。》

「アステルとあいつを比べないでください。」

あんなのは図体がでかいだけのただの癇癪持ちの子供だ。
耐えられない負の感情を、なんの関係もない俺にぶつけるのだから、ただの癇癪持ちの子供より愚かだ。そんなものとアステルは比べるまでもない。
そもそも、この世界にアステルに敵う存在など居ないのだ。

《そうですね。私の教育も悪かったと、今更ですが反省しています。...イーゼル様。ディラード様は今どちらに?》

「魔塔主と、もう一人...恐らく補佐官と部屋を出て行きました。今頃シェラルクも呼ばれているでしょう。」

《では、その場に行ってもらえませんか?私から、弟子に話をします。》

「......。」

《アステル様と会話を続けたいのは重々承知ですが、どうかお願いします。後ほど時間を作りますので。》
《にいさま!きょうりょくしてくれた、ゆのせんせいのためです!ぼくからもおねがいします!でも、おきたばかりですから、むりしないでくださいね!》

「ああ。勿論だアステル。」

俺はアステルとの時間が何よりも大切だが、他ならないアステルの願いなら叶えるに決まっている。
俺のその思考が分かっている先生は《ありがとうございます、アステル様。》と言った。










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