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第2章 魔塔編

【39】助言

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イーゼルが倒れたという知らせの後、魔塔が送ってきた魔法師が転移魔法を使ったため、目的地にはすぐに着いた。
己も12歳の頃一度来た事があるが、やはりあまり好きな気配ではない魔塔へと足を踏み入れると、魔塔主の迎えがある。

初めて会った時からこの巨漢の老人姿の魔塔主の見た目は変わらない。
老人の見た目のまま不老という珍しい人間なのかもしれない。純粋な人間かどうかは知らないが。

「ご無沙汰しておるの、ディラード。」

「そうだな。で、イーゼルは。」

久しぶりに会った魔塔主との挨拶もそこそこに、すぐにイーゼルの元へと案内させる。息子が倒れたと知ってやってきた私の機嫌が良くない事を分かっていたらしい魔塔主と、すぐに転移魔法で救護室へと移動した。そこには魔塔主補佐官のディエゴが待機していた。
ディエゴがまるで執事の様に丁寧に礼をすると、一つ結びの長い紫髪が揺れる。

「お久しぶりです。ディラード様。」

「ああ。イーゼルを診てくれたようで感謝する、補佐官殿。」

「礼には及びません。魔塔の者が大変ご迷惑をおかけしました。」

ディエゴとは何かと会議で顔を合わせる事があるため、どんな人間かは大体分かっていた。従者のように腰が低く、かと思えば頭の回転が早く器用な奴だ。
そしてそのすぐ横のベッドには私の息子が眠っていた。

大股で近寄り、癖の様に首筋で脈を測り生きているか確認し、心臓が正常に動いているようで安心する。
しかし、イーゼルがこんなに人の気配がある中で目を覚さないなんていうのは異常なことだった。この子は私ですら寝ているところを見たことがないというのに。

「私が魔法で検査しましたが、身体に異常はありません。失った魔力と体力が回復すれば目を覚ますかと。」

「そうか。」

ディエゴの言葉に、イーゼルの首から手を引いて魔塔主に向き直る。

「では、当時の事を詳しく説明してもらおうか。...ああ、その前にこれを。」

「なんじゃそれは。」

「うちに居るユノから預かってきた通信具だ。2級以上の魔法師ならば発動できると聞いた。俺の可愛いもう一人の息子が心配しながら家で待っているんだ、今すぐ繋げてくれ。」

「私がやりましょう。」

そう言って私が懐から取り出した通信具をディエゴが受け取ると、その通信具を観察しながら何かぶつぶつ呟いている。するとさすが補佐官と言うべきか、見ただけで使い方が分かったようで、その蓋を開けて魔力を流し始める。

「流石ユノです。どこに居ても彼の実力には驚かされますね。」

そして、カタカタと歯車の回る音がしていた魔法具はカチッと音を鳴らし、部屋全体を照らし出す。
ディエゴは通信具へ、そっと口を寄せた。

「ディエゴです。聞こえますか?」

《____はい。ユノです。お久しぶりですディエゴさん。》

「お久しぶりです。」

「ユノ、アステルは?」

《はい、いらっしゃいますよ。...アステル様、ここに向かって話しかけてください。ディラード様の声が聞こえるはずです。》

しばらくして、幼い声が恐る恐るといった様子で聞こえてくる。

《...おとうさま?》

「ああ、アステル。」

《わ、ほんとうにきこえる...!ぁ、あの、にいさまは?だいじょうぶですか?》

どうやらアステルは私が家を出てからもずっと心配していたらしく、不安で声が微かに震えている。

「今は寝ているが、脈も正常で顔色も悪くない。大丈夫だ。...アステル、イーゼルに呼びかけてくれないか。お前の呼びかけならば、イーゼルは必ず目を覚ます。」

それはほぼ確信に近かった。
イーゼルが何よりも大切にするアステルの声を無視できるはずがない。

そんな私の言葉に、はい!と元気に返事をしたアステルの声をイーゼルにも届けるために、ディエゴが持っている通信具をベッドの側に寄せる。

「よし、いいぞ。アステル。」

《はい!...にいさま!ぼくは、ぇっと、あすてるは、とってもしんぱいしています!ほんとうは、あいにいきたかったけど...おうちでまっているので、はやくかえってきてください!ぁ、えっと、だいすきです!いーぜるにいさま!!あいたいです!!》



アステルの言葉が終わり、部屋がしんとした。

そして、一瞬の後、イーゼルの瞼が震える。




その場にいた全員がアステルの力に感心した瞬間だった。





















気づいた時には既に俺は立っていたため、ああ夢かと瞬時に理解する。しかし自分が夢を見るというと幼い頃の暗い思い出が常だったため、自分が現在の姿のままである事に違和感がある。

辺りはあの冷たい牢獄ではなく、どこか禍々しさが残る廃墟のような場所だった。石造りのそこは、かつて誰かの執務室であったのだろう、ボロボロの机と椅子や本が床に散乱している。

そして、俺の目の前には黒いモヤが人のような形をして漂っていた。


[ほォ。お前がイーゼルか。]


突然聞こえた低い男の声は、どこから聞こえているのか分からなかった。モヤそのものが、いやこの空間全体が音を発しているようだ。
全く得体の知れない相手。
しかし、そのモヤが自分に“近いもの”な気がして警戒しきれない。

それにしてもシェラルクといい魔塔主といい、魔塔に来てから出会う奴らは全員以前から俺を知っていたような態度で話かけてくるのはなんなんだ。自分から名乗りもせず、失礼だとは思わないのだろうか。

[ふん。まさかこんな中途半端な覚醒をするなんてな。まあ、お前にとってはそれが最良かもしれないが...運がいい。]

そいつは俺の鼻先まで近づいてくると、そんな事を言った。匂いも呼吸もそいつにはなかった。

「...............。」

[不満そうだな?]

「お前は何だ。」

[俺は...そうだなァ、とても昔に生きていた者だ。あとお前についても少し知っている。]

「俺に、ついて?」

[そうだ。その力についてな。]

「なぜ。」

[理由はない。ただそうであるというだけだ。]

そいつは感情のない声でそう言った。そして黙っている俺を見ると、『まあいい。こんな機会も滅多にないからな。何か質問でもしてみろ。サービスだ。』と言った。
どうやらこの空間では魔法が使えないようなので、おとなしくその言葉に従う。

「この力は...危険なのか。アステルを傷つけないか。」

[さぁな。力は使いようだ。お前の師もそう言っていただろう。]

「......そうか。」

[お前が自分を見失わなければ、きっと最悪にはならない。...あいつは、身に余るものを望んだが為に力に呑まれた。]

「...“あいつ”が誰だかは知らないが、俺が俺を見失う事はない。アステルがいる限り。」

[アステルか...お前の弟だったか?はっ、随分とお熱いこった。はお節介だな。その上過保護だ。...まあいい。時間が来たみたいだ。

______お前、呼ばれているぞ。その“アステル”とやらに。]





その言葉を聞き終わると同時に、意識が現実へと引き戻されていく。








《だいすきです!いーぜるにいさま!!》


沈んだ意識の中、突然その声だけがはっきり耳に届いた。


”...アステル...?“


アステルの声だ。

アステルが、俺を呼んでいる。
とても不安そうな声だ。
俺が行って安心させないと。
何があったのか聞いて、
その憂いの全てを俺が払ってやらないと。


兄の、俺が________。




























_______________________
感想たくさんありがとうございました!(主にシェラルクに向けて^^)
長文の感想に対し返信が短くなってしまって申し訳ないのですが、全てしっかり読ませていただいてます😌




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