孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第2章 魔塔編

【36】騒動

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⚠️痛い表現あり








瞬間、目の前の光景は真っ赤に染まり、破壊音と共に感情は形を成した。

俺は、怒りに染まる思考のまま自分から溢れた“何か”をそいつの首に叩きつける。



「っ...ぐ、」



シェラルクが苦しそうに喉元を抑えて壁に叩きつけられ、背中を打ちつけた石壁にヒビが入り、凹む。
ある程度は操作できるが、制御はできない“それ”は周囲の壁に断続的に破壊音を立てながらボコボコと穴を開けていく。


ビービーと鳴る警告音が鼓膜を揺らす。
段々と集まる人の気配が煩わしい。


「っ!?イーゼル様!なにを!」
「おい!すぐに魔塔主様に連絡を!!緊急事態だ!」
「イーゼル様!おやめください!!」







「うるさい。」






ぎゅうっと“それ”の濃度を上げて、反撃のために魔力を集めていたシェラルクの右手に巻きつける。

アステルの手紙を焼いたその手も、少し力を込めればまるで小枝を折るようにベキリと折れ曲がる。


「っがっ...ぁ゛あ゛っ...!!!」


苦痛な声が聞こえるが、そんなもので俺の気はおさまらなかった。

俺はきっと、こいつを殺すまで手を止める事はできない。
俺の数少ない大切なものを奪う奴はこの世界から消しておかなければ。いつか、その悪意がアステルに向くかもしれない。
俺の天使を傷つける可能性のある危険な芽は、事前に摘んでおくのが良い。

今の俺には、その力がある。


「...あの手紙はお前の命以上に価値のあるものだ。死んで償え。死ね。っ俺が、殺してやる!!!」


力を込めて反対の腕も同じように折る。


「っっっっ...!!!!!!」


その痛みはとうとう声にはならなかったようで、首を絞められて顔が真っ赤を通り越して紫色になってきたシェラルクの喉から喘鳴が聞こえる。

...ああ、もうすぐこいつは死ぬんだな、と他人事のように思った。

あとは俺がこの腹をひと突きしてやれば息が止まる。本当はアステルの手紙と同じように焼いてやりたいが、今俺が使える力はこの“魔力そのもの”だけだった。

しかしこれさえあればこいつを殺せる。あと一捻りだ。



人を殺すのはこんなにも簡単なのか。
まるで、気付かぬうちに虫を踏み殺す様に、なんの感慨もない。



「...っぁ、悪魔、め...!」



聞き飽きたような罵倒も、今は虫の鳴き声のようにしか聞こえなかった。
こいつの生命は今、俺に握られているのだから。そんな下等生物の言葉に耳を傾けてやるつもりはない。

そう思いながら“それ”で狙いを定めていると、自分の左に大きな気配が現れた。






「そこまでじゃ!」





その声は魔塔主だったが、特に気には留めない。

俺はこいつを殺さなければ、この内臓がちぎれそうな怒りは収まるはずもない。こいつは俺の大切なものを壊したのだ。それにさえ、手を出さなければ死ぬことはなかっただろうに。愚かな人間だ。己の罪を悔いながらさっさと死ねばいい。



そして最後にシェラルクの腹を貫こうと力を込めたその瞬間、

「っ?」

フッと体から力が抜けて膝をつく。

それと同時に自分の周りにあった“何か”は少し減っていた。
続けて手首に光る輪が取り付けられると、途端に頭がぼんやりしてくる。

どうやら魔塔主に何かされたようだった。おそらくだが魔力が奪われている。とうとう膝で体を支えることもできなくなり、ドサっと地面に倒れ伏す。シェラルクの咳き込みが聞こえる。

その先で、必死な顔をする魔塔主と目があった。


「っ...奪いきれんか。」

「早く救護!!ポーション持ってこい!」
「こっち!両腕負傷!上級ポーションじゃないと間に合わない!!」
「持ってきた!!」

煩わしい喧騒を聞き流しながら、感情の行き場を奪われた俺の頭にはある一つのことしか無かった。

「...アス、テル...。」

アステルに、会いたい。
アステルの言葉が欲しい。
会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。
抱きしめたい。

「イーゼル、動くな!」

「.....、る、さい。」

力が抜けて立てない足で地面を這いながら、なんとか地面に落ちている灰に手を伸ばす。







それは、アステルの手紙だったもの。
アステルの想いが詰まっていたもの。
俺の、宝物。












...いや、今もそれはアステルからの手紙だ。
俺に送られた、アステルの一部だ。






















夜に突然魔塔の魔法師から緊急事態だと連絡があったため、長引く学会を後にしてすぐに魔塔へと向かった。
強い魔力反応のある場所へ行くとそこでは、首を絞められながら壁に貼り付けられているシェラルクとその前に暗い顔で佇むイーゼルが居た。

イーゼルは魔力そのものを操ってシェラルクの首を絞め、今まさに魔力を刃にしてその腹を貫こうとしていた。そしてその瞳はまるで彼の感情をそのまま宿したように赤く、ぼんやりと光っていた。彼が制御不能な激情に支配されているのは明らかだった。

あれほど規格外の濃度の魔力に、結界はもう意味を成さない。
それを止める術はもはや、イーゼルの魔力を奪うしか無かった。


「そこまでじゃ!」


すぐに魔法を展開してイーゼルから全力で魔力を奪う。
普通、未覚醒の子供には使わないが、イーゼルはおそらく既に覚醒してしまっている。それにこれ以上暴走すると、身体を滅ぼしてしまう可能性がある。
しかし、わしが全力で魔力を奪ったにも関わらず、イーゼルは膝をつくだけだった。
意識もまだ保っている。



...信じられない。



これ以上暴れさせないために魔力の流れを封じる拘束具をするが、それでもイーゼルは意識を保ち、ズルズルと這いながらある場所へ向かっていた。
動くなという忠告に耳を貸さないイーゼルの目の先には、黒い何かがあった。
あれは...灰...?

そしてイーゼルが悲痛な声で何かを呟いた途端、腕の拘束具は弾け飛び、再び高濃度の魔力が溢れ出す。



どうやら彼の魔力は本当に底がないらしかった。




イーゼルは、先程とは打って変わって穏やかな顔で灰にそっと手を添えた。
まるで瀕死の動物を相手にするような手つきで触れたそこに、周囲に溢れていた魔力が強風を起こしながら吸い込まれていく。




......っこの、気配は。




「イーゼル!!」




イーゼルは集めた魔力をグッと手元に込めた後、ゆっくり手を離した。




退けられた手の下、そこには皺一つない綺麗な手紙が置かれていた。





「これ、は...。」





驚きで思わず声が漏れた。
それと同時に手紙を持ったイーゼルは「アステル...。」と安心した顔で呟いたあと、床に倒れ込み、そのまま動く事は無かった。









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