上 下
32 / 74
第2章 魔塔編

【30】手紙

しおりを挟む








「じゃあ、アステル、何を書こうかしら。」

「んとね、さびしいよっていって、あの、にいさまはげんきですか?っていって、あ!えっと、いちばんは、だいすきっていいます!」

「ふふっ、そうね。分かったわ。じゃあ早速書きましょうか。」

母が見本を書いてくれたのを頑張って書き写す。「イーゼル兄様 大好きです」は前にも書いたからしっかり覚えていた。
そして、初めて自分の名前を書いて、兄様の美しい髪と同じ色の封筒に入れて、兄様の目と同じ色の蝋を垂らす。

「できました!」

「まぁ!よくできてるわね。」

「...にいさま、よろこんでくれるかなぁ。」

「大丈夫よ。絶対に喜んでくれるわ。じゃあすぐに出して、返事を待ちましょうか。」

「はい!」


そして2日後、早速兄様からの返事が来た。母は「早かったわねぇ。」とくすくす笑っていた。
兄様から届いた手紙は、出したものと同じように今度は僕の髪色と目の色に合わせてあって嬉しかった。

早速開けて、母に読んでもらう。

「ええと...アステルへ。手紙ありがとう。とても嬉しい。俺もアステルに会えなくて寂しいが、元気だ。早く会いたい。アステル、愛してる。兄のイーゼルより。...まぁ、ディラード様より熱烈だわ。」

「っ!!わぁ~!みせてください!にいさまがかいたぼくのなまえ、みたいです!ぼくもよみたいです!」 

「ええ。じゃあ読み方を教えるわね。」

「はい!」

そして、兄様の手紙で字の勉強をした。
まだ全部の文字は覚えられないけど、最後の一言は完璧に覚えられた。

「はやくへんじ、かきたいです!」

「あら、アステル、大好きな人への手紙は少し間を空けるものよ?」

「えぇ!どうしてですか?」

「だって手紙を待ってる間、相手は自分の事で頭がいっぱいになってくれるでしょう?」

そう言って母はお茶目に笑った。
恐るべし!父のハートを鷲掴みにした母の駆け引きテクニック...!

「その間に書きたい事を決めましょう。いろいろな事をして、今何をやっているかを手紙で伝えたらいいんじゃないかしら。...いい?アステル。大事なのはその思い出の一部になりたいと相手に思わせることよ。」

ふふふと笑う母は、魔性の女性でした。
もしかしたら父は落ちるべくして母と恋に落ちたのかもしれません。

















「あ!ゆのせんせぇ!」

「おや、アステル様。ご無沙汰しております。お散歩ですか?」

「はい!」

その日僕は手紙に書く事を見つけるために久しぶりに家の庭園にお散歩に出ていた。兄様からの手紙を毎晩読み返している僕は、機嫌をすっかり直して元気いっぱいだ。

ふんふふーんと、鼻歌を歌いながら庭園を歩いていると、見たことのある髪色の男性を見つけて声をかける。
それは、兄様の魔法の先生だったユノ先生だった。
僕の呼びかけに、目線を合わせながら返事をしてくれたユノ先生は今日もふわふわのお布団みたいに優しく微笑んでいる。あと兄様の作るお菓子のように甘い匂いがする。

「では、私がご一緒しても?」

「いいんですか!」

「勿論です。」

なんと、先生と一緒にお散歩できるとは思わなくて驚きながらも喜んで快諾する。兄様に目新しいことを伝えたかったから、いい機会ができた。

ユノ先生と手を繋いでくれてゆっくりと庭園を見て回る。

「えっとね、むこうにふんすいがあって、そのさきにおはなのやねがあるんです!」

「へぇ、皆綺麗に咲いていますね。」

「にわしの、るーどさんっておじいさんが、いっぱいきれいにしてくれてます!」

「たしかに。ゼルビュート家の庭は他国にも噂が広まるほど有名ですからね。庭師がとっても優秀な方なのでしょう。」

「はい!...あ!ゆのせんせい!あのおはな!あのおはな、ぼくがいちばんすきなおはなです!」

「へぇ...プリカですか。可愛らしい花ですね。そういえば、よく見るとこの庭園は至る所にプリカの花が咲いていますね。アステル様がとってもお好きなのがわかります。」

「はい!にいさまとおなじいろなんです!」

兄様の話題を出せたのが嬉しくて、にこー!っと笑いながら手を繋ぐユノ先生を見上げる。

「ええ、そうですねぇ。とっても美しいです。」

そういって笑うユノ先生を見ているとふと、遠い記憶の感覚を思い出す。

“先生”と話すって、こんな感じだっけ。

「..............。」

「...アステル様?どうかなさいましたか?」

「...せんせーは、せんせーじゃない、みたいです。」

「おや...。アステル様にとって、先生とはどのような人なのですか?」

「えっと...。」

僕の知ってる“先生”と言ったら、小学校、そして中学校と高校の先生だ。しかしそれをそのまま伝えても意味がわからないだろうから、抽象的に“先生”そのもののイメージを考えてみる。

「せんせい、は...やさしいし、とってもあたまがいいけど...ぜんぶしごとで...。おやよりちかくにいるけれど、たにん、だった。」

先生という存在は、一時期は親よりも身近な“大人”だった。でも、親ではないし、結局相手は仕事だから優しいだけなのだ。きっと、本当の親のように僕を一番に考えてくれるわけではないし...親さえ、僕を一番には考えてくれなかった。

...きっと僕は、誰かの中で一番になりたかった。
誰の一番にもなれない事が、不安で怖かった。本当の親さえいれば、そんな思いもしないで済んだのかもしれないと、何度も思った。

結局、僕は誰の一番にもなれなかったけど。

「...誰かが、アステル様にそのように接したのですか?」

「んーん。ぼくが、そうおもうだけです。」

「そうですか...。」

急に元気が萎んだ僕をユノ先生が心配しているのが何となく分かってしまい、申し訳なくて取り敢えず顔を笑顔に戻す。ユノ先生は一瞬痛ましいものを見るような目をしたけれど、僕の笑顔を見るとふぅ、と息をついてまた歩く先に視線を戻した。

「でも、ゆのせんせいは、こころからやさしいひとです。きっと、ゆのせんせいは、じぶんとはかんけいないひとにも、やさしくしてしまう。...そんなひと、です。」

人って本当は優しくしたい人にだけ優しくすればいいんじゃないかと思うし、実際そんな人ばかりだ。
でもユノ先生は、ただの教え子の弟である僕にもとっても親身になってくれる。言葉や表情、仕草からそれが伝わってくる。それがこの場限りではない事も分かる。
だから僕もこうしてすっかり気を許して甘えてしまうんだ。

「...アステル様は、不思議な人ですね。」

「ぼくが?」

「はい。...損な人、とは私も師匠からずっと言われてきました。だから久しぶりに言われてドキッとしてしまいましたよ。」

くすり、と口元に手を当ててユノ先生は上品に笑った。

「ししょう?せんせいの、ししょうですか?」

「はい。とても賢くて、すごく野蛮な人でした。」

「やばん...!」

「あ。アステル様にこんな言葉を教えてしまったら私は怒られてしまいます。忘れてください。ね?」

「ん~~!...はい!わすれました!!」

「ふふっ、ありがとうございます。」

ユノ先生の笑顔を見てると心がぽかぽかする。ユノ先生は損な人だけど、こんな優しい人が損をしてほしくはないなと思った。
させちゃいけないなと思った。


























しおりを挟む
感想 83

あなたにおすすめの小説

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

悪役に好かれていますがどうやって逃げれますか!?

菟圃(うさぎはたけ)
BL
「ネヴィ、どうして私から逃げるのですか?」 冷ややかながらも、熱がこもった瞳で僕を見つめる物語最大の悪役。 それに詰められる子悪党令息の僕。 なんでこんなことになったの!? ーーーーーーーーーーー 前世で読んでいた恋愛小説【貴女の手を取るのは?】に登場していた子悪党令息ネヴィレント・ツェーリアに転生した僕。 子悪党令息なのに断罪は家での軟禁程度から死刑まで幅広い罰を受けるキャラに転生してしまった。 平凡な人生を生きるために奮闘した結果、あり得ない展開になっていき…

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです

魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。 ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。 そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。 このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。 前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。 ※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)

スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!! 入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。 死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。 そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。 「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」 「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」 チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。 「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。 6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。

処理中です...