孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

文字の大きさ
上 下
24 / 74
第1章 家族編

【22】その後

しおりを挟む










最近の兄様は何かが吹っ切れたように明るい顔をする事が増えた。
兄様が嬉しそうだと、僕も嬉しかった。













「...あの、ディラード様、フェルアーノ様。」

「ああどうしたイーゼル。ん?アステルも居るのか。」

兄様の言葉に、父が手元で書き込んでいる書類から目線を上げる。母も本棚に本をしまう手を止めてこちらを見た。
今日は、イーゼル兄様にとある頼み事をされ、手を引かれて執務室までやって来た。
とても緊張している様子の兄様に頑張れ!と視線で応援を送る。
そんな僕をチラリと見た兄様は父と母を正面から見つめ直して慎重に息を吸うと、こう言った。



「...これからは、父上と母上と、お呼びしても良いでしょうか。」




____バキッ!
____バサバサバサッ!



...............。




昼のあたたかな日差しが差し込む執務室に、静寂が訪れる。
ちなみにさっきの音は、父がペンを片手でへし折って、母が持っていた本を床に落とした音である。
二人はこちらを見る目をカッと開いて固まっていた。


「...差し出がましいお願いなのは「いいに決まっているだろう!!」...うっ。」


ガタン!と大きな音を立てて席を立ち、ダダっと駆け寄った父が兄様の言葉を遮って抱きしめる。逞しい父の腕にギチギチに抱きしめられている兄様は若干苦しそうだ。

「っ、勿論よ。イーゼル。たくさん呼んでちょうだい。」

続けて母も抱きしめる。

「いーぜるにいさま!」

僕もついでに足にしがみつく。
家族でぎゅうぎゅう抱きしめ合う謎の時間が生まれた。
そんな中先に動き出したのは父だった。

「今日を記念日にしよう!」

「えっ。」

「そうね。今日の食事は特別豪華にして、あとは、家族の肖像画も描いてもらいましょう!」

「ああ!広間に大きく飾ろう!公爵家を訪れる全員が見れるように!」

「いや、あの...。」

「ぼくも!にいさまかきます!」

「それは欲しい。」

なんやかんやあって、今日の夕飯は豪華になったし、兄様はずっと恥ずかしそうだった。
照れると耳が赤くなる兄様可愛すぎる。








そういえば、も僕が「お父さん」「お母さん」と呼んだら泣きながら抱きしめてくれたっけ。
その感動も、“実の子”の「ぱぱ」「まま」にかき消されてしまったけど、確かに僕の言葉で泣いてくれたあの瞬間には愛があったのかもしれない。


今となってはどっちでも良い事だけど。

















「イーゼル、その手袋はもう取っていいんじゃないか?」

豪華な夕食に囲まれる中、父がそう言った。その視線の先には兄様の手がある。

兄様がしている黒の革手袋は、見慣れてしまってもはや兄様の一部となっているがそういえばそもそもどうして付けてるんだろう...?
潔癖なのかなぁ、とかサポーター的なやつかなぁ、とか思っていたが兄様の表情を見る感じそうでは無いようだ。

「少なくともこの家には、お前を怖がる奴は居ない。」

はっきりした父の声。

...ふむふむ、分かったぞ。どこかの悪くて悪くてすごく悪い奴が兄様に呪いだうんぬんと酷い事を言ったんだ。もしかしたらこの前のおじさんかもしれない。その言葉に繊細な兄様は傷つけられて、今も手袋をしている、と。

「にいさまは、こわくないです!」

むんっ!と怒りながら僕も父に同意する。
こんな綺麗な兄様に呪われるなんて言う奴がいたら僕が追い払ってやるんだから。

「そうね。無理にとは言わないけれど、家の中でくらい気楽に過ごして欲しいわ。」

続いて母の賛同も得る。
それでも、「...迷惑は、かけたくないので。」と兄様は言う。
呪いという出鱈目をまだ否定しきれていないのかもしれない。それだけ、幼い兄様は大人の言葉に酷く傷ついたと言うことだ。

だとしたら、兄様の憂いは全部僕が払う!

兄様の腕をグイグイと引っ張る。
「アステル...?」と困惑しながらも僕にされるがままになる兄様の腕をがっしり掴んで、革手袋をすぽん!と抜き取る。
そして現れたこれまた骨ばって男らしいのに白くて美しい手を僕の手でギュッと握る。ビクッと揺れる綺麗な手。

「のろいなんてうそです。ぼくは、ぜったいだいじょうぶです。」

そう言って兄様を見つめるが、その顔はまだ怯えていた。

「アステル...離してくれ。万が一のことがあるから...。」

「離して」なんて拒絶を兄様に言われたことがない僕はショックを受け、加えて兄様にそんな事を言わせる、兄様を傷つけてきた数多の人間に腹が立った。

「だいじょうぶだもん!!」

何を思ったか、そのむしゃくしゃした感情に任せて、僕は、



兄様の手にかぶりついた。
正確に言うと右手の小指の先に齧り付いた。
もちろん甘噛みですよ。



「「「っ!?」」」

その場にいた全員が驚愕した。
僕も頭の隅で驚いていた。まさか自分がこんな行動に出るとは思っていなかったからだ。しかし、子供の衝動は理性じゃどうしようもないらしい。

「ほぁ!ぁいひょう、う、ぇふ!(ほら!大丈夫です)!」

そのまま喋り始めた上に、なにが大丈夫なのか分からない僕の言動に父も母も困惑していたけど、兄様は微動だにしなかった。
また放心して固まってしまったのか...?と、兄様の顔を見てみると、



「.............。」



...真っ赤だった。
稀に恥ずかしがる時は耳が赤くなるだけの兄様が全顔まっかっかだった。



「......ごめんなしゃい。」


その様子になぜかとても申し訳なくなり、我に返った僕は謝りながらそっと口を離す。
噛んでしまった兄様の指を拭こうと布巾に手を伸ばすが、そっと兄様に静止される。

「...?」

何も喋らない兄様。若干俯いているせいで表情も分からない。何の反応もない。
さらに気まずくなってしまった雰囲気にコレどうしよう...と思っていると、自分の手をじっと見つめた兄様は突然口を開いた。

「一生洗わない。」

「正気になれ。」

間髪入れずに父が止める。



それから右手に保存魔法をかけようとする兄様を父が止めて、僕も頑張って兄様にしがみつきながら止めて、しまいには「いつでもかみますから!」と訳のわからない宣言をしたところで母が兄様の手を濡れタオルでそっと拭いて終止符となった。

あの時の兄様の絶望顔は忘れられない。








...いやなんで?
もっと絶望するとこあったのでは?





ちなみに兄様はそれ以降家の中や、僕と外出する時には手袋を外すようになった。
めでたしめでたし。










「アステル。ほら、噛んでいいんだぞ。」
「あ!ぼく、ちょっとようじが!!」























第1章 END






__________________
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!感想や❤️、🔖や📣など色々反応をくださりとても嬉しいです!

おかげさまでやる気が溢れて続きが出せそうなので、第2章は近いうちに...!








おまけのイーゼル↓


次もまた読んでください🥰
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...