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第1章 家族編
【22】その後
しおりを挟む最近の兄様は何かが吹っ切れたように明るい顔をする事が増えた。
兄様が嬉しそうだと、僕も嬉しかった。
「...あの、ディラード様、フェルアーノ様。」
「ああどうしたイーゼル。ん?アステルも居るのか。」
兄様の言葉に、父が手元で書き込んでいる書類から目線を上げる。母も本棚に本をしまう手を止めてこちらを見た。
今日は、イーゼル兄様にとある頼み事をされ、手を引かれて執務室までやって来た。
とても緊張している様子の兄様に頑張れ!と視線で応援を送る。
そんな僕をチラリと見た兄様は父と母を正面から見つめ直して慎重に息を吸うと、こう言った。
「...これからは、父上と母上と、お呼びしても良いでしょうか。」
____バキッ!
____バサバサバサッ!
...............。
昼のあたたかな日差しが差し込む執務室に、静寂が訪れる。
ちなみにさっきの音は、父がペンを片手でへし折って、母が持っていた本を床に落とした音である。
二人はこちらを見る目をカッと開いて固まっていた。
「...差し出がましいお願いなのは「いいに決まっているだろう!!」...うっ。」
ガタン!と大きな音を立てて席を立ち、ダダっと駆け寄った父が兄様の言葉を遮って抱きしめる。逞しい父の腕にギチギチに抱きしめられている兄様は若干苦しそうだ。
「っ、勿論よ。イーゼル。たくさん呼んでちょうだい。」
続けて母も抱きしめる。
「いーぜるにいさま!」
僕もついでに足にしがみつく。
家族でぎゅうぎゅう抱きしめ合う謎の時間が生まれた。
そんな中先に動き出したのは父だった。
「今日を記念日にしよう!」
「えっ。」
「そうね。今日の食事は特別豪華にして、あとは、家族の肖像画も描いてもらいましょう!」
「ああ!広間に大きく飾ろう!公爵家を訪れる全員が見れるように!」
「いや、あの...。」
「ぼくも!にいさまかきます!」
「それは欲しい。」
なんやかんやあって、今日の夕飯は豪華になったし、兄様はずっと恥ずかしそうだった。
照れると耳が赤くなる兄様可愛すぎる。
そういえば、あの時も僕が「お父さん」「お母さん」と呼んだら泣きながら抱きしめてくれたっけ。
その感動も、“実の子”の「ぱぱ」「まま」にかき消されてしまったけど、確かに僕の言葉で泣いてくれたあの瞬間には愛があったのかもしれない。
今となってはどっちでも良い事だけど。
▼
「イーゼル、その手袋はもう取っていいんじゃないか?」
豪華な夕食に囲まれる中、父がそう言った。その視線の先には兄様の手がある。
兄様がしている黒の革手袋は、見慣れてしまってもはや兄様の一部となっているがそういえばそもそもどうして付けてるんだろう...?
潔癖なのかなぁ、とかサポーター的なやつかなぁ、とか思っていたが兄様の表情を見る感じそうでは無いようだ。
「少なくともこの家には、お前を怖がる奴は居ない。」
はっきりした父の声。
...ふむふむ、分かったぞ。どこかの悪くて悪くてすごく悪い奴が兄様に呪いだうんぬんと酷い事を言ったんだ。もしかしたらこの前のおじさんかもしれない。その言葉に繊細な兄様は傷つけられて、今も手袋をしている、と。
「にいさまは、こわくないです!」
むんっ!と怒りながら僕も父に同意する。
こんな綺麗な兄様に呪われるなんて言う奴がいたら僕が追い払ってやるんだから。
「そうね。無理にとは言わないけれど、家の中でくらい気楽に過ごして欲しいわ。」
続いて母の賛同も得る。
それでも、「...迷惑は、かけたくないので。」と兄様は言う。
呪いという出鱈目をまだ否定しきれていないのかもしれない。それだけ、幼い兄様は大人の言葉に酷く傷ついたと言うことだ。
だとしたら、兄様の憂いは全部僕が払う!
兄様の腕をグイグイと引っ張る。
「アステル...?」と困惑しながらも僕にされるがままになる兄様の腕をがっしり掴んで、革手袋をすぽん!と抜き取る。
そして現れたこれまた骨ばって男らしいのに白くて美しい手を僕の手でギュッと握る。ビクッと揺れる綺麗な手。
「のろいなんてうそです。ぼくは、ぜったいだいじょうぶです。」
そう言って兄様を見つめるが、その顔はまだ怯えていた。
「アステル...離してくれ。万が一のことがあるから...。」
「離して」なんて拒絶を兄様に言われたことがない僕はショックを受け、加えて兄様にそんな事を言わせる、兄様を傷つけてきた数多の人間に腹が立った。
「だいじょうぶだもん!!」
何を思ったか、そのむしゃくしゃした感情に任せて、僕は、
兄様の手にかぶりついた。
正確に言うと右手の小指の先に齧り付いた。
もちろん甘噛みですよ。
「「「っ!?」」」
その場にいた全員が驚愕した。
僕も頭の隅で驚いていた。まさか自分がこんな行動に出るとは思っていなかったからだ。しかし、子供の衝動は理性じゃどうしようもないらしい。
「ほぁ!ぁいひょう、う、ぇふ!(ほら!大丈夫です)!」
そのまま喋り始めた上に、なにが大丈夫なのか分からない僕の言動に父も母も困惑していたけど、兄様は微動だにしなかった。
また放心して固まってしまったのか...?と、兄様の顔を見てみると、
「.............。」
...真っ赤だった。
稀に恥ずかしがる時は耳が赤くなるだけの兄様が全顔まっかっかだった。
「......ごめんなしゃい。」
その様子になぜかとても申し訳なくなり、我に返った僕は謝りながらそっと口を離す。
噛んでしまった兄様の指を拭こうと布巾に手を伸ばすが、そっと兄様に静止される。
「...?」
何も喋らない兄様。若干俯いているせいで表情も分からない。何の反応もない。
さらに気まずくなってしまった雰囲気にコレどうしよう...と思っていると、自分の手をじっと見つめた兄様は突然口を開いた。
「一生洗わない。」
「正気になれ。」
間髪入れずに父が止める。
それから右手に保存魔法をかけようとする兄様を父が止めて、僕も頑張って兄様にしがみつきながら止めて、しまいには「いつでもかみますから!」と訳のわからない宣言をしたところで母が兄様の手を濡れタオルでそっと拭いて終止符となった。
あの時の兄様の絶望顔は忘れられない。
...いやなんで?
もっと絶望するとこあったのでは?
ちなみに兄様はそれ以降家の中や、僕と外出する時には手袋を外すようになった。
めでたしめでたし。
「アステル。ほら、噛んでいいんだぞ。」
「あ!ぼく、ちょっとようじが!!」
第1章 END
__________________
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!感想や❤️、🔖や📣など色々反応をくださりとても嬉しいです!
おかげさまでやる気が溢れて続きが出せそうなので、第2章は近いうちに...!
おまけのイーゼル↓
次もまた読んでください🥰
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