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第1章 家族編
【21】近づく
しおりを挟む高熱で倒れた僕は三日間も寝込んだ。
身体中が熱くて怠かったけど、その三日間は最近外出の多かった兄様がずっとそばにいてくれたから万々歳だ。
そして無事に回復すると、またいつかのように事情聴取が始まった。
ベッドの上で兄様の膝に乗って上機嫌な僕はすっかり何があったのか忘れていた。だって起きたら兄様の顔はなんだか晴れやかだったから、僕もなんだか嬉しくてついニコニコしちゃうんだ。
きっと父と母が全部解決してくれたんだ。
...ん?解決?解決って何をだっけ?
「アステル、なんで私の執務室の前にいたんだ?」
「...んぅ?」
父の言葉に首を傾げる。
執務室...?執務室........。
「あ!」
そうだ!父の執務室から嫌な事が聞こえてきて、いつの間にか倒れていたんだった!
「んと、んとね、あの、ぼく、おとーさまに、そうだん、あったんです!そうだんっていうのは、えっと、えっと、にいさまがね、」
「分かった。ちゃんと聞くからゆっくりでいい。というかやはりイーゼルの事なのか。」
と、僕を落ち着かせてしょんぼりする父に首を傾げる。
それは当たり前だ。僕は兄様が大好きだから、兄様のことに決まってる。
そう考えていると、お腹に回っていた兄様の腕がギュッと閉まる。
「にいさま?」
「...アステル...好きだ。」
「はい!ぼくもすきです!」
何故か突然告白されるが、答えは決まっているので反射のように笑顔ですぐに返す。
すると兄様の顔が僕の首に埋まった。何事だ。
「...絶対に離さないからな。死ぬまで一緒だ。」
「はい!」
その言葉に何故か複雑な顔をしている両親は置いといて、近くなった兄様の顔に擦り寄る。すると、いつもの赤い目が瞳孔の開いた状態で僕を見つめていた。僕はその目をニコニコと見つめ返す。兄様の目はいつ見ても美しい。大好きだ。
そうして、僕達が何を言うでもなくじぃっと見つめ合っていると、父が咳払いをして話を再開させる。
「それで、アステルは何を相談したかったんだ?」
「あ!そうです!えっと、さいきん、にいさまが、かえってくると、げんきがないです!だからぼくがまもる!です!」
元気よく宣言すると、首元から「...もう、食べてやろうか」と聞こえる。
え?兄様お腹空いてるの?
「...ふむ。イーゼル、皇宮で何かあったのか?」
「原因の9割はアステルと離れている事で、残りの1割が外野の視線と噂話です。...まあ今となっては10割がアステルと離される事が原因ですので、もう大丈夫です。」
そう言うことか!兄様はとてもかっこいいから周りの人に妬まれてしまうのだろう。それをコソコソと話されればいい気はしないはずだ。
「わるぐち、め!」
「大丈夫だ。もう俺にはアステルの言葉しか聞こえない。他人の言葉は全部動物の鳴き声と同じだ。」
「どうぶつ...?わんわん?」
「全くそんなに可愛くはないが、もう一度言ってくれ。」
「わんわん!にゃんにゃん!ぴよぴよ~。」
「あぁ、最高だ...。」
ギュウウ、という締め付けの後スゥゥーと首元が吸われる。やっぱりお兄様はお腹が空いているのかもしれない。だんだん息が荒くなっている。
はぁーと父が長いため息をこぼす。なにか諦めたような様子だ。
「...じゃあ、もう解決したのか?」
「はい。もう皇宮に用事はないので「ちがう!!まだ!!」...アステル?」
そうだ、大事な事が残っていた。
あの執務室のドアの前で聞いた声。その言葉。
僕の兄様を蔑んだあの男を、僕は許さない。
「おじさん!!にいさまの、わるぐちいった!!めっ!!!」
「ああ、やっぱり聞いてたのか...。」
「あのひと、にいさまのこと、のろわれたあかいめ、っていった!!にいさまの、めは、とってもきれいなのに!!...っわるいこと、いった!!まちがいなの!!っあしゅ、きらい!!あのひときりゃい!!や!!!」
どうにか怒りを表そうとジタバタ暴れるが兄様の腕に捕らわれているせいで大きく動く事ができなかった。
そして、いつかの日のように代わりに感情が涙となって溢れてくる。
でも前と違って今は言葉にできる。
兄様は、僕が守るよって。
「~っ、おうちは、けっかいであんぜんって、いった!わるものは、はいれないの!!」
「ああ、そうだな。悪いやつだ。だからもう二度と家には入れない。約束だ。」
僕と目線を合わせてくれた父が頼もしく微笑む。
「...ぜったい?」
「ああ、絶対だ。」
「...なら、いいです。」
もし次家に入って来たら一発殴ってやるんだ。キックもしてやる。ボールも投げてやる。
そう考えながら、お腹にある兄様の腕をギュッと掴む。
「にいさま!もうだいじょうぶでしゅ!!...にいさま?」
なぜか兄様から一切の反応が無くて、もしかしたらとっても傷ついているのかもしれないと不安になって声をかける。
何かを察しているらしい母はあらあら、と笑い、父はあー...と気まずそうに声を出した。
「イーゼルは許容量を超えた幸せで放心しているんだ。」
「んぅ...?」
よく分からないが、僕はいっぱいいっぱいになると泣いてしまうのが、兄様はいっぱいいっぱいになると動きが止まってしまうという事だろうか。
「じゃあ私は仕事に戻るからな。アステル、イーゼルを任せたぞ。」
「はい!」
父と母は逃げるように部屋を出て行ったけれど、固まってしまった兄様にできる事は特に無く、温かい膝の上で色々暴れて疲れた僕は寝ることにした。
ふぅ、一件落着。
今回も僕が大活躍して兄様を守ったな。
目が覚めたら兄様にいっぱい褒めてもらおう。
▼
腕の中で、心地いい寝息が聞こえる。
愛しい愛しい俺の天使。
『お前が呪い殺したんだろう!?気味の悪い目をしやがって!!悪魔に取り憑かれているに違いない!親殺しの罪を償え!!』
父と母が死んだあと、訳もわからず連れて行かれた狭い部屋でそう言われた。俺の実の父と母は馬車の事故で死んだらしいが、それが俺の赤い目による呪いだという。
まったくおかしな話だ。
...本当にこの目で人が呪えるというなら、もっと早く殺していただろうに。
腐った飯を持ってくる男も、
俺を殴りにくる男も、
両親も。
それでも俺が赤い目をしている事も、それが魔物と同じ色だという事も紛れもない事実であり、『赤い目の呪い』という言葉は幼い自分に確かに刻み込まれた。
だから、こんな俺に優しくしてくれる公爵夫妻には怖くて近づけなかった。
____こんなに優しい人達を、呪ってしまったらどうしよう。
そう考えると、頭の中で死んだはずの両親が俺への恨み言を繰り返す。
『お前のせいで死んだ。』『お前が殺した。』『お前が死ねばよかった。』『償え。』『穢れた子。』『死んで、償え。』
その声が邪魔をして眠りは浅くなる一方だった。
そんな日々の中、天から舞い降りるように二人の間に生まれた、アステル。
帝国の聖女と謳われるフェルアーノ様に似た、息を呑むほど愛らしいその赤ん坊に、俺なんかが触れて良いわけがなかった。
こんな、汚れた手で。
だから徹底的に避けていたのに、アステルは自ら俺に近づいて、絶え間なく笑顔を向けて、繰り返し繰り返し絶えることなく肯定し続けてくれる。
その温かさに次第に絆されてしまったのは、俺の弱さだろう。
きっともう限界だったのだ。
生まれた瞬間から訳のわからない罪を背負わされた後も、優しい人を信じられずに苦しむ人生。そしてそれが一生続くかもしれない絶望に、体も心も耐えきれなかった。
そんな時に俺の心をこじ開けて真っ暗な世界を照らしてくれたのが、アステルだった。
アステルが、救ってくれた。
アステルが、俺の世界になってくれた。
俺のために笑い。
俺のために泣き。
俺のために怒って、
俺を必要としてくれる。
真っ暗で孤独な世界で、そんな眩しい存在を突然与えられたら離してやれるわけがない。
____たとえ呪ってしまうとしても、もうアステル無しでは生きていけない。
「アステル。」
俺は一生アステルのものだから、
アステルのためだけに生きるから、
どうかお前も、俺のそばに_______。
考えていた事は、アステルの寝息と共に心地よい夢に溶けていった。
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