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第1章 家族編

【20】来客と言葉

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その日も兄様は出かけてしまった。
勿論「なんで!!」と駄々をこねはしたが、兄様が困った顔をすると僕は引き下がるしか無かった。

しかし、最近気づいたのだが、兄様は皇宮から帰ってくるとなんだか元気がない。
最初は「アステルと会えなくて寂しかったんだ。」と言う兄様の言葉を信じていたが、それだけではない気がする。

...きっと、皇宮で嫌なことがあったんだ。そうに違いない。僕の兄様レーダー(兄様に関する全てを察知する。精度は上々)がそう言っている。

「(許さない!僕が兄様を守りに行かなきゃ!)」

前に皇宮で縮み上がっていたことなど棚に上げてそう意気込んだ僕は、まず父に相談しようと執務部屋の前までやってきていた。
父なら僕を皇宮に連れて行ってくれるかもしれないし、なにか解決策があるかも知れない。何より、子供の体ではできることがあまりに少ない。

そう意気込んで広い屋敷の長い道のりを休み休みやって来た。
使用人が丁度いない時に部屋を脱走してきたから、今は僕一人だ。

父がいる執務室の大きな扉を見上げてノックをしようと近づくと、中から少し声が漏れて聞こえてきた。父とは違う、執事の声でもない初めて聞く男の人の声だった。
どうやら来客がいるようだ。
普段僕は、家の中でも居住場所にしか居ないから、こうして家に他人がいるのは新鮮だった。

もし大切な話をしているのならここで少し待とう、という事でちょっと扉に耳をつけて聞き耳を立てる。


『____から、お帰りいただきたい。』


中からは父の硬く鋭い声が聞こえた。
決して家族には向けないようなその張り詰めた声にサッと体温が下がる。
なにか、深刻な話をしているのだろうか。父の声は明らかに怒りを孕んでいて、生まれてこの方父に怒られたことなどない僕の心臓はドキドキと音を立て始める。

『私共はもう少し話をお聞きしたいだけでして。』
『それは当時散々やっただろう。それにあの頃必要以上にイーゼルを糾弾した事を私はまだ許していない。』

兄様の名前が出て更に心拍数は上がる。
やっぱりこれは聞いちゃいけない話なのではないかと思いつつ、僕の足は地面に縫い付けられたように動かなかった。
握りしめた拳にはびっしょり汗をかいている。背中から何か熱いものが迫り上がってくるようだった。


『ですから!忌み子を公爵家に置いておくのは危険だと!』
『黙れ!!...イーゼルは私の息子だ。これ以上侮辱するなら裁判にかけるぞ。』
『っ、何故ですか!!!公爵様の弟君を殺したかもしれない者ですよ!?

____呪われた赤い目は、今すぐに処分すべきです!!』





______ガンッッ!!!!!!


『ヒッ、』
『...帰れ。さもなければ今ここで首を落としてやろう。』
『...っ、私は、間違った事などなにも、』
『いいから出ていけ!!!!3度目はないぞ!』
『っし、失礼します!!』





________ガチャ、

____ゴン!




「...は?」





「......おい子爵、何をしている。早く出て、




っ...!

____アステル!?!?」







僕はいつの間にかその場で倒れて、荒い呼吸を繰り返していた。




















____バタンッ!!!!

「っ、アステル!!!」

「イーゼル、落ち着け。」

皇宮から急遽帰ってきたイーゼルが、顔面蒼白になりながら部屋に飛び込んできた。
普段の無表情からは考えられないほど眉を垂らしたその弱々しい顔と視線は、すぐにベッドの上の意識のないアステルへと向かう。

「っ、ぁ、アステルっ、アステル...。」

イーゼルが倒れ込むようにベッドの横に膝をついて、小さなアステルの手を握る。いつもは固く剣を握り込んでいるその手が、今は不安と恐怖で震えていた。

「医者にはみせた。酷い熱だが、今は眠っているだけだ。」

「外に出ていないはずなのに、なぜ...。...一体なにがあったんですか。」

イーゼルが壊れ物を扱うようにアステルの頬を撫でながら、そう問いかけられる。アステルは熱で倒れてしまい顔が真っ赤になっているが、そんなアステルより苦しそうな声だった。

「...今日、セブルス子爵がやって来た。」

「セブルス...。...ああ、あの時の。」

「そうだ。当時の事でまだお前を疑っているらしくてな。...その話をアステルが部屋の外で聞いていたらしい。」

「っ......そん、な...。」

イーゼルは途端に絶望を目に宿した。
そんな顔をさせてしまうのが親としてとても情けない。私の弟の死は明らかに事故であり、イーゼルはただの被害者であると言うのに。

出会った頃のイーゼルは、燃え盛る炎の中で人間としての心を全て削ぎ落としたかのように、怯えもせず喋りもせず、作り物の人形のように佇んでいた。その上、体は痩せ細り傷だらけで、私の弟がどんな愚行を犯したのかは一目瞭然だった。

その後の調査でイーゼルは、赤い目のせいで家族から忌み嫌われ、迫害を受けていたことが分かった。
そんなイーゼルをフェルアーノと共に育てると決めてうちに招いてからは、段々と喋るようになり体つきも年相応になっていった。

それでも、イーゼルの表情は一向に動かず、必要以上に私達と関わろうとはしなかった。
あれだけ酷いことをされ続けたのだ、完全に人を信用することは難しいのだろう。ましてや、私はイーゼルを痛めつけた親の兄弟なのだ。
だから、ゆっくりと時間をかけて、イーゼルの凍った心が溶けるのを待とうと思った。たとえその日が来なくとも、自分が死ぬまでは親として最大限イーゼルを支えていこうと決めていた。

そんな中授かったのがアステルだった。
フェルアーノは身体的に子供を産めるのは若いうちの一度きりだと言われていたためそのタイミングになったが、兄弟ができればイーゼルも何か変わるかもしれないと半信半疑な希望を抱いていた。

そうしたら見事にアステルがイーゼルの心を溶かしてくれたのだ。それも想像以上に。
フェルアーノのように底抜けに優しい心を持ったアステルは兄であるイーゼルにそれはそれは懐き、イーゼルを守ってくれた。そんなアステルにイーゼルも心を奪われ...少し過剰なほど弟に入れ込むようになった。

親としては二人のこれからが心配ではあるが、我が子が幸せそうにしているのは何より喜ばしいことなので、今は好きにさせている。

アステルの一途な優しさが、長い間閉ざされ続けたイーゼルの心を開けてくれたのだ。

「...イーゼル。アステルは、お前を怖がったりしない。絶対に。」

きっとアステルなら、イーゼルにのしかかり続ける不幸だって薙ぎ払ってくれる。
そう信じられる。

「分かって、います。アステルは、赤が好きだと言ってくれたんです。赤は、俺の色だからって。......でも、もし、...っもし、アステルに、拒絶されたら...ぉ、俺はっ...。」

イーゼルが今にも消えそうな声でそう訴えた。アステルに拒絶されたら俺は生きていけない、とでも言うのだろう。
だが、そんなものは無用の心配である。

「大丈夫だ。」

「そうよイーゼル。」

いつの間にか部屋に来ていたフェルアーノも声をかける。

「アステルはね、あなたの事が大好きなのよ。あなたがこの家に馴染めていないと感じて自分から関わりに行ったり、実の兄弟じゃないと知って泣いたりするほどね。」

「っ、......あれも、全部、...俺のため...?」

「そうよ。アステルの行動は全てイーゼルのためのものだった。...私、ちょっと嫉妬しちゃうわ。アステルが何かおねだりする時はいつもイーゼルのことばかりなんだもの。」

「確かにな。初めて喋った言葉も『にいさま』だしな。絶対『おとうさま』だと思ったんだが。」

「ふふっ。...だからねイーゼル。安心して。アステルも、勿論私達も、何があったってあなたの事を愛しているわ。その赤い瞳だって、アステルの大好きな色なのよ?もっと誇っていいの。とっても素敵なんだから。」

「そうだ。それにな、不確かなものに縋るしかない愚かな他人の言葉に落ち込むより、信じたい奴の言葉を信じればいい。温かい言葉だけを信じて、甘えたっていいんだ。私達が愛しているお前をもっと可愛がってやれ、イーゼル。」

「っ......は、ぃ...。」



赤い瞳が、ゆらゆらと揺れてぽたりとベッドに滴が落ちた。



これでやっと少しはこの子の親らしくなれたんじゃないかと、フェルアーノと目配せをして笑い合う。親としてイーゼルを引き取り育てておきながら、いつまでもアステルの力を借りるわけにはいかないからな。





...と言っても、こうして私達二人の言葉がイーゼルの心に届くようにしてくれたのは、他でもないアステルなのだが。






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