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第1章 家族編
【17】お友達?
しおりを挟むアステルは危ないから、と兄様の膝の上に乗せられ馬車は進んでいく。窓の外には街中を歩く人々が沢山いた。初めて見る家の外の景色に興味津々な僕はもっと近くで見たくてつい窓に向かって手を伸ばしてしまう。
「アステル、危ないから大人しく。」
しかし伸ばした手は兄様の手の拘束が強まって遮られてしまうから、大人しく窓の外を見つめるだけにする。
外にいる人たちは、手に籠を持っていたり、大きな荷物を肩に担いでいたり、服装も僕とは違ってシンプルだ。でも皆、生き生きとしていた。
「平民の生活が気になるのか?」
「あい。」
平民か。
日本には貧富の差はあれど身分の差は無かったから少し複雑な気持ちになる。生まれで生活環境が完全に決まってしまうのはどうしようもないけれど、何の努力も苦労も無しに贅沢な暮らしをしているのが少し申し訳なくなる。
しょんぼり窓の外を見つめる僕の頭に、慣れた手つきでポンと手を置いた兄様は静かに語りだした。
「ディラード様が治めるこの公爵領は帝国一の広さを持つ貴族領で、南部から北東部にかけて位置している。特に南部は海産物が豊富に取れて海上流通の要でもある。北の方は冬になると雪が降るらしい。そして治安維持や様々な生活支援が充実した豊かな街がある。...アステルにはまだ早かったか。」
「おとーしゃま、しゅごい!」
「ああ、そうだ。この平和は全てディラード様の手腕によるものだ。アステルは賢いな。」
「えへへ。」
「......賢い上にこんなに可愛いなんて...。天才だ。」
眩しいものを見るように目を細めた兄様にじっと見つめられ、ふにふにと頬を揉まれるのを大人しく受け入れる。
ふふっ、これでも兄様より精神年齢は高いもので!
今では子供の体と脳みそなので全てが前世のように色々したり考えたりできるわけではないが、普通の3歳児よりは賢いですよ!
そして何より、
「にいしゃまの、おとーとだかりゃでしゅ!」
「っ、あぁ。こんなに立派な弟を持てて俺は、幸せ者だ。」
!幸せ者!そうだよ!兄様は皆に愛されてるんだから!!
そもそもそんなに綺麗な顔を持っていたら、本当に生きているだけで人気者だろう。僕以外には基本無表情だし、家族以外には無口になる。でも!そこが兄様のカッコいい所なんだ!
多くは語らないけど、いざ剣術や勉強をしたら完璧っていう一番かっこいいパターン。それが我らがイーゼル兄様なのだ。
そしてその弟が僕!
誇らしいったらありゃしない。
「むふ。」
「どうしたアステル、可愛いぞ。」
「にいしゃまは、せかいいち、かっこいいでしゅ!いちばん!あすてるの、にいしゃまがいちばん!!」
「.........。」
兄様が何やら頭を抱えだしたので、僕はこの隙にと窓へ近寄ろうとするがやはり兄様の腕の力で叶わなかった。
▼
そのあとも数十分ほど馬車に揺られ、ガタン、と音が鳴って馬車が止まった。
どうやら目的地に着いたらしい。
「おしろ?」
「ああ。では行こうか。」
馬車の中で兄様に皇太子の事を聞いてみたが、「アステルは興味を持たなくていい。」の一点張りでなんの情報も得られなかった。一体皇太子とはどんな人なのだろうか。
おうじしゃま?と最近絵本で読んだのを思い出して聞いたら違う、と返ってきたからどうやら皇太子と王子様は別物らしい。
ふむ、難しいな。
「アステルは王子様が好きなのか。」と兄様に聞かれて別に好きでも嫌いでもなかったので「にいしゃまがしゅきでしゅ!」と答えておいた。僕の答えを聞いた兄様は幸せそうに目を細めて撫でてくれたので、おそらく正解なのだろう。
兄様に抱っこされながら、馬車を下りると、お城の入り口まで続く道の両側にズラッと人が並んでいた。
見たことのない顔が急にいっぱい現れてびっくりした僕は兄様にしがみつく。そんな僕に気づいたのか、「目を瞑っていていい。」と兄様が頭を撫でてくれたのでそれに甘えてギュッと目を閉じる。
初めての外出にワクワクしていたが、そういえば相手は国のトップだし、ここには生まれた頃から顔を合わせている人が兄様しかいない場所だ。僕の大好きな人達だけがいるわけではない。
僕はまだこの世界の事を全く知らない。
そう思うと急に不安になり、心拍数が増す。
そして絶対に離れないようにしなければと、さらに兄様にしがみつく力を強くする。迷子になって置いてかれたら嫌だ。
「ゼルビュート公爵家より!イーゼル様とアステル様がいらっしゃいました!」
守衛さんの大きな声の反響にまたビビって、僕は既に半泣きだった。声の反響具合からとても広い空間の中だと分かる。そのとてつもなく広い空間の中心にちっぽけな僕がいるというのも恐ろしい。一体幾つの視線が僕を見ているのだろう。どんな目で見ているのだろう。
怖い怖い怖い。大きな建物が僕を飲み込もうとしている気がする。
「ぅ、うぅっ...。」
「...アステル?」
兄様が歩いていた足を止めて僕に問いかける。
「ゃ、やぁ...。」
正直もう帰りたい。嫌だ。体が震える。
せめて父と母と公爵家の使用人をいっぱい連れてからがいい。決して兄様だけだと心細いというわけでは無いが、それでも人数差は大事だ。
お出かけはもうちょっと大きくなってからでよかったのかもしれない。
「嫌?帰りたいのか?」
「うぅっ、か、かえりゅ...。あしゅ、ここやぁ...!ぉ、おとーしゃまと、おかーしゃまにあいたいぃ...!」
「分かった。すぐに帰ろう。」
僕のぐずぐずな声に即決した兄様がくるりと体の向きを変える。良かった、帰れるのかと安心したのも束の間、背後から声が聞こえたことでそれは叶わぬ願いとなった。
「待って待って、イーゼル。」
兄様を呼び捨てにしたその人の声は焦っていた。
スッと、兄様が振り向く。
「...ルーク殿下。」
「やあ、イーゼルよく来たね。...そちらは弟君かな?」
あっさり僕の存在がバレて、兄様に再び抱きつく。バレたと言うか丸見えだけど。
「はい、そうです。初めての外出で緊張してしまったようなので今日は失礼します。」
有無を言わせない兄様の言葉に、僕も内心ヒヤヒヤする。
え?相手は皇太子なのでは...?すっごく偉い人なのでは...?そんなこと言って大丈夫...?
「待って!今日は大事な話があるんだ。弟君にも美味しいお菓子を用意したしさ?」
「...何を用意されたんですか?」
「え?」
「お菓子の種類です。」
「え、えーっと、マカロン、クッキーにケーキは多分なんでもあるよ。その他食べたいものがあったらすぐ用意させる。」
「...アステル、どうだ?」
兄様が僕に問いかけてくる。お菓子があるらしいから行ってみるか?って事だろうけど...。
「にぃしゃまのおかしのほうが、おいしいもん...。」
「っ...。」
「でも、だいじな、おはなし...じゃましにゃい、でしゅ。」
皇太子は偉い人だから、きっとその大事な話というのも今日したいのだろう。
それに何より兄様を困らせたくはない。いつもは兄様に甘い父も今日はちゃんと行けって念を押していたんだ。このまま帰ったら怒られてしまうかもしれない。
「...アステルは優しいな。俺の事を考えてくれているのだろう?帰ったらたくさんお菓子を作ろう。」
兄様がハンカチで僕の涙を優しく拭う。そこから香る甘い匂いに、少しだけ心が落ち着いた。
「おかしっ!...ぁ、あのね、あしゅ、おてつだい...、」
「してくれるのか?」
ハンカチをしまった兄様が僕の頬に手を当てながら問いかける。
「ん!くっきーの、かたぬき...?やってみたいでしゅ!」
「分かった。じゃあ帰ったら一緒に作ろう。」
「やったぁ!」
いつも僕のためだけにお菓子を作ってくれる兄様の手伝いをしてみたいと前から思っていた。兄様が作ってくれるのももちろん美味しいが、一緒に作ったら美味しい上に楽しいだろう。
そして僕が型抜きしたクッキーを兄様にあーんしてあげるんだ!そしていつも頑張ってるお父様とお母様にもプレゼントする!みんなでおやつタイムだ!
「少し、落ち着いたか?」
「はい!」
「なら良かった。」
もう一度兄様の首に抱きついて密着する僕の頭の中は、お菓子作りのことでいっぱいだった。
「あの~、話は纏まったかな?帰らないでくれる?」
「ルーク殿下。」
「あ、はい。」
「大事な用事ができたので手短にお願いします。」
「...はい。」
ルーク殿下は意外にも腰が低かった。
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