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第1章 家族編
【16】お出かけ?
しおりを挟む家族団欒の夕飯も日常になって、僕も無事3歳にまで成長した頃。
父は食後にワインを一口煽ったあとにこう言った。
「そうだ、イーゼル。明日は皇宮へ出かけるのだろう?」
「...ぇ?」
こうきゅう...?
おで、かけ...?
僕は食後のリンゴジュースをガラス製のストローで吸い上げるのを一旦やめて隣の席の兄様を見上げる。
「にーさま、あした、ないないでしゅ?」
兄様明日居ないの...?
そう聞くと兄様はやわらかな表情をして僕の頭にポンと手を置いた。
「...いいや、断る。明日もずっと一緒だ。」
「ないない...ない?」
「ああ。居なくならない。」
「んふふ。」
なら良い!とご機嫌になってリンゴジュースを吸い上げることを再開する。兄様も頭を撫でてくれたのでさらにご機嫌だ。明日は何しようかなあ。兄様とボール遊びもいいし~、兄様のお膝で絵本を読んでもらうのもいいし~、僕の2歳の誕生日以来作ってくれるようになった兄様のお菓子ははずせないよね!あれがほんとぉーに美味しいんだぁ。と、明日の予定をわくわく考えていたが、父の言葉がそれを許さなかった。
「いや、ダメだぞ。皇太子との約束だろう。」
「この世に弟以上に優先することなどあるのでしょうか。」
兄様が僕を撫でながらさも当たり前の事のように言う。そういえば兄様は皇太子?と同い年だから交流があるんだっけ。
なんて思い出しながらズコーとジュースを飲み終わった僕。うむ美味しい。このリンゴジュースは公爵領で取れたリンゴ100%らしく、みずみずしさと芳醇な香りが素晴らしい味わいでした。
と、頭の中のソムリエ・アステルが舌鼓を打つが、そんな中でも父と兄の話は続いているようだ。
「それは...時と場合によるだろう。」
「ディラード様のおっしゃる事も分かりますが、...俺はいつ何時もアステルを最優先にしたいです。皇太子からはこちらから謝罪しておきますのでご心配なく。アステルまだ少し残ってるぞ、ほら。」
兄様がコップを傾けて、ストローをむけてくれたのでそれを吸い上げると、確かにまだ少し残っていたらしい。それもズコーと吸い上げて今度こそお終いだ。
「...はぁ、それじゃあ弟離れできないぞ。」
「しないので大丈夫です。アステル、美味しかったか?昨日の葡萄のジュースと、どっちが好きだ?」
「ん~...ぶどう!おとーしゃまのぶどうものみゅましゅ!」
そう言って父のワインを指差す。
こちとら中身はほぼ大人。前世も合わせればもう成人済だから飲めるのだ!
しかし、そんな言葉は兄様には効かなかった。
「あれは大人になってからだ。アステルが成人したらまず俺と飲もう。約束だ。」
なんと!初お酒を兄様と!
楽しそう!!
「う!!にーしゃまとのみゅ!やくしょくでしゅ!」
「あぁ...可愛いな。本当に。お酒に酔ったらもっと可愛いのか...?絶対に外では飲ませないようにしなきゃな。...いや、いっそ...。」
「イーゼル、聞いてるのか。明日は絶対に行くんだ。行かないと後悔するぞ。」
「行きません。」
「相手は皇太子だ。」
「俺の方が強いです。」
「そう言う問題じゃない。それに向こうは国を背負ってるからな。いくらお前でも勝てないと思うぞ。」
「勝てます。...アステルの、ためなら。」
僕をじっと見つめる兄様の真っ赤な目に力がこもり、怪しく光る。
「分かった。分かったから、そう殺気立つな。私もお前に強制したいわけじゃないんだ。...でもなぁ、もう三回目だから、これ以上断るのはまずいぞ。」
「じゃあこうするのはどうかしら?」
母がいい事を思いついたと言うように手を合わせる。
「アステルと一緒に行けばいいじゃない?」
「「えっ。」」
「...んぅ?」
どうやら母による鶴の一声で僕の初お出かけが決まったらしい。
しかも行き先は皇宮。兄様と二人。
ふむ、何も起こらないはずはなく...だ。
▼
次の日は朝から皇宮にお出かけする用のお着替えをした。
いつもの如く寝起きからずっとそばにいた兄様は、僕の着替えを手伝う執事に色々指示を飛ばしている。
ちなみに今日の兄様の格好も敵幹部みたいでカッコいい!
兄様ははおそらく王子様キャラというよりダークヒーローみたいな、裏で巧妙に糸を引いてるタイプの厨二病にはたまらないキャラだろう。くぅーかっこいい...。月をバックに暗躍する兄様は、絶対に見たい。兄様には月がよく似合うんだ。赤い月とかがあったらいいのに。
「その宝石は大きすぎるし、アステルの髪の色に合わない。もっと薄い色で小ぶりなものを持ってこい。」
「はっ。」
「裾が長い。アステルが転んでしまうかもしれない。3センチ縮めてこい。」
「はっ。」
「フリルが大きすぎる。これではアステルの可愛さを邪魔する。捨てろ。」
「はっ。」
「ふむ、いいな。この服を仕立てたのはどこだ?追加で注文しておけ。」
「はっ。」
ベテランコーディネーターさながらの指示で全てを終えた兄様は満足いったようで、鏡の前に立つ僕を後ろで得意げに見ていた。後方専属コーディネーター面だ。僕の兄様かわいいな。
それにしても、服が少し可愛すぎやしないだろうか?とりあえずズボンではあるけど、フリルが至る所に付いてるし、首元にはリボンも付いてる。
確かに僕の顔はどちらかと言うと母に似て女の子っぽいが、それでも一応性別は男の子なんだけど...。
それに一番気に食わないのは...
「くろと、あか、ない...。」
兄様の色である黒と赤が服にも装飾にも一切無い事だ。
「...ぼく、ほうせき、あかがいい。」
首元のブローチを外そうと手を伸ばす。
「どうしたアステル。気に入らないか?首元が苦しいか?」
しゃがみ込んで膝をついた兄様が僕を覗き込む。僕はその綺麗な目の色が欲しいんです。
「にいさまのいろ、ない。」
「...俺?」
「これや!あかがいいでしゅ!」
ブローチをギューっと引っ張るが中々取れない。
「アステル!お前の手が怪我してしまうから暴れるな。」
「や!にいさまのいろにしゅる!!」
「でも赤は...あまり良くない色なんだ。皇宮につけてはいけない。」
「なんで!にいさまのいろなの!よくなくない!あか!あーか!!う~...。」
「っ泣くなアステル...。お願いだ分かってくれ。お前のためなんだ。」
兄様の綺麗な赤い瞳には悲しみが浮かんでいた。
...違う。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに...。僕はただ、兄様とお揃いの色が欲しいだけで......。
でも、
「にいさまのいろがいい...。」
ワガママだって分かってる。
でも兄様がつけている宝石は全部僕の瞳と同じ緑だし、だったら僕も兄様の目の色が良い。
「...分かった。じゃあこれを。」
頑固な僕はそっと兄様に腕を取られ、そこにブレスレットが嵌められた。そのブレスレットには赤い宝石が埋め込まれている。
「っ、あか!」
嬉しくて腕を掲げて見上げる。
「ああ。でも、服の袖にしっかり隠しておくんだ。誰にも見られてはいけない。」
「ん!にーさま、ありあとごじゃぃましゅ!にーさまのいろすきでしゅ!」
「っ......アステル...、お前は、本当に...。」
「う?」
「...いや、なんでもない。行こうか。」
なぜか兄様の目尻に水が溜まっている気がしたけれどすぐに引っ込んだようで、立ち上がった兄様はいつものキリッとした顔で僕を抱き上げた。
「しゅっぱつ?」
「ああ。」
「ん!れっつごー!」
「れっつごー、とはなんだ?」
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