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第1章 家族編
【15】お返し
しおりを挟む誕生日にアステルに素晴らしいプレゼントを貰った俺は、次に来るアステルの誕生日に何かお返しができないかと悩んでいた。
それなりにお金を得る機会が増えてきた今はアステルに何か買ってやることもできるが、しかしアステルのように手作りを渡したい気持ちもある。
買って与えるだけなら、誰でもできる。
それなら、俺にしかできないことでアステルを喜ばせたいのだ。
昼食を済ませてベッドで昼寝をするアステルの横に椅子を置き本を読みながら、1ヶ月後のアステルの誕生日について考える。
なんでも器用にこなせる自信はあるが、絶対にアステルに喜んで欲しいと思うと中途半端なものは渡せない。
そもそも誰かに何かをしたい、誰かに何かをあげたい、なんて生まれてこの方思ったことがないのだ。無難なものがなんなのかもいまいち分からない。
思考が散漫になるため本を読むのをやめて、眠るアステルの顔を見つめながら考えを巡らせていると、いつの間にかフェルアーノ様が部屋にやってきていた。
「あら、イーゼル。今日もアステルの観察?」
「はい。」
「ふふっ。前までは逆だったのに、不思議ねえ。」
そう言って美しく笑うフェルアーノ様はいまだに直視できない。自分のような暗い存在はこんな強い光を直接見たら視力を失ってしまいそうだ。
その考えのせいで不自然に視線を逸らしてしまう俺をフェルアーノ様は気にしていないようで、アステルの眠るベッドに腰掛けた。そのまま絹を纏ったように美しい手でアステルの頬を撫でると「よく寝ているわね。良かった。」と微笑む。
そしてその手を膝に戻すと俺へと視線を向けた。
「イーゼルは、何か悩み事かしら?」
「......はい。」
フェルアーノ様は華奢で儚いが、底無しに強い人だ。ただのゴミだった俺が拾われた頃からずっと変わらない。
強くて、俺は一生敵わないだろうなと思う。
魔力ではないこの人にしかない不思議な力を感じるのだ。
フェルアーノ様は、口に手を当てながら考える素振りをした。アステルと同じ色の長い髪がサラリと揺れる。
「分かった。アステルの事でしょう。」
「そう、です。」
「やっぱり。...という事は、来月の誕生日のことかしら?」
「...はい。」
全て見透かされていて怖いが、“母親”とはこういうものなのかもしれない。
でも、俺はこの人から生まれたわけじゃないのに...。
「イーゼルは、アステルに何をあげるか考えているのね。」
「はい。...アステルがしてくれたように、手作りがいいなと、思っています。」
「まぁ!私の勘だけれど、それはきっと大正解よ。」
そう言ってフェルアーノ様は少し無邪気に笑った。いつもは絵画のような誰も触れられない完璧な笑顔の人だが、たまにこうしてとても親しみのある顔もする。
表情が豊かな人だ。それはアステルにも顕著に受け継がれている。ありがたい。
「アステルはあなたが大好きだから、あなたが作ったものならなんでも喜ぶと思うわ。...でもそれが分かってるからこそ、たくさん悩んでいるのよね。たとえ相手が自分の事を好きだと分かっていても、もっともっと好きになって欲しいって思ってしまうものよ。誰でもね。」
「................。」
...この方は、聖女様なのだろうかとたまに思う。こんな人に悩みを話して言葉を貰えたら、たとえ人生のどん底にいたとしても一瞬で羽が生えたような気分になれるだろう。
自分の心の内が全てバレていることにほぼ絶句するように、俺は黙ってしまった。すると続けてフェルアーノ様はこう言った。それはやはり凛として強い声だった。
「でも、何を作るかはそこまで悩むべきではないわ。結局相手に伝わって欲しいのはどれだけ貴方を想って作ったか、でしょう?だから私なら、何を作るか悩む時間はどう作るか考える時間にあてるわ。...違う?」
「...確かに。では、お菓子を作ることにします。やったことがない上に、アステルの体に入る事を考えると迂闊に臨めなかったのですが、あと一ヶ月で形にしてみます。」
「好きなものを好きな人に作ってもらえるなんて、アステルは絶対に喜ぶわ。」
そう言ってフェルアーノ様は自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。そして、その言葉にふと疑問に思った事を聞いてみる。
「フェルアーノ様は、アステルの嫌いなものがなにか分かりますか?」
「嫌いなもの?そうねぇ、まだ野菜は全般的に苦手なようだけど...トマトは特別嫌いね。“イーゼルお兄様と同じ色よ~”って言ってみてもダメだったの。こんなの初めてなのよ?アステルはイーゼルの名前を出すとなんでも嬉しそうにしてくれるのに。」
「...............。」
「あら、嬉しそうな顔。可愛いわねぇ。...あ、あともう一つあったわ。アステルがとーっても苦手なもの。」
フェルアーノ様はそこで一旦言葉を止めると、俺の背後に目を向けた。そして悲しげにそのエメラルド色の目を細めて口を開く。
「アステルは、雨が嫌いなの。」
「...雨、ですか。」
ちょうど今日は雨が降っていた。小雨であるため室内には雨音が聞こえないが、そのせいで昼間にしては部屋は薄暗かった。フェルアーノ様は眉を落として視線を窓からアステルに向けた。
「昔から、アステルは雨になると元気がなくなるの。笑顔が減ってぼぅっとする時間が増えて、何かに怯えてる。酷い雨の日の夜には熱を出すこともあったわ。...だから今日も様子を見にきたのだけれど、大丈夫みたいね。イーゼルがそばにいてくれたお陰だわ。」
「...俺なんかに、そんな事ができるでしょうか。」
「イーゼルにしかできないわ。」
俺の弱々しい言葉に、フェルアーノ様はそうはっきりと答えた。
この人はアステルが生まれた頃からずっと、アステルの一番の理解者だった。
そんな人が、俺にしかできないというなら...信じてもいいかのもしれない。
「なら俺はこれから先、雨の日のたびにアステルにお菓子を作ろうと思います。アステルにとって雨が、怖いだけの日ではなくなるように。」
「...優しい子。アステルはあなたのような兄が持てて幸せだわ。そして私達の自慢の息子よ。」
「...っ.........。」
サラリとフェルアーノ様の指がアステルにしたように俺の頬に触れる。その手は思ったより冷たかった。でも泣きそうなほど優しい。
俺は、喉まで出かかった何かを飲み込むことしかできなかった。
そんな俺に気づいているのかいないのか、フェルアーノ様はふふっと最後に笑ってから「じゃあアステルをお願いね。」と告げて部屋を出て行った。
雨のせいで薄暗い部屋にまたアステルと2人きりになる。雨足は少し強まっているようで、眠っているアステルの眉間には薄く皺が寄っていた。
そこを撫でて、そのまま額を伝って頭を撫でてやると、アステルはまた穏やかな顔ですーすーと可愛らしい寝息を立てた。
「...俺が、守る。」
その誓いを果たせるような人間に、早くなりたかった。
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