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第1章 家族編
【10】守る
しおりを挟む「!アステルっ。」
「っ!?はぁ、ぁぅ、ぅ。」
「アステル!?聞こえる?」
「アステル、辛くないか?」
飛び起きてすぐ、滲む視界で周りを見渡す。
熱く軋む体ではその動きすら億劫だった。
あれ、僕は今とっても暗い場所にいて、辛くて、それで...痛くて。とっても痛くて。
目に映る、僕を心配そうに覗き込む父と母。
そして、死にそうなほど青い顔で僕の手を握る兄様。
「あぁっ良かった...!目を覚まして...!!」
「フェルアーノ。大丈夫だ。」
目を覚ました僕を見て母はついに泣き出してしまって、父に抱きしめられている。
ああ、お母様を泣かせてしまった。お父様にも心配をかけた。
そして、イーゼル兄様にも、こんな顔をさせてしまった。
「...アステル。」
いつも無表情の兄様からは考えられないほど感情が表情に出ているが、できればそんな顔はさせたくなかった。
「...にぃ...しゃ、」
「ああ、アステル。」
兄様、と呼んだらすぐに返事をしてくれた。
良かった、僕の兄様だ。
「...おとー、しゃま、おかーしゃま。」
「アステル、ゆっくり休め。話は元気になってからたくさん聞く。」
「ええ、アステル。元気になって。お母様は、早くあなたの笑顔が見たいわ。」
皆、僕を心配してくれている。
僕を、見てくれている。
...そうだ。
あの悪夢は現実じゃない。
今はこの優しい家族が、現実だ。
僕はもうひとりぼっちじゃない。
安心した僕は、兄様の手の温もりと共にゆっくりと目を閉じた。
▼
そのあと何回か目を覚ましてお医者さんに見てもらいつつ静養して、1週間ほどかかってやっと回復した。
「アステル、もう大丈夫か?」
「ぁい!」
「そうか、良かった。」
ベッドの上に座る僕を、父の大きな手が撫でてくれるのを母が首を傾げながら見ている。
「アステル、あの日何があったの?イーゼルに聞いても答えてくれないの。」
母はまるでイーゼル兄様のことに違いないといった口ぶりだ。まあ合っているけど。
「...俺に、心当たりはありません。」
そして兄様は本当に分かっていないようで、無表情のまま答える。無表情の中にも、僕に何があったのか心配しているのが分かる。優しい。好きだ。
「でも、アステルが泣くのはイーゼルの事だけなのよ?」
「そんな筈は、「「ある。」」...。」
父と母の両方に断言されてしまって、兄様は気まずそうに黙った。
「だからアステル、教えてちょうだい。一体何があったの?」
母は僕を抱き上げながら優しく問いかける。
「...う。」
よし、こうなったら告げ口だ。
大事な兄様に酷い事を言ったあの家庭教師。
絶対に許さない。絶対追放してやる。僕は公爵家の息子なんだ。多分少しくらいは偉いんだ。
「しぇんしぇ、にーしゃ、ないない。」
「「???」」
意を決して喋った僕の言葉に、父と兄様は全くわからないと言ったように首を傾げた。そうしてみると本当の親子のようにそっくりである。
しかし、そんな男性陣と違ってさすがはお母様。僕の言葉への理解力がずば抜けている。
「なんてこと!家庭教師がイーゼルをうちの子じゃ無いって言ったの!?」
「う!」
「なんだと!!」
「...え?」
母の通訳に一瞬で怒りに染まる父と、一人困惑のまま取り残される兄様。困った顔もかっこいい...いや可愛い。
「にーしゃ、こーけいしゃ、ないない。しゃきん...うぅ...。」
あの日の悲しくて悔しい気持ちを思い出して再び涙が溢れた。
「あら、アステルが泣きそうだわ!イーゼルお願い!」
「えっ。」
母に抱き上げられた僕の体は兄様に渡った。兄様は困惑したまま僕を受け取る。
その間にも母によるアステル語の翻訳は続く。
「あの家庭教師、イーゼルが正当な後継者じゃないだとか、借金を返すために生きろだとか言ったらしいです。...許せないですわ。」
「ああ、許せないな。侮辱罪で牢屋に入れよう。」
両親の聞いたこともないような低い声が聞こえる。
それにしても牢屋...?え、そんなに重い罪なの...?
この世界のことはまだ分からないけど、そういう法律があるのかもしれない。だとしたら大賛成だ。
兄様に抱っこしてもらってご機嫌の僕は元気に宣言する。
「う!にーしゃ、ないない、ちあうれしゅ!」
「っ、」
「そうだ。イーゼルは我がゼルビュート家の正式な長男だ。やはりアステルは賢いな。うちの子はどちらも賢い。天才だ。」
「そうね。ではさっさとその愚かな家庭教師は牢屋に入れましょう。子供達に悪影響ですわ。」
お、お母様...笑顔が怖い...。
でも、これで兄様を傷つける人間がこの家から去るのだから頼もしい。是非とも公爵家の力であの家庭教師は永久追放していただこう。
ぽん、と父の大きな手が頭に乗る。
「さすがだアステル。兄を守ったな。」
「ぁい!にーしゃ、しゅき!まもゆでしゅ!」
「それはお父様にも言ってくれ。」
「お母様にも言ってちょうだい。」
「おとーしゃまと、おかーしゃまも、しゅき!」
「っ...天才的な可愛さだ...。」
「ええ、本当に...。」
口を抑えて涙目で悶える両親を横目に、兄様を見る。
兄様は、いつかのように驚いた顔で固まっていた。
「...にーしゃま?」
「...本当に、俺のために...?」
驚いた顔の兄様が僕の顔をじぃっと見つめる。真っ赤で綺麗なその目に、泣き顔ではない僕が映ってる。
「う!あしゅてる、にーしゃ、まもりゅでしゅ!」
そうだよ兄様。
僕が、絶対兄様を一人にはしないから。
絶対絶対、家族だって思わせるから。
ひとりぼっちじゃないよ。にいさま。
「っ...。」
「にーしゃ、えんえん、ないない。いーこいーこ。」
この先ずっと、イーゼル兄様が一人で苦しむことが無いように。
一人で泣くことがないように。
僕がずっとそばに居る。
前世の僕が、そうして欲しかったように。
「っぁ...アス、テル...。」
兄様の綺麗な赤い目が揺らぐ。
「ぁい!」
「俺の.........弟。」
ぎゅっと、力強く抱きしめられた。
今度はぎこちない動きじゃない。
全身で力一杯抱きしめてくれた。
僕もそれに返すように一生懸命首に抱きつく。
「あしゅてる、いーじぇりゅおにーしゃまの、おとーと。」
それは誰がなんと言おうと、血の繋がりだとかに関係なく絶対に揺るぎない事実なのである。
それがやっと兄様にも伝わったのか、崩れるように膝をついた兄様は僕をぎゅうっと抱きしめたまま嗚咽を溢した。
「ぉ、俺の、弟...!アステル、っアステル...!」
「あい!」
名前を呼ばれたから返事をする。
「っあぁ、可愛いな、どうしてアステルはこんなに可愛いんだ。...俺だけのアステルにしたい。」
...あれ、なんか不穏だ。
でも兄様は無表情を崩して幸せそうに泣き笑いをしているし、父と母もそんな僕たちを見て微笑んでいるし。
ふむ!一件落着のようだ!!
兄様と仲良し作戦、大成功です!!
「...フェルアーノ、見てるか?」
「ええ、見てますわ。ディラード様。」
「「うちの子達は、天才的に可愛い(ですわ)」」
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