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第1章 家族編

【9】作戦決行

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次の日、柵に囲まれたベビーベッドに居る僕の周りにはボール、ぬいぐるみ、絵本、積み木などが置かれてた。完璧な布陣だ。兄様の邪魔にならないように音の出るものは入っていない。
これで眠らないようにしつつ、授業の終わりになれば、兄様と喋る時間ができるのだ。

そんなベッドの中の様子を授業前の兄様はじっと見つめていたが、授業が始まるとぱっと前を向いてしまう。
それと同時に僕のお遊びタイムスタートだ。

ボールを投げてそれを取りにはいはいして、また投げる。一人キャッチボール。
しかし、途中で振り上げた手からボールが離れて、ベビーベッドの柵を越えて床にボールが落ちてしまった。

(僕のボール...!)

柵に捕まりながら落ちたボールを見つめていると、上からスッと黒い手袋をした手が現れてボールを拾い上げた。そのままボールはふんわりと柵の中に投げ込まれる。

(兄様...!)

授業中なのに気づいてくれて拾ってくれるなんて!やっぱり優しい!

「...にーしゃ、あぃぁと。」

小声でぽそぽそお礼を言うと、やはり一瞬こちらを見た兄様はすぐに前を向いてしまう。まあでも兄様の優しさに触れることができて僕は大満足である。嬉しくて目も冴えてきた!これは作戦が成功するはず!

しばらくボールで遊んだあと、飽きたら今度はぬいぐるみで遊ぶ。正直これは女の子の遊びな気がしなくもないが、ぬいぐるみは可愛いし、こうして円になるように並べると皆で内緒話してるみたいで楽しいのだ。僕の体も小さいから同じくらいの大きさの皆は異種族の友達みたいなものである。

「ねむねむ、め。ねむねむ、ないない。」

皆で眠らないための呪文を唱える。もちろん小声で。あれ?ちょっと危ない宗教団体っぽい?まあいいか。
その呪文のおかげか、やっぱり眠気はこない。
作戦は順調ですよお母様!

それから積み木でぬいぐるみの子達とおままごとしたり、文字は読めないので本の絵を見て楽しんだりしながら時間は順調に過ぎて行った。

そしてついに、ボーンと音がする。授業の終わりを告げる音だ。

「っ...!」

やった!とうとう僕はやり遂げたんだ...!!

「...授業は以上です。」

「ありがとうございました。」

兄様が礼儀正しく立ち上がって先生に頭を下げる。何度見ても本当に所作が美しい。横から見て綺麗な45度である。

しかしそんな兄様を何故か家庭教師は憎らしげに睨んだ。

「イーゼル様、今日はよそ見が目立ちましたね。」

家庭教師が厳しい口調で兄様に告げる。
よそ見が目立つ?兄様はいつだってすごい集中力なのに?

「...申し訳ありません。以後気をつけます。」

「はぁ。...いいですか?アステル様が生まれた今、貴方が順当な後継者ではない事はよくお分かりのはずです。」

ため息をついたあと、家庭教師の叱責は続く。
なんだ、いったい何が起こっているんだ。

「ですから、貴方は両親の借金返済だけを考えてください。この家に置いてもらっているという事を忘れないように。」

「...はい。」

ギュッと握られる黒い手袋をはめた手を、僕は柵の中から見つめていた。



























...なんだ、それ。

順当な後継者ではないとか。

親の借金を返すために生きろだとか。

それに、

____この家に、



まるで、兄様がこの家の子じゃないみたいな言い方だ。
ただの家庭教師が、いったい何を知っているというのだろう。

兄様は、イーゼル兄様は僕の兄様なのに。
正真正銘、優しくて大好きな僕のイーゼル兄様なのに。



僕の、家族なのに。



「うう゛っ!!!」

ぱんっと破裂した怒りのまま手に持っていたボールを柵の外の呆れ顔の家庭教師に向かって投げる。勿論届くわけがない。

「っ、アステル...?」

「ううっ、う゛~...!!」

悔しくてボロボロと目から涙が溢れた。鼻の奥がツンと痛い。それでもおもちゃを投げる手を止めることはできない。

「ぁあ゛ああぅ!!!」

ボールを投げ、(申し訳ないが)ぬいぐるみを投げ、ついに手に取った積み木も投げるが、コントロールを誤り目の前の柵に当たり跳ね返った積み木が、僕のおでこに直撃する。


____ごん!

「あ゛う!!!」

「アステルっ!」

兄様の焦った声が聞こえる。
心配で駆け寄ってくれる優しい兄様。

僕もおでこをおさえて痛みに耐えるが、既に色々決壊してる今、耐えることは不可能だった。



「っぅ゛~!!!




____あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああああ!!!!」





それは、アステルとして生まれて一番大きな泣き声だった。
僕は覚えてないけど、きっと産声より大きかったに違いない。
大口を開けてお腹の底から声を出す。
せめてこの声であの家庭教師を威嚇して追っ払うんだ。兄様を傷つける奴は絶対に許さない。僕が守る。僕が守るんだ。父が兄様を救ったように。今度こそ僕が守る。今は体だって動くし、声だって届くんだ。


侮辱された兄様の悔しそうで、悲しそうな横顔。そして、全てを諦めた目。
兄様にそんな顔をさせるなんて、思い出しただけでも腹立たしい。

しかし、赤ん坊の体ではその激情が涙として溢れてしまう。ちゃんと言葉にできないのがもどかしくてたまらない。
本当は、今すぐ謝れ!二度と兄様に顔を見せるな!って言ってやりたいのに、興奮状態になった口は意味のない声を吐き出すだけだ。

「ぁあ゛あ゛ぅ!!う゛う゛っ!!!」

「アステル...!」

尋常じゃない僕の様子に、兄様が抱き上げてくれる。その洋服をギュウッと握りしめて泣き喚く。
そしてすぐに駆けつけた母と父はほぼ絶叫するように真っ赤な顔で泣き叫ぶ僕と、おもちゃの散らかる現場を見て何事かと驚いた。

「ディラード様っ...アステルが!」

兄様が焦って父に駆け寄る。

「イーゼル!何があったんだ!?」

「おでこに積み木が当たって...!」

「っ、すぐに医者を呼べ!!」


一気に慌ただしくなった室内。
僕は瞬間的に全ての体力を爆発させたためすぐに底を尽きて、電池が切れるように寝てしまった。


















嫌な夢を見た。

僕に笑顔を向けなくなる前の両親。
その先にいる弾けるような笑顔の弟。
血の繋がった完璧な“家族”。

それを遠目で見つめる、血の繋がらない僕。

また親のいない孤児に戻るかもしれない恐怖。

喉まで出かかった「ひとりにしないで」という叫び。
その代わりに出た「ごめんなさい」という絶望。



素敵な家族の邪魔をしてごめんなさい。
ずっと居座ってごめんなさい。




『この家に“置いてもらっている”という事を忘れないように。』


血の繋がらない僕に、居場所はない。



ブレーキ音。衝撃。

回る世界。流れる血。





いたい、


いたい、


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

助けて、

助けて、










...助けて、兄様。









_____「アステル!!!!」


















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