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第1章 家族編

【8】兄様。

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「...そう、イーゼルが実の兄じゃないって聞いて悲しかったのね。それがちゃんと分かるなんてアステルはとても賢いわ。」


大号泣した日の夜、いつものベッドの上で目が覚めた僕は母と二人で今日何があったのか話していた。
母の優しい顔が、月明かりに照らされて陰影を濃くしていた。

「にーしゃ...、ちあうましゅ?」

まだ呂律がうまく回らない口で母に問いかける。

「いいえ、イーゼルはあなたの兄よ。厳密には従兄弟で直接血は繋がってないけれど、イーゼルはアステルを大切に思っているし、アステルはイーゼル兄様が大好きでしょう?私もお腹を痛めてあの子を産んだわけでは無いけれど、ディラード様がイーゼルを連れてきて、育てると決めた日からあの子は私の大切な息子よ。」

「...ぁう...。」

...そうだ。

兄様の温かくて優しい腕。そして早い鼓動はきっと、はじめて触れる赤ん坊である僕を傷つけないように、緊張していたからだ。僕を大切に思ってくれてる。あの赤い目がそう語っている。

そんな優しい兄様が僕は大好きだ。
...そうだ、だから“兄様”なんだ。

前世の僕は血の繋がりが無いせいで家で居場所を失ってしまったが、ここは違う。
優しい両親は実の子ではない兄様を“家族”だと認めているし、後継者としての教育もしっかりさせている。
その証拠にこの家の使用人には兄様を蔑ろにする人間は一人もいない。皆、父の言葉と兄様の力をしっかり認めて、納得しているのだ。

だからここでは、大事なのは血の繋がりじゃ無いって信じられる。


___きっと、前世もそう信じたかった。


だから、兄様を一人にはしない。
孤独に殺された前世の僕の二の舞にならないように。
この世界は、この両親は、こんなにも愛に溢れているんだから。兄様のありのままの優しさを、殺させはしない。


「いーじぇりゅにーしゃ、しゅきでしゅ。」

腕の中でそう呟いた僕に、母はくすくすと笑った。

「まぁ、アステル。お父様が嫉妬しちゃうわよ。」


もちろん私もね、と微笑んだ美しい母。






ああ、この人に産んでもらえて本当に良かったと、心から思った。














「フェルアーノ。アステルはなんと?」
「イーゼルと血が繋がっていない事を知ってしまったらしいです。」
「そうか。しかし、いずれ知る事だからな。仕方ないのかもしれない。」
「はい。それに、アステルは兄弟がどうして兄弟なのか、しっかり分かっている様子でしたわ。」
「なんて事だ。アステルは聡明だな。」
「あ!あと、アステルは敬語を使えていたんです。赤ん坊が初めて喋る言葉が敬語なんて、滅多に聞きませんわ。」
「...ふむ。




_____私たちの息子は、天才なんだな。」


「ええ。きっと私やメイドの言葉を覚えたんでしょう。本当に天才ですわ。ディラード様に似たんでしょうね。ユノ先生もイーゼルの賢さを褒めていましたもの。」
「ではアステルやイーゼルの愛らしさや優しさは君に似たんだろうな。」
「ふふっ。二人とも、健やかに育って欲しいですね。」
「ああ。それが一番だ。」

















昨日兄様に抱きしめられたのだから、きっと打ち解けられたのだ!とはいいつつ、まだまだ完全に慣れたとは言い難く、剣の稽古を見に行っても目は逸らされちゃうし、授業中は授業に集中しているし。...いやそれは当たり前か。

「にーしゃま。」

こっそり話しかけても、一度視線を向けられるだけで、すぐに黒板の方を向いてしまう。

「むぅ...。」

やはり、本当に打ち解けるにはまだまだ時間がかかるだろう。
兄様はそんなに甘くないのだ。

むしろ兄様ぐらいの容姿を持っているなら、これくらいクールでガードが硬い方が安心かもしれない。寄ってくる人全員に笑顔を振り撒いて優しくするようなチャラ男にはなって欲しくないし。

兄様は無口イケメンなのだ。

そして、そのミステリアスな雰囲気に皆メロメロになってしまうだろう。
僕は既に兄様の孤高のカッコ良さにメロメロだ。


よって、一番の問題は食事である。
未だに兄様は一度も食事の席にやってこない。

「にしゃま...?」

「すまないアステル。今日も誘ってみたんだがやはりダメだった。」

父は僕の号泣事件以来、何度か誘っているらしいが、全て断られている。
それは良くない。やはり兄様には家族団欒で食事をしてもらいたい。それに食べる姿もきっと美しいに違いない。見たい。


という事で思い立ったが吉日(次の日)!

授業の後に家庭教師が出て行ったあと、兄様と二人っきりになった時に今度は僕が兄様を食事に誘うのだ!
やっと喋れるようにもなったし、赤ん坊の愛くるしさで兄様に若干断りにくさを与える作戦だ!最終的には泣き落としも辞さない考えである。




という事でまずは授業中に寝ないように頑張る!


「では授業を始めます。」








...............






「あら、アステルおはよう。」

「んぇう...???」

「ふふっ、アステルは本当に可愛い顔で寝るわね。どんな夢を見ていたのかしら?」

気づいたら母の笑顔に見下ろされていた。どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。
恐るべき赤子の睡眠力...。



となれば次の日!!

「おはよう、アステル。」

また失敗だ!!

(夜は9時に寝るし!夜泣きもしないし!たっぷり寝てるはずなのに!!)

滑舌や力加減もさることながら子供の体の制御はうまくいかない。
となれば頭を使うしかない。この体になって忘れがちだが、僕には今の兄様より歳上の脳みそがあるのだ。リアル名探偵コ◯ン状態である。それにしては少し体が子供すぎる気がするけど...でも!精神年齢は兄様より上なのだ。きっとうまくいく!

というわけで、作戦その1!
授業の内容に集中して、目を開ける。

「おはようアステル。」

いつの間にか寝てる!?

作戦その2!!
頬を引っ張る!

「ぁぅ.........。」

授業中、突然頬を抓り出した僕を見た兄様の顔は、まるで突然目の前で腹を掻っ捌いた人間を見たかのように真っ青だった。
その後母が呼ばれ父が呼ばれ、医者を呼ぶ一歩手前まで心配されてしまいおおごとになってしまった。ただ頬をフニフニしてただけだと言い張ってなんとか事なきを得た。
眠りはしなかったが、授業の邪魔をしてしまったし、兄様と話す時間が無かったため結局作戦は失敗だ。

作戦その3!!!
...歌う!

普通に迷惑だから却下!





「うぅ...(もうダメだぁ...)」

その日の夕方、僕は頭を抱えていた。作戦をいくつも考えて、正直全くいい作戦も思い浮かばなくて日々を浪費してしまっている。そんな中でも兄様は食事の席に来ない日は続いているのだ。早急に解決しないと。

「アステル、どうしたの?」

うー、と唸る僕に母が問いかける。

「じゅぎょぅ、ねんね、め、でしゅ。」

母にはどう話そうと絶対伝わるので、適当に言葉を選んで現状を伝える。

「なになに、授業中寝ちゃうのを、どうにかしたい?」

「う!」
さすがお母様です!話が早い!

「そうねえ...じゃあおもちゃで遊びながら待つっていうのはどう?」

確かに、暇つぶしのものがあったら耐えられるかもしれない。

「う~...。」
でも兄様の勉強中に遊ぶのはなあ...。

と罪悪感が沸くが、一度兄様とお話ししたいだけだから、その日だけ許してもらおう。
まずは兄様の食事問題を優先するべきだ!



「あう!」

「ええ。じゃあおもちゃを準備するわね。」










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