上 下
7 / 74
第1章 家族編

【6】夢

しおりを挟む








僕は、兄様の夢を見た。
でも、それは単なる夢じゃなかった。





ここは多分、そうだ。






僕の生まれる前の世界で、
僕の知らない“過去”だ。


















僕の目の前には、ボロボロで傷だらけで、痩せ細った子供が横たわっていた。
その子は黒くてボサボサの長い髪をしていた。初めは日本人かと思ったけれど、その子供は真っ赤な目をしていたのだ。


「(...にいさま?)」


声に出そうとしても、喉からはなんの音も出なかった。でも、その子供は確かにイーゼル兄様だった。今よりも随分と幼い。

そして自分の体が透けていて、少し中に浮いていることに気づく。

...そうか、僕はこの“世界”には干渉できないんだ。
たとえ兄様がどれだけ弱っていて、傷ついていて、ひとりぼっちでも、

ここはもう“過去”だから、僕には何もできないんだ。

というか、ここはどこだろう。なんでこんなに汚くて暗い場所にボロボロの兄様がいるんだろう。
もしかして、何か犯罪に巻き込まれているのではないだろうか。

そう考えていた時、ガチャン!と音がして兄様のいる檻が開いた。入ってきたのは、貴族の格好ではないもっとラフな服を着たヒョロヒョロの男性だった。目が窪んでいてくまが濃くてまるでゾンビのようだった。

その男性はおぼつかない足取りで倒れている兄様に近寄ると、兄様の前髪を掴んで顔を上げさせた。

「(なっ...なにするんだ!!はなしてください!!いたいです!!)」

兄様を助けようともがいても、実態のない体は思うように動かず、手足をばたつかせる事しかできない。兄様は髪を引っ張られているのに表情を変える事なく、虚な瞳をしていた。

「はっ、相変わらず不気味だなァ。こーんなに痩せちまって。...おら、これが最後の食事だ。」

兄様を乱暴に床に投げたあと、そう言ってニタニタと笑いながら兄様の前に腐って変色したパンを投げ捨てた男は、「おっと、いけない。」と言ってそのパンを踏み潰した。そのわざとらしい動きが、意図的であることは明らかだった。

「(こいつーー!!やなやつ!にいさまをいじめるな!おとうさまにいってやる!)」

ジタバタ暴れるがやはりどうすることもできない。

「ちなみにそれが最後の飯だとよ。...お前はとうとう見放されたんだ。じゃあな、悪魔の子。」

ギイ、と音を立てて檻の扉が閉まる。兄様はその間一度も動くことが無かった。


そして空間がぐにゃりと歪む。

「(な、なに...!?)」

どうすることもできずに目の前の歪む世界を見つめて居ると、どうやら場所が移ったようだ。

目の前では大きな建物が業火をあげて燃えていて、その周りに騎士が集まって何やら忙しなく動いている。皆必死に救助活動をしているようだった。...あれ、あの騎士さん公爵家で見たことある気がする。
その喧騒を眺めながら、僕は兄様を探した。

「(にいさま!にいさま!!!)」

もしかしたらまだ檻の中にいるのかもしれない。あの檻がどこにあるのかはわからないが、今燃えている建物のどこかにあることは確かだった。

「(にいさま!どこ!?にいさま!!!!)」

声が出ないと分かっていても大きく口を開けて、体が動かないと分かっていても首だけは大きく回して辺りを見渡す。しかし、人が多すぎて兄様が見つからない。
次第に不安と焦りで目が潤み、視界がぼやけてしまった。それをなんとか拭って兄様を呼び続ける。

「(にいさまっ...どこ、っですか...にいさま...!)」

もしあの檻の中で、熱さに悶えていたらどうしよう。兄様の肌が焼かれて髪が燃えて、あの美しい瞳が苦痛に歪んでいたらどうしよう。
僕の優しい兄様が、苦しんでいるなんて嫌だ。

しかし今の僕には何もできない。
そんな自分が嫌で、でも兄様が苦しんでいるかもしれないのがもっともっと嫌で、苦しくて、とうとう自分の顔を覆ったその時、




遠くから声がした。






「すぐにポーションを持ってこい!!!」






それは、父の声だった。




声のする方を振り向くと、父はボロボロの服に身を包んで、いつもの優しい声とは対照的の怒号のような声で指示を出している。
そしてその腕には何かを抱いていた。




「(...あれ、は...。)」



それは確かに、黒髪の子供だった。
兄様は父に抱かれて救出されたのだ。

燃え盛る建物から距離をとった父は兄様を床に寝かして、騎士から受け取った物を兄様に飲ませている。

その必死な顔の父に、僕は安心してまた涙を流した。



しばらくして兄様は目を覚まし、その体を父が抱きしめる。




絞り出された父の「無事で良かった。」という声を遠くに聞きながら僕の意識は消えていった。








「(よかった。にいさまは、だいじょうぶだ。)」





だって、父は兄様の事をいつでも気にかけている、優しい人だから。とっても頼もしい僕たちの父だから。



だから、兄様はもう大丈夫だ。

















夢から覚めた時僕は泣いていたけれど、これはきっと安心したから流れた涙だ。あの怖くて暗い世界は、今の温かくて明るい世界に続いている。

その世界に兄様もいる。

なら、僕は僕のしたい事をするまでだと思った。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

魔法学園の悪役令息ー替え玉を務めさせていただきます

オカメ颯記
BL
田舎の王国出身のランドルフ・コンラートは、小さいころに自分を養子に出した実家に呼び戻される。行方不明になった兄弟の身代わりとなって、魔道学園に通ってほしいというのだ。 魔法なんて全く使えない抗議したものの、丸め込まれたランドルフはデリン大公家の公子ローレンスとして学園に復学することになる。無口でおとなしいという触れ込みの兄弟は、学園では悪役令息としてわがままにふるまっていた。顔も名前も知らない知人たちに囲まれて、因縁をつけられたり、王族を殴り倒したり。同室の相棒には偽物であることをすぐに看破されてしまうし、どうやって学園生活をおくればいいのか。混乱の中で、何の情報もないまま、王子たちの勢力争いに巻き込まれていく。

【完】俺の嫁はどうも悪役令息にしては優し過ぎる。

福の島
BL
日本でのびのび大学生やってたはずの俺が、異世界に産まれて早16年、ついに婚約者(笑)が出来た。 そこそこ有名貴族の実家だからか、婚約者になりたいっていう輩は居たんだが…俺の意見的には絶対NO。 理由としては…まぁ前世の記憶を思い返しても女の人に良いイメージがねぇから。 だが人生そう甘くない、長男の為にも早く家を出て欲しい両親VS婚約者ヤダー俺の勝負は、俺がちゃんと学校に行って婚約者を探すことで落ち着いた。 なんかいい人居ねぇかなとか思ってたら婚約者に虐められちゃってる悪役令息がいるじゃんと… 俺はソイツを貰うことにした。 怠慢だけど実はハイスペックスパダリ×フハハハ系美人悪役令息 弱ざまぁ(?) 1万字短編完結済み

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました! カクヨム、小説家になろうでも投稿しています。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...