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第1章 家族編
【4】トライ&エラー
しおりを挟む先日、無事に誕生日を祝ってもらいはしたが、それ以降イーゼル兄様との仲が縮まる機会はなかった。おそらく向こうが意図的に避けているのだろう。母がそれとなく「アステルとおやつを食べない?」と誘っても「稽古がありますので。」とお決まりの文句で断られてしまう。
僕と部屋で二人きりになっても、兄様は座って本を読むだけ。渾身のはいはいで近づいてもさりげなく距離を取られてしまう。
...何がそんなに嫌のだろうか。
そもそも、赤ん坊が苦手とか...?
確かに赤ん坊は何を考えているのか分からないし、すぐ泣くし(僕は滅多に泣かないけど)、怪我しやすいし、慣れないと近づくのも不安かもしれない。
しかし僕は兄様と仲良くなりたいのだ。
できれば抱っこくらいはしてもらいたい。いいや、一緒に遊びたい。ミルクを卒業したら一緒に食事もとりたい。
そして何より、僕は兄様の笑顔が見たい。
...ならば!!
(慣れてもらうだけです!)
そう思い立ったが吉日。
母に必死にアピールして、兄様と二人っきりになれる時間を作ってもらう。
「アステルはイーゼルが大好きねぇ。」と母はにこやかに部屋を出て行った。そこにやってきたイーゼル兄様。いつものように本を広げて微動だにしない。
そんな兄様に、背後からゆっくり近づく。
ゆっくりゆっくり、バレないように。
そしてあと少しで服が掴めそう!というところでバッと立ち上がった兄様はスタスタと部屋の対角線へ行ってしまう。
作戦失敗である。
次は、おもちゃで遊んでアピール。
ボールを兄様の方へ転がしたり、ガラガラを兄様の近くに置いて叩いて遊んで!とアピールしてみたり。
しかし、結果はひと睨み。
どうやら読書の邪魔をしてウザがられてしまったようだ。
最後は、おやつ半分こ。
同じ釜の飯を食べると良いって前世のどっかでも聞いたぐらいだから、同じものを食べれば親近感が湧くかもしれない。
そう思ってメイドに貰った最近お気に入りのクッキーを半分に割る。
...が、今の小さい手では力加減も分からず粉々にしてしまった。
結果、全てのクッキーで挑戦したが、全てボロボロにしてしまう。
最終的には「食べ物で遊んじゃダメよ。」と母に注意されてしまう始末。
...違うのに。僕、前までは絶対できてたのに...と、プライドが折られてしまって落ち込む。
体が全然思い通りにならない。そして作戦も。
そんなこんなで兄様と仲良し大作戦はどれも不発に終わってしまった。もうこうなれば強制的に兄様の視界に入り続け、無理やり慣れて貰うしかない。
題して『時間が解決してくれる作戦』である。
まず第一段階として、兄様は一日中稽古とお勉強で忙しいから、その見学をしたいと母に伝える。
「ぅ、だぅあぁぅ、あぅあぅ!(イーゼル兄様を見に行きたいです!)」
「何かしら?ええっと...あら、イーゼルの稽古を見に行きたいの?」
「ぁう!(そうです!)」
「じゃあ今日はお外のお散歩にしましょうか。」
「なぜ今のでわかるんだ...?」
近くで書類仕事をしていた父が信じられないものを見るように顔をあげた。
確かに、赤ん坊の喃語を完全に理解する母に絶句する父には僕も同意である。なぜあれで分かるのだろう。あうあう言ってるだけなのに。
それに対して「母親の勘ですわ。」と絶対適当に言っている母と共に乳母車に乗った僕は数人のメイドを引き連れて庭へ出ることとなった。執務室に残してきた父は「私も早くアステルと話したいなぁ」とぼやいていた。
乳母車の中で寝転ぶ僕にはまだ外が見えないが、敷地の中にこんな広い庭や、兄様が通うような訓練場があるなんて、すっごいお金持ちだ。なんでも家に仕える騎士団まであるらしい。さすが公爵家。きっとそんじょそこらの金持ちとは格が違うのだろう。
綺麗な青空とそこを時々通る蝶や鳥を眺めていると、遠くから金属の音が聞こえてくる。どうやら訓練場が近いらしい。
その金属音が近くに聞こえだすと、母は僕を乳母車から抱き上げた。
「さあ着いたわよ。見える?アステル。あそこにイーゼルが居るわ。」
柔らかな腕に抱かれながら母の見る方向に目を向けると、そこでは大人と子供が真剣を交わしていた。
もちろん子供の方はイーゼル兄様だ。
黒い手袋を嵌めたまま剣を握りしめて、素早い動きで剣を振るっている。その姿は滴る汗すら宝石のかけらに見えるほど美しい。
(でも!本物の剣で大人と戦ったら危ないです!兄様はまだ子供ですよ?!)
「ぅ!ぅぁう!!うぅ!」
「あら、アステルにはまだ怖いかしら。でもイーゼルは大丈夫よ、ほら。」
そう言った母に促されて再び剣を交わす二人へ目を向けると、兄様は小さい体でありながらその剣先は鋭く速く、大人の剣を力強く受け止め、弾いていた。
まるで舞うような美しい動きはきっと、長い間の鍛錬と元から備わった才能によるものだろう。
大人に比べて小さな体も、俊敏に動く事で利点にすらなっている。
「ぅあう...(すごい...)」
「ね?あなたのお兄様は、とってもかっこいいでしょう?」
「ぁう!(はい!)」
最終的に兄様がその剣で大人の剣を弾き飛ばしたところで、稽古は終わった。
胸元の服で汗を拭うお兄様の赤い目が一瞬こちらを向く。その視線に、見にきたよ!と存在をアピールしようとしたが、すぐに視線は逸らされてしまった。
しゅんとするが、ここまでは想定内である。
午後は座学だから、その時に僕もたくさんこの世界について勉強しつつ、兄様とお近づきになろうと意気込む。
(ここからが本番です!)
うおぉ!!と作戦成功に向けて闘志を燃やす僕を、横目でじっと見つめている兄様には気づかなかった。
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