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一章 呪われた額の痣
第十六話
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しばらくすると、玉代が走って緋花の元へ駆け付けた。
「緋花! お前、黒蝶様の紅を盗んだというのは誠か」
玉代の姿を見て、緋花は大声で泣き出しそうになった。だがぐっと堪える。泣いていても始まらないとわかっていたからだ。
「いいえ。私は盗んでいません」
「それでは、一体なぜこのようなことに……?」
緋花は仕方なく、紅玉に会っていたこと、おそらくそれを侍女の誰かに見られてしまい、黒蝶様に知られてしまっただろうことを話した。それを聞いて、玉代の顔が真っ青になる。
「なんてことを……」
そして深いため息をついた。
いつどこでどうやって知られたのかはわからない。ただ、真珠殿の侍女たちが黒蝶と紅玉の仲を取り持つため必死だったことを考えると、紅玉が金剛殿ではなく翡翠舎ですごしていたことを知っていた可能性は十分ある。
緋花は黙って俯く。
「だから、あれほど気をつけなさいと言っただろう。私にはお前を助けるすべがないんだ」
もちろん緋花も玉代にそんな力があるとは思っていなかった。でも、今は玉代がいてくれることが何より心の支えだった。
「私は……どうなるのでしょうか」
「わからない。黒蝶様はずいぶんお怒りだ」
足音が聞こえた。誰かが階段を降りて地下牢へやって来る。緋花も玉代も階段の方を見た。
「出ろ。紅玉様がお呼びだ」
そういって護衛が牢の扉を開けた。そして緋花の上半身にぐるりと縄をかける。緋花は大人しくされるがまま従った。抵抗したところでなんの意味もない。
緋花は正殿の前へ連れて行かれた。提灯あかりを持った侍女たちがずらりと並んでおり、紅玉とその隣には黒蝶がいる。緋花が初めてここへやって来たときと全く同じだった。
「黒蝶様の私物を盗んだのは誠か」
紅玉の側近である隆邑が訊ねた。
「いえ、違いますっ」
「では一体なぜ、黒蝶様の紅がお前の衣から出て来たのか説明してみよ」
緋花は口を閉じた。説明などできない。誰かの入れ知恵だと証明もできなかった。
その様子を見て、黒蝶は笑った。
「わ、私は決して黒蝶様の紅など、盗んではおりません……! 誰かが私の衣に入れたのではないかとーー」
「自分の罪を認めず、他の者に罪をなすりつけようとするとは! 紅玉様の御前で……とんでもない!」
吐き捨てるように言う黒蝶に、紅玉は「待て、」と声をかける。
「疑わしきは罰せずと言う」
紅玉は黒蝶と隆邑を見て言った。
「本当に緋花が盗んだという証拠はあるのか?」
「紅玉様はこの者の肩を持つのですか? この愚かな人間の小娘に」
「緋花が寝起きする部屋は、他の侍女たちも使っているだろう」
「緋花の衣から紅が出て来たのですよ! それが何よりの証拠ではないですか!」
黒蝶はそう言って緋花の前へやって来て、恐ろしいほどに吊り上がった目で見下ろす。
「この薄汚い盗人がっ」
黒蝶は緋花の髪を掴んだ。緋花は思わず身をよじらせる。しかし拘束されているせいで身動きが取れない。
「黒蝶、その手を離せ」
なおも緋花の味方をする紅玉に、黒蝶の手が震えた。
「な、なぜ、紅玉様はそこまでこの娘に肩入れするのですか! 私は死罪を求めます!」
「お、おやめくださいっ」
緋花が必死に抵抗すると、はらりと額に巻いていた布が取れた。緋花がずっと隠してきた赤い痣が姿を現す。
誰もが息を呑んだ。黒蝶は驚き、緋花の髪を離す。
「お前……」
殴られたかのように黒蝶は後ずさった。
「そ、その額の痣は……!」
緋花は額を曝け出したまま地面に倒れ込む。
それを見ていた侍女たちが一斉に騒ぐ。
「千日紅の痣よ」
「紅玉様の印だわ」
地面から少し顔をあげて、緋花は周囲を見回した。全員の目が自分に向けられている。
「やめろ」
紅玉は黒蝶に目もくれず緋花に駆け寄ると、倒れた緋花の身体を起こし強く抱きしめた。緋花は訳が分からずそのまま紅玉の胸に身体を任せる。
「この緋の刻印が見えぬのか。今すぐに縄を解け」
「で、ですが」
護衛が動揺して黒蝶と紅玉を交互に見ていると、
「俺の命令だ……!」
紅玉が怒鳴り声をあげた。その声は宮殿に響き渡るほど力強く、怒りに震えていた。護衛はすぐさま縄を解く。
「こ……これは、一体どういうことでしょうか……」
濡れた瞳で緋花は紅玉を見つめた。紅玉の黒い瞳に自分の姿が見えた。
「緋花、またお前と出逢えて嬉しい。私は誓った。永久に、お前だけを愛すると」
緋花の両頬を紅玉の白い指先が覆う。そして、紅玉は緋花の額に自分の額を重ね合わせる。
「愛している。もう絶対に離しはしない」
ビリビリと身体中を電撃が走る。
この懐かしい感じはなんだろう。ずっと昔から知っていたような、不思議な感覚だ。安心できる心地よさ。これが愛というものなのか、と緋花は紅玉の手に自分の手を重ねた。
緋花は目を細めて微笑んだ。睫毛の先で涙がきらりと光った。
「緋花! お前、黒蝶様の紅を盗んだというのは誠か」
玉代の姿を見て、緋花は大声で泣き出しそうになった。だがぐっと堪える。泣いていても始まらないとわかっていたからだ。
「いいえ。私は盗んでいません」
「それでは、一体なぜこのようなことに……?」
緋花は仕方なく、紅玉に会っていたこと、おそらくそれを侍女の誰かに見られてしまい、黒蝶様に知られてしまっただろうことを話した。それを聞いて、玉代の顔が真っ青になる。
「なんてことを……」
そして深いため息をついた。
いつどこでどうやって知られたのかはわからない。ただ、真珠殿の侍女たちが黒蝶と紅玉の仲を取り持つため必死だったことを考えると、紅玉が金剛殿ではなく翡翠舎ですごしていたことを知っていた可能性は十分ある。
緋花は黙って俯く。
「だから、あれほど気をつけなさいと言っただろう。私にはお前を助けるすべがないんだ」
もちろん緋花も玉代にそんな力があるとは思っていなかった。でも、今は玉代がいてくれることが何より心の支えだった。
「私は……どうなるのでしょうか」
「わからない。黒蝶様はずいぶんお怒りだ」
足音が聞こえた。誰かが階段を降りて地下牢へやって来る。緋花も玉代も階段の方を見た。
「出ろ。紅玉様がお呼びだ」
そういって護衛が牢の扉を開けた。そして緋花の上半身にぐるりと縄をかける。緋花は大人しくされるがまま従った。抵抗したところでなんの意味もない。
緋花は正殿の前へ連れて行かれた。提灯あかりを持った侍女たちがずらりと並んでおり、紅玉とその隣には黒蝶がいる。緋花が初めてここへやって来たときと全く同じだった。
「黒蝶様の私物を盗んだのは誠か」
紅玉の側近である隆邑が訊ねた。
「いえ、違いますっ」
「では一体なぜ、黒蝶様の紅がお前の衣から出て来たのか説明してみよ」
緋花は口を閉じた。説明などできない。誰かの入れ知恵だと証明もできなかった。
その様子を見て、黒蝶は笑った。
「わ、私は決して黒蝶様の紅など、盗んではおりません……! 誰かが私の衣に入れたのではないかとーー」
「自分の罪を認めず、他の者に罪をなすりつけようとするとは! 紅玉様の御前で……とんでもない!」
吐き捨てるように言う黒蝶に、紅玉は「待て、」と声をかける。
「疑わしきは罰せずと言う」
紅玉は黒蝶と隆邑を見て言った。
「本当に緋花が盗んだという証拠はあるのか?」
「紅玉様はこの者の肩を持つのですか? この愚かな人間の小娘に」
「緋花が寝起きする部屋は、他の侍女たちも使っているだろう」
「緋花の衣から紅が出て来たのですよ! それが何よりの証拠ではないですか!」
黒蝶はそう言って緋花の前へやって来て、恐ろしいほどに吊り上がった目で見下ろす。
「この薄汚い盗人がっ」
黒蝶は緋花の髪を掴んだ。緋花は思わず身をよじらせる。しかし拘束されているせいで身動きが取れない。
「黒蝶、その手を離せ」
なおも緋花の味方をする紅玉に、黒蝶の手が震えた。
「な、なぜ、紅玉様はそこまでこの娘に肩入れするのですか! 私は死罪を求めます!」
「お、おやめくださいっ」
緋花が必死に抵抗すると、はらりと額に巻いていた布が取れた。緋花がずっと隠してきた赤い痣が姿を現す。
誰もが息を呑んだ。黒蝶は驚き、緋花の髪を離す。
「お前……」
殴られたかのように黒蝶は後ずさった。
「そ、その額の痣は……!」
緋花は額を曝け出したまま地面に倒れ込む。
それを見ていた侍女たちが一斉に騒ぐ。
「千日紅の痣よ」
「紅玉様の印だわ」
地面から少し顔をあげて、緋花は周囲を見回した。全員の目が自分に向けられている。
「やめろ」
紅玉は黒蝶に目もくれず緋花に駆け寄ると、倒れた緋花の身体を起こし強く抱きしめた。緋花は訳が分からずそのまま紅玉の胸に身体を任せる。
「この緋の刻印が見えぬのか。今すぐに縄を解け」
「で、ですが」
護衛が動揺して黒蝶と紅玉を交互に見ていると、
「俺の命令だ……!」
紅玉が怒鳴り声をあげた。その声は宮殿に響き渡るほど力強く、怒りに震えていた。護衛はすぐさま縄を解く。
「こ……これは、一体どういうことでしょうか……」
濡れた瞳で緋花は紅玉を見つめた。紅玉の黒い瞳に自分の姿が見えた。
「緋花、またお前と出逢えて嬉しい。私は誓った。永久に、お前だけを愛すると」
緋花の両頬を紅玉の白い指先が覆う。そして、紅玉は緋花の額に自分の額を重ね合わせる。
「愛している。もう絶対に離しはしない」
ビリビリと身体中を電撃が走る。
この懐かしい感じはなんだろう。ずっと昔から知っていたような、不思議な感覚だ。安心できる心地よさ。これが愛というものなのか、と緋花は紅玉の手に自分の手を重ねた。
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