16 / 22
一章 呪われた額の痣
第十五話
しおりを挟む
翡翠舎を出た頃には本当に日が沈みかけていた。きょうはいつもよりずいぶんと長く話し込んでしまったらしい。
大変だ、これでは遅刻してしまう。
緋花は走って真珠殿へ戻った。
いつもは誰より先に起きて、黒蝶の身支度に伴う準備をしていた。だが、真珠殿へ戻るとすでに他の侍女たちが準備をしている最中だった。
「申し訳ございません、今すぐ準備を……」
「ああ、大丈夫よ。このくらい、私たちでもさっさとできるから」
てっきり暴言を吐かれると覚悟していた緋花には、にこやかに笑いかけてくる侍女たちが不気味に映る。なぜだか、嫌な予感がした。
「まぁ、黒蝶様の紅がないわ」
侍女のひとりが化粧箱から化粧道具を出しながら騒ぐ。
「紅ですか?」
そんなはずはない。きのう使った後ちゃんと化粧箱へ片付けたはずだ。
緋花は化粧箱の中を探してみた。だが、本当になかった。
「あの紅は紅玉様から黒蝶様へ贈られた大変貴重なものです。皆で探すのです」
美鈴が言う。
侍女たちで真珠殿の隅々を探した。しかし見つからない。
紅玉様から贈られた大切な紅を失くしてしまったとしたら、大変なことになる。どうしよう。どこへ行ったんだろう。
緋花は血眼になって探し続けた。化粧箱を何度もひっくり返すも、紅はない。
「ありましたっ!」
そう言って、緋花がきのう羽織っていた着物を持った侍女が出て来た。袂の中に手を入れ、引き抜くとそこには紅があった。
「緋花、お前が盗んだのかっ」
黒蝶の叫び声がした。緋花が振り返ると黒蝶と目が合う。
黒蝶は唇を振るわせ、頬は紅をさしたように赤い。
「お前が盗んだのかと聞いている!」
「そんな……いえ……私は何も……」
緋花には何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。当然、緋花には心当たりがない。でも間違いなく紅は緋花の着物から出て来た。
「お前の着物から出て来ただろう! お前が盗んだのだ!」
黒蝶の顔は醜く歪み、緋花は何も言えなくなった。
「捉えよ」
美鈴の一言で、侍女たちが緋花を取り押さえる。緋花は指先ひとつ動かせないのではないか、と思うくらい強く身体を押さえ込まれた。
「な、何かの間違いです……私は……黒蝶様の紅を盗んではおりません」
ようやく出た声はか細く、怒り狂った黒蝶の耳には届いていないようだった。
「紅玉様へ報告しに行く。連れていけ」
何かが変だ。おかしい。
緋花が恐怖で思わず涙を流すと、侍女のひとりがこそっと耳元で囁いた。
「あんたが悪いんだよ。こそこそ紅玉様と逢引なんてするから」
え、と侍女の方を見る。彼女はにたりと笑った。
緋花はそのまま連れ出され、灯りひとつない真っ暗な牢獄へ入れられた。
「待ってくださいっ! 私は何もしておりません!」
地下牢で緋花の声が響き渡る。しかし誰も緋花の言葉に耳を傾けてはくれなかった。
大変だ、これでは遅刻してしまう。
緋花は走って真珠殿へ戻った。
いつもは誰より先に起きて、黒蝶の身支度に伴う準備をしていた。だが、真珠殿へ戻るとすでに他の侍女たちが準備をしている最中だった。
「申し訳ございません、今すぐ準備を……」
「ああ、大丈夫よ。このくらい、私たちでもさっさとできるから」
てっきり暴言を吐かれると覚悟していた緋花には、にこやかに笑いかけてくる侍女たちが不気味に映る。なぜだか、嫌な予感がした。
「まぁ、黒蝶様の紅がないわ」
侍女のひとりが化粧箱から化粧道具を出しながら騒ぐ。
「紅ですか?」
そんなはずはない。きのう使った後ちゃんと化粧箱へ片付けたはずだ。
緋花は化粧箱の中を探してみた。だが、本当になかった。
「あの紅は紅玉様から黒蝶様へ贈られた大変貴重なものです。皆で探すのです」
美鈴が言う。
侍女たちで真珠殿の隅々を探した。しかし見つからない。
紅玉様から贈られた大切な紅を失くしてしまったとしたら、大変なことになる。どうしよう。どこへ行ったんだろう。
緋花は血眼になって探し続けた。化粧箱を何度もひっくり返すも、紅はない。
「ありましたっ!」
そう言って、緋花がきのう羽織っていた着物を持った侍女が出て来た。袂の中に手を入れ、引き抜くとそこには紅があった。
「緋花、お前が盗んだのかっ」
黒蝶の叫び声がした。緋花が振り返ると黒蝶と目が合う。
黒蝶は唇を振るわせ、頬は紅をさしたように赤い。
「お前が盗んだのかと聞いている!」
「そんな……いえ……私は何も……」
緋花には何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。当然、緋花には心当たりがない。でも間違いなく紅は緋花の着物から出て来た。
「お前の着物から出て来ただろう! お前が盗んだのだ!」
黒蝶の顔は醜く歪み、緋花は何も言えなくなった。
「捉えよ」
美鈴の一言で、侍女たちが緋花を取り押さえる。緋花は指先ひとつ動かせないのではないか、と思うくらい強く身体を押さえ込まれた。
「な、何かの間違いです……私は……黒蝶様の紅を盗んではおりません」
ようやく出た声はか細く、怒り狂った黒蝶の耳には届いていないようだった。
「紅玉様へ報告しに行く。連れていけ」
何かが変だ。おかしい。
緋花が恐怖で思わず涙を流すと、侍女のひとりがこそっと耳元で囁いた。
「あんたが悪いんだよ。こそこそ紅玉様と逢引なんてするから」
え、と侍女の方を見る。彼女はにたりと笑った。
緋花はそのまま連れ出され、灯りひとつない真っ暗な牢獄へ入れられた。
「待ってくださいっ! 私は何もしておりません!」
地下牢で緋花の声が響き渡る。しかし誰も緋花の言葉に耳を傾けてはくれなかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
御伽噺のその先へ
雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。
高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。
彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。
その王子が紗良に告げた。
「ねえ、俺と付き合ってよ」
言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。
王子には、誰にも言えない秘密があった。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜
長月京子
キャラ文芸
【第8回キャラ文芸大賞にエントリー中、次回更新は2025年1月1日前後】
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。
幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。
時は明治。
異形が跋扈する帝都。
洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。
侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。
「私の花嫁は彼女だ」と。
幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。
その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。
文明開化により、華やかに変化した帝都。
頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には?
人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。
(※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております)
第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございました!
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる