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一章 呪われた額の痣

第十五話

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 翡翠舎を出た頃には本当に日が沈みかけていた。きょうはいつもよりずいぶんと長く話し込んでしまったらしい。
 大変だ、これでは遅刻してしまう。
 緋花は走って真珠殿へ戻った。
 いつもは誰より先に起きて、黒蝶の身支度に伴う準備をしていた。だが、真珠殿へ戻るとすでに他の侍女たちが準備をしている最中だった。

「申し訳ございません、今すぐ準備を……」
「ああ、大丈夫よ。このくらい、私たちでもさっさとできるから」

 てっきり暴言を吐かれると覚悟していた緋花には、にこやかに笑いかけてくる侍女たちが不気味に映る。なぜだか、嫌な予感がした。

「まぁ、黒蝶様の紅がないわ」

 侍女のひとりが化粧箱から化粧道具を出しながら騒ぐ。

「紅ですか?」

 そんなはずはない。きのう使った後ちゃんと化粧箱へ片付けたはずだ。
 緋花は化粧箱の中を探してみた。だが、本当になかった。

「あの紅は紅玉様から黒蝶様へ贈られた大変貴重なものです。皆で探すのです」

 美鈴が言う。
 侍女たちで真珠殿の隅々を探した。しかし見つからない。
 紅玉様から贈られた大切な紅を失くしてしまったとしたら、大変なことになる。どうしよう。どこへ行ったんだろう。
 緋花は血眼になって探し続けた。化粧箱を何度もひっくり返すも、紅はない。

「ありましたっ!」

 そう言って、緋花がきのう羽織っていた着物を持った侍女が出て来た。袂の中に手を入れ、引き抜くとそこには紅があった。

「緋花、お前が盗んだのかっ」

 黒蝶の叫び声がした。緋花が振り返ると黒蝶と目が合う。
 黒蝶は唇を振るわせ、頬は紅をさしたように赤い。

「お前が盗んだのかと聞いている!」
「そんな……いえ……私は何も……」

 緋花には何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。当然、緋花には心当たりがない。でも間違いなく紅は緋花の着物から出て来た。

「お前の着物から出て来ただろう! お前が盗んだのだ!」

 黒蝶の顔は醜く歪み、緋花は何も言えなくなった。

「捉えよ」

 美鈴の一言で、侍女たちが緋花を取り押さえる。緋花は指先ひとつ動かせないのではないか、と思うくらい強く身体を押さえ込まれた。

「な、何かの間違いです……私は……黒蝶様の紅を盗んではおりません」

 ようやく出た声はか細く、怒り狂った黒蝶の耳には届いていないようだった。

「紅玉様へ報告しに行く。連れていけ」

 何かが変だ。おかしい。
 緋花が恐怖で思わず涙を流すと、侍女のひとりがこそっと耳元で囁いた。

「あんたが悪いんだよ。こそこそ紅玉様と逢引なんてするから」

 え、と侍女の方を見る。彼女はにたりと笑った。

 緋花はそのまま連れ出され、灯りひとつない真っ暗な牢獄へ入れられた。

「待ってくださいっ! 私は何もしておりません!」

 地下牢で緋花の声が響き渡る。しかし誰も緋花の言葉に耳を傾けてはくれなかった。
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