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一章 呪われた額の痣

第八話

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 岩陰に立ち、隙間を覗く。真っ暗だ。緋花が村で灯りも持たず、夜道を歩いていても心細くなかったのは、星や月が輝いてくれていたからだ。でもこの先は一筋の光もない、漆黒の闇だ。それがどこまでもどこまでも、永遠に広がっているように見えた。
 カラン、と何かが転がる音がした。その音がとても大きく聞こえて、緋花は身体を震わせ大木の方へ身を寄せる。
 心臓が飛び出しそうだった。走った後のように息が上がる。
 少し鼓動を落ち着かせると、緋花はもう一度、そっと岩の隙間を覗き込んだ。すると、ぼんやりと遠くの方で灯りが見えた。誰かが光を持って立っているようだ。
 その光が緋花の足を、一歩一歩前へ進ませる。

 振り返ると、籠を運んだふたりが頭を深々と下げていた。緋花は「行って参ります」と一言、喉から絞り出すように言うと穴の中へ入って行った。

 光があるだけで、穴の中がよく見えた。小さな石がころころ転がっているだけで、特に何もなかった。足元に気を付けながら緋花はゆっくりと歩く。
 光は近くなりそうでずっと遠かった。誰かが先を歩いているのは間違いない。ただ、誰が灯りを持っているのかははっきりとは見えなかった。顔を隠すように衣を羽織っているようだ。それが人なのか鬼なのか。緋花にもわからなかった。

 次第に光は強くなっていく。穴の出口が見えた。穴の出口に灯りが置かれている。もう誰もいなかった。
 穴を出た先はただまっすぐ伸びる道がある。周囲は木や草が生い茂っているが、特に鬼の国だからと言って違いはなかった。空には星が輝き、上弦の月が見える。緋花は少しほっとして胸を撫で下ろす。
 しかし依然として状況は変わらない。今すぐに取って喰われないだけで、緋花は生贄だった。

 そのまま道を歩いていくと、ざわざわと声が聞こえてきた。灯りも見える。ずいぶん明るかった。
 こんな時間なのに、まるでお祭りみたい。
光や声のする方へ近づくと大きな赤い門が見えた。前にはふたりの門番がいる。

「お前が生贄か」

 鬼と言われて緋花が想像していたのは、牙や角が生えた人とはかけ離れた化け物の姿だった。だがこのふたりの門番は、緋花にはとても鬼には見えなかった。

「はい」

 緋花が答えると門が開いた。
 眩しい光に、思わず緋花は顔を顰める。

 そこは商売屋がずらりと並ぶ街だった。米屋や八百屋などの食料を扱う店から、呉服屋や下駄屋、本屋、鍛冶屋などもある。
 鬼の国では誰も眠らないのか。それとも鬼とは夜に活動するものなのか。緋花はあっけにとられ、門の前で突っ立っていた。

「何をぼんやりしているんだい」

 緋花は声をかけられハッと我に返った。

「あんたが生贄の娘だね」

 片はずしのように笄を髪に挿し、赤い着物を着た女が緋花に鋭い視線を向けていた。

「は、はい、さようでございます」
「何をぼやぼやしているんだい。帝がお待ちだよ」

 さっさとついて来なさい、と女はすぐに背を向け歩いていく。緋花は慌ててその後に続いた。
 鬼はどこにいるのか。緋花は街中を歩きながら思った。どの街人もただの人に見えた。

 
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