9 / 22
一章 呪われた額の痣
第八話
しおりを挟む
岩陰に立ち、隙間を覗く。真っ暗だ。緋花が村で灯りも持たず、夜道を歩いていても心細くなかったのは、星や月が輝いてくれていたからだ。でもこの先は一筋の光もない、漆黒の闇だ。それがどこまでもどこまでも、永遠に広がっているように見えた。
カラン、と何かが転がる音がした。その音がとても大きく聞こえて、緋花は身体を震わせ大木の方へ身を寄せる。
心臓が飛び出しそうだった。走った後のように息が上がる。
少し鼓動を落ち着かせると、緋花はもう一度、そっと岩の隙間を覗き込んだ。すると、ぼんやりと遠くの方で灯りが見えた。誰かが光を持って立っているようだ。
その光が緋花の足を、一歩一歩前へ進ませる。
振り返ると、籠を運んだふたりが頭を深々と下げていた。緋花は「行って参ります」と一言、喉から絞り出すように言うと穴の中へ入って行った。
光があるだけで、穴の中がよく見えた。小さな石がころころ転がっているだけで、特に何もなかった。足元に気を付けながら緋花はゆっくりと歩く。
光は近くなりそうでずっと遠かった。誰かが先を歩いているのは間違いない。ただ、誰が灯りを持っているのかははっきりとは見えなかった。顔を隠すように衣を羽織っているようだ。それが人なのか鬼なのか。緋花にもわからなかった。
次第に光は強くなっていく。穴の出口が見えた。穴の出口に灯りが置かれている。もう誰もいなかった。
穴を出た先はただまっすぐ伸びる道がある。周囲は木や草が生い茂っているが、特に鬼の国だからと言って違いはなかった。空には星が輝き、上弦の月が見える。緋花は少しほっとして胸を撫で下ろす。
しかし依然として状況は変わらない。今すぐに取って喰われないだけで、緋花は生贄だった。
そのまま道を歩いていくと、ざわざわと声が聞こえてきた。灯りも見える。ずいぶん明るかった。
こんな時間なのに、まるでお祭りみたい。
光や声のする方へ近づくと大きな赤い門が見えた。前にはふたりの門番がいる。
「お前が生贄か」
鬼と言われて緋花が想像していたのは、牙や角が生えた人とはかけ離れた化け物の姿だった。だがこのふたりの門番は、緋花にはとても鬼には見えなかった。
「はい」
緋花が答えると門が開いた。
眩しい光に、思わず緋花は顔を顰める。
そこは商売屋がずらりと並ぶ街だった。米屋や八百屋などの食料を扱う店から、呉服屋や下駄屋、本屋、鍛冶屋などもある。
鬼の国では誰も眠らないのか。それとも鬼とは夜に活動するものなのか。緋花はあっけにとられ、門の前で突っ立っていた。
「何をぼんやりしているんだい」
緋花は声をかけられハッと我に返った。
「あんたが生贄の娘だね」
片はずしのように笄を髪に挿し、赤い着物を着た女が緋花に鋭い視線を向けていた。
「は、はい、さようでございます」
「何をぼやぼやしているんだい。帝がお待ちだよ」
さっさとついて来なさい、と女はすぐに背を向け歩いていく。緋花は慌ててその後に続いた。
鬼はどこにいるのか。緋花は街中を歩きながら思った。どの街人もただの人に見えた。
カラン、と何かが転がる音がした。その音がとても大きく聞こえて、緋花は身体を震わせ大木の方へ身を寄せる。
心臓が飛び出しそうだった。走った後のように息が上がる。
少し鼓動を落ち着かせると、緋花はもう一度、そっと岩の隙間を覗き込んだ。すると、ぼんやりと遠くの方で灯りが見えた。誰かが光を持って立っているようだ。
その光が緋花の足を、一歩一歩前へ進ませる。
振り返ると、籠を運んだふたりが頭を深々と下げていた。緋花は「行って参ります」と一言、喉から絞り出すように言うと穴の中へ入って行った。
光があるだけで、穴の中がよく見えた。小さな石がころころ転がっているだけで、特に何もなかった。足元に気を付けながら緋花はゆっくりと歩く。
光は近くなりそうでずっと遠かった。誰かが先を歩いているのは間違いない。ただ、誰が灯りを持っているのかははっきりとは見えなかった。顔を隠すように衣を羽織っているようだ。それが人なのか鬼なのか。緋花にもわからなかった。
次第に光は強くなっていく。穴の出口が見えた。穴の出口に灯りが置かれている。もう誰もいなかった。
穴を出た先はただまっすぐ伸びる道がある。周囲は木や草が生い茂っているが、特に鬼の国だからと言って違いはなかった。空には星が輝き、上弦の月が見える。緋花は少しほっとして胸を撫で下ろす。
しかし依然として状況は変わらない。今すぐに取って喰われないだけで、緋花は生贄だった。
そのまま道を歩いていくと、ざわざわと声が聞こえてきた。灯りも見える。ずいぶん明るかった。
こんな時間なのに、まるでお祭りみたい。
光や声のする方へ近づくと大きな赤い門が見えた。前にはふたりの門番がいる。
「お前が生贄か」
鬼と言われて緋花が想像していたのは、牙や角が生えた人とはかけ離れた化け物の姿だった。だがこのふたりの門番は、緋花にはとても鬼には見えなかった。
「はい」
緋花が答えると門が開いた。
眩しい光に、思わず緋花は顔を顰める。
そこは商売屋がずらりと並ぶ街だった。米屋や八百屋などの食料を扱う店から、呉服屋や下駄屋、本屋、鍛冶屋などもある。
鬼の国では誰も眠らないのか。それとも鬼とは夜に活動するものなのか。緋花はあっけにとられ、門の前で突っ立っていた。
「何をぼんやりしているんだい」
緋花は声をかけられハッと我に返った。
「あんたが生贄の娘だね」
片はずしのように笄を髪に挿し、赤い着物を着た女が緋花に鋭い視線を向けていた。
「は、はい、さようでございます」
「何をぼやぼやしているんだい。帝がお待ちだよ」
さっさとついて来なさい、と女はすぐに背を向け歩いていく。緋花は慌ててその後に続いた。
鬼はどこにいるのか。緋花は街中を歩きながら思った。どの街人もただの人に見えた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
DWバース ―― ねじれた絆 ――
猫宮乾
キャラ文芸
完璧な助手スキルを持つ僕(朝倉水城)は、待ち望んでいた運命の探偵(山縣正臣)と出会った。だが山縣は一言で評するとダメ探偵……いいや、ダメ人間としか言いようがなかった。なんでこの僕が、生活能力も推理能力もやる気も皆無の山縣なんかと組まなきゃならないのだと思ってしまう。けれど探偵機構の判定は絶対だから、僕の運命の探偵は、世界でただ一人、山縣だけだ。切ないが、今日も僕は頑張っていこう。そしてある日、僕は失っていた過去の記憶と向き合う事となる。※独自解釈・設定を含むDWバースです。DWバースは、端的に言うと探偵は助手がいないとダメというようなバース(世界観)のお話です。【序章完結まで1日数話更新予定、第一章からはその後や回想・事件です】
紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭
響 蒼華
キャラ文芸
始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。
当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。
ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。
しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。
人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。
鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。
バリキャリオトメとボロボロの座敷わらし
春日あざみ
キャラ文芸
山奥の旅館「三枝荘」の皐月の間には、願いを叶える座敷わらし、ハルキがいた。
しかし彼は、あとひとつ願いを叶えれば消える運命にあった。最後の皐月の間の客は、若手起業家の横小路悦子。
悦子は三枝荘に「自分を心から愛してくれる結婚相手」を望んでやってきていた。しかしハルキが身を犠牲にして願いを叶えることを知り、願いを断念する。個性的な彼女に惹かれたハルキは、力を使わずに結婚相手探しを手伝うことを条件に、悦子の家に転がり込む。
ハルキは街で出会ったあやかし仲間の力を借り、悦子の婚活を手伝いつつも、悦子の気を引こうと奮闘する。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる