鬼の国の贄姫は死者を弔い紅をさす

フドワーリ 野土香

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一章 呪われた額の痣

第四話

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 できることなら、私も普通の娘のように、楽しんで化粧がしたかった。
 しかし緋花はすぐに首を横に振る。
 これまで何ひとつ不自由せずに生きて来られたのは、村の人たちのおかげだ。その恩は返さなくてはならない。それがたとえ、死であったとしても。だから、そんなことを思ってはいけない、と。

 化粧を終え、緋花は彼女をもう一度ゆっくりと眺めた。
 おそらくあした、葬儀が行われるだろう。土葬が主流で、遺体は座ったまま樽のような棺桶に入れられ埋葬される。
 着物が少し着崩れしていたので整える。胸元に何か硬いものがあり、引き出すと櫛だった。美しい鼈甲の櫛だ。きっと大切なものなのだろうと、緋花は彼女の手にそれを握らせておいた。
 遺体に化粧を施す際、緋花はなるべく自然な化粧を心がけた。全く化粧なしではなく、派手な化粧でもなく、来の彼女の良さを引き立てるような薄い化粧だ。だから紅もきっちりとは塗らず、ほんのりと赤くした。

「とっても綺麗ですよ」

 そう声をかけると彼女が緋花に微笑んだような気がして、緋花も微笑み返した。
 さてと、と緋花は化粧道具を箱に片付け始める。

「こんな時間に何をしている」

 背後から声をかけられ、緋花は思わず手を止め身を固くした。
 どうしよう。見つかってしまった。
 頭の中が真っ白になる。

「何をしているのかと聞いている」

 男は緋花の腕を取ると、自分の方を向かせた。
 緋花は男と目が合う。この村の住人ではないと一目見てわかった。上等な着物を着ている。立ち姿がとても凛々しい青年だった。

「……け、化粧を施しておりました」

 緋花は化粧道具を置き、すぐ床に正座すると深々と頭を下げる。

「ど、どうか……このことは内密にしていただけませんでしょうか」

 咎められませんように、と緋花はぎゅっと目を閉じただ心の中で祈った。

「死者に化粧を……?」
「はい、さようでございます。亡くなった方への餞にと」

 すると青年は「そうか」と頷いた。

「そなた、名はなんと申すか」
「はい、緋花と申します」
「悪いことをしているのではないのに、なぜ内密にする必要がある?」
「それは……」

 死体から病をもらう可能性がある。もし病をもらい、十五歳になる五月を待たず死んでしまったら大変だ。でも、緋花はどうしても遺体を綺麗にしてあげたかった。今の自分にできることはそのくらいしかないと思っていたのだ。

「仕事中に、引き留めてしまいすまなかった」

 答えられずにいる緋花に、康豊は謝った。

「仕事中だなんて……とんでもございません」
「いや、立派な仕事だ」

 緋花が顔を上げると、青年は薄っすらと笑みを浮かべているように見えた。

「ありがとうございます」
「康豊だ。家まで送ろう」

 青年――康豊はそう言って戸を開けた。

「いえ、ひとりで大丈夫です」
「何を言っている。ひとりでは危ない。荷物は私が持とう」

 康豊は緋花の化粧箱を持ち上げた。

「美しい化粧道具だ」

 手に持った化粧箱をまじまじと見ながら言う。

「母の形見なのです」
「そうか。お母上はいつ亡くなられたのだ」
「私を産んですぐです」

 緋花が答えると「すまないことを聞いた」とまた謝った。
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