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一章 呪われた額の痣

第二話

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 遥か昔からこの常世国とこよのくにの人々は鬼による災いを避けるため、齢十五歳となる少女たちを生贄として差し出す生活を虐げられてきた。ここ、鬼ノ口村もそのひとつだ。
 今の帝――光延が住む都を取り囲むようにあるいくつかの村で、毎年交互に生贄を差し出していた。鬼ノ口村は、鬼たちが住むと言われている山のちょうど麓辺りにあることから、鬼ノ口村と呼ばれていた。鬼ノ口村は十五年の周期で生贄を求められており、今年がちょうど前の生贄を差し出してから十五年になる。村はその準備で大忙しだった。

「緋花様」

 黒い髪は艶やかに長く伸び、白い肌は日の光を浴びていないようだった。白衣はくえに緋色の捻襠袴ねじまちばかま姿の緋花は、声のする方を振り返る。庭に咲く桜の木には、薄桃色の桜の花でいっぱいだ。

「絹さん」

 絹は、緋花を取り上げた産婆だ。生まれてからずっと、緋花を我が子のように大切に育ててくれた育ての母でもある。
 でも、本当の母ではない。本当の母のぬくもりも、父のぬくもりも何も緋花は知らない。

「また綺麗に化粧を施されたのですね」

 緋花は少しだけ眉尻を下げて、困り顔で笑った。それから自分の額に手を伸ばす。
 額にある千日紅のような痣は、緋花が生まれたときからあったと絹から聞かされていた。他のどこにも痣はないのに、額のど真ん中、目立つところに痣の花はあった。緋花はそれが嫌いだった。村人たちにもいつも見られているような気がして、緋花は化粧で綺麗に隠していた。
 緋花の母紗江は、緋花にたったひとつ化粧箱を残していた。しかし、ただの化粧箱ではない。唐草模様が美しい蒔絵眉作箱まきえまゆつくりばこだ。皇族や貴族たちが嫁入りの道具として揃えたりするような高価な化粧箱を、貧しかった紗江がなぜ持っていたのかは誰にもわからない。
 緋花はいつも化粧箱を大切に持っていた。

「衣装合わせは済みましたか」
「はい、先ほど、お菊さんたちが持って来てくださいました」

 緋花が生贄として鬼ノ口村を出るまで、あと一か月と少し。
 緋花はあまり深く考えないよう、この十五年の月日を生きて来た。村の人たちは皆優しい。食事の支度に着るものの世話、風邪を引けば誰より先に医者が駆け付けてくれた。でもそれは、生贄として十五歳まで健康で生き延びる必要があったからだと緋花は知っている。
 でも、それでもいい。父も母もいない私が、十五歳まで生きられたのは奇跡なのだから。
 ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる。緋花はそれをそっと手のひらで受け止めながら、心な中で静かに呟いた。
 十五年間、こんなにも美しい桜の花たちを愛でることができた。寒さに震えることも、飢えで苦しむこともなく、それは大切に育ててもらった。
 ただ、寂しい。
 ふっと風が吹き、桜の花びらは緋花の手のひらから飛んで行った。

「また、死者が出たそうですよ」

 絹が緋花の寂しそうな表情を見てか、話題を変えた。

「……また、ですか」

 ここ最近、村では突然死する若者が増えていた。大体十代から二十代くらいの男女で、貧しい者が多かった。何かの流行り病かと騒がれていたが、特に目立った外傷はないし死んだ者たちも死ぬ直前まで元気だったという。これもまた、鬼たちの呪いではないかと噂されていた。
 緋花は、もしかしたら自分が生贄となればこの奇妙な病は消えるのではないかと予想していた。鬼たちがどうやって死をもたらしているのかはわからないが、村人たちは皆鬼を怖がっていた。

「亡くなった方は、女性ですか?」
「そうらしいですよ」

 絹はそう言って「駄目ですよ、もう」とすぐに釘を刺す。

「なんのことですか?」
「わかってるくせに」

 とぼける緋花に絹は口を尖らせた。

「もしうつる病だったらどうするのですか」
「大丈夫。うつる病じゃないですよ」
「なんの根拠もないでしょう」

 ふふ、と笑う緋花に、絹は大きなため息をついた。

「駄目ですよ、もしこんなことがお菊さんたちに知られたら私が怒られます」
「絶対に知られないよう、注意しますから」

 絹が緋花の隣に座ると、ふたりは寄り添うように並んだ。
 桜の花びらが雨のように降り注ぐ。庭には花びらが積もり、寝転がればふわふわで気持ちよさそうだな、と緋花は思った。

「……ごめんなさい」

 唐突に絹が謝った。

「どうして謝るんですか?」
「ごめん……なさい……」

 絹は緋花の肩にそっと頭を傾けた。絹は小刻みに揺れている。緋花は振動を感じた。絹は声を押し殺すように泣いていた。

「大丈夫ですよ、絹さん」

 緋花はそう言って、絹の震える肩を抱き寄せた。白衣が絹の涙で温かく濡れていた。
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