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一章 呪われた額の痣
第一話
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五月雨の月。雲に隠れて月は見えず、雨は幾日も続き、鬼ノ口村の誰もが永遠に降りやまないように感じていた。
雨音だけが大きく聞こえる深夜、小さな産声を上げてひとりの女児が誕生した。
「母親は……駄目だった……」
産婆の腕に抱かれた赤子は、予定よりもひと月早くこの世界へ生まれ落ちた。我が子の産声と同時にこの世界を去った母――紗江に似て色が白く、先日取り上げた赤子と比べたらずいぶん小さい。産婆には病弱そうに見えた。そして、額にある不気味な緋色の痣。千日紅のような形をしている。
赤子は生まれて数分でも懸命に泣き、母を求めているようだった。
産婆は赤子を抱え雨に濡れないよう気を付けながら、小走りで村にある小さな講堂へ急いだ。傘もささず、着物はじっとりと濡れる。
講堂の戸を引くと、村人たちが深夜にもかかわらず大勢集まっていた。
「紗江は」
この村で一番の古株のお菊が訊ねる。開いた口からは前歯が二本だけ覗いていた。背中は大きく曲がり、白髪の長い髪を一つ後ろで束ねている。
「紗江は死にました。父親の弘彦も半月前に病死しています。この子には身寄りがありません」
お菊は赤子を受け取るとそっと覗き込んだ。
「ずいぶんと小さいようだが」
「予定よりひと月も早く生まれているので、仕方がないかと。紗江も元々病弱でしたので、なんとも言えませんが、それでもこの子は懸命に生きています」
「この額の痣はなんだ」
「それは、生まれつきあったものです」
村人たちが次々と赤子の顔を覗き込み、眉間に皺を寄せた。
灯した蝋燭がゆらゆらと揺れる。村人たちの姿が不気味に浮かび上がっていた。
「これは呪いの痣だ。この村で生まれて七十年、今までこんな痣は見たことがない」
お菊が言った。
「つい先日、あの子を逝かせたばかりだ。送るのは決まってこの長雨の季節。この子が一か月早く生まれて来たのは、こうなる巡り合わせだよ。十五年後のために」
お菊の言葉を聞き、他の村人たちが「それならば」と口を揃えて頷く。
「だが問題は、この子が十五まで生きられるかどうかだ」
「確かに、十五までに死なれては困る」
ふたりの若い男が唸る。
「だったら、お前んとこの子を差し出すか?」
お菊がふたりを見て訊ねる。
講堂の中がやけに静かになった。
男たちは押し黙り、それ以上何も言わなかった。
「私たちが全力で、この子を十五歳になるまで大切に守り育てる。それしか道はない」
お腹が空いているからか、赤子はなかなか泣き止まない。お菊はよしよしと慣れた手つきであやした。
「お前の名は、緋花だよ」
赤子――緋花はこうして、鬼ノ口村から出される生贄として育てられることとなった。
雨音だけが大きく聞こえる深夜、小さな産声を上げてひとりの女児が誕生した。
「母親は……駄目だった……」
産婆の腕に抱かれた赤子は、予定よりもひと月早くこの世界へ生まれ落ちた。我が子の産声と同時にこの世界を去った母――紗江に似て色が白く、先日取り上げた赤子と比べたらずいぶん小さい。産婆には病弱そうに見えた。そして、額にある不気味な緋色の痣。千日紅のような形をしている。
赤子は生まれて数分でも懸命に泣き、母を求めているようだった。
産婆は赤子を抱え雨に濡れないよう気を付けながら、小走りで村にある小さな講堂へ急いだ。傘もささず、着物はじっとりと濡れる。
講堂の戸を引くと、村人たちが深夜にもかかわらず大勢集まっていた。
「紗江は」
この村で一番の古株のお菊が訊ねる。開いた口からは前歯が二本だけ覗いていた。背中は大きく曲がり、白髪の長い髪を一つ後ろで束ねている。
「紗江は死にました。父親の弘彦も半月前に病死しています。この子には身寄りがありません」
お菊は赤子を受け取るとそっと覗き込んだ。
「ずいぶんと小さいようだが」
「予定よりひと月も早く生まれているので、仕方がないかと。紗江も元々病弱でしたので、なんとも言えませんが、それでもこの子は懸命に生きています」
「この額の痣はなんだ」
「それは、生まれつきあったものです」
村人たちが次々と赤子の顔を覗き込み、眉間に皺を寄せた。
灯した蝋燭がゆらゆらと揺れる。村人たちの姿が不気味に浮かび上がっていた。
「これは呪いの痣だ。この村で生まれて七十年、今までこんな痣は見たことがない」
お菊が言った。
「つい先日、あの子を逝かせたばかりだ。送るのは決まってこの長雨の季節。この子が一か月早く生まれて来たのは、こうなる巡り合わせだよ。十五年後のために」
お菊の言葉を聞き、他の村人たちが「それならば」と口を揃えて頷く。
「だが問題は、この子が十五まで生きられるかどうかだ」
「確かに、十五までに死なれては困る」
ふたりの若い男が唸る。
「だったら、お前んとこの子を差し出すか?」
お菊がふたりを見て訊ねる。
講堂の中がやけに静かになった。
男たちは押し黙り、それ以上何も言わなかった。
「私たちが全力で、この子を十五歳になるまで大切に守り育てる。それしか道はない」
お腹が空いているからか、赤子はなかなか泣き止まない。お菊はよしよしと慣れた手つきであやした。
「お前の名は、緋花だよ」
赤子――緋花はこうして、鬼ノ口村から出される生贄として育てられることとなった。
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