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突然現れた翔は、いつの間にかいるのが当たり前になった。みんなにも当然見えているような気になって、本当にまだ生きている気がした。そうであってほしいと、ずっと願っていた。本当は、翔が最初からついていた馬鹿げた嘘だと、思いたかった。そうに違いないと、そうなんだと思い込もうとしていた。
だから私は翔のことを書きたくなかった。書いたら、翔がいなくなってしまう気がして怖かった。ある日突然、ぱっと消えてしまうみたいな気がして。いなくなっては困る。翔がいなくなってしまったら、私はどうしたらいい? 翔がいない世界で、私はどうやって生きて行けばいいというのだ。
「ありがとう、夏芽。俺、最高の人生だったよ」
翔の声が、心のずっと奥まで響き渡った。
何を言うのか、わかっている。サヨナラだ。もう二度と会えなくなるだろうから、別れの言葉を言おうとしている。
突然の別れは嫌だ。桃香も、別れを言わずして、もう二度と会えなくなった。だけど。
実際にそのときが訪れると、どちらの別れも嫌だ。私は我が儘なんだろうか。突然の別れも、言葉で言う別れも嫌いだ。大嫌いだ。
「夏芽、こっち向けよ」
真一の手だけど、今は翔の手だ。こんなにも優しい手を、私は知らない。その手の優しさを、いつも感じられないのが悔しい。私は一度だって、翔の身体に触れたことはない。できれば一度だけでもいい、触れたかった。
「言ってもどうしようもないって、わかってる。そんなこと言うなんて、卑怯だって、わかってる。だけど、伝えたいんだ。訊いたらダメだってわかってる。よくわかってんだけど……夏芽」
――俺が生きていたら、付き合ってくれた?
ずるい。今このタイミングで訊くなんて。
振り返ったとき、翔はもう、いなかった。
これが最後だなんて。どうして私は初めから存在していない翔と出会ってしまったのだろう。神様は意地悪だ。この悲しみを、私はどうやって乗り越えたらいいのか。無理だ。乗り越えられない。サヨナラできない。
「夏芽ちゃん、ど、どうして泣いてるの?」
真一はおどおどしていた。子どもみたいに泣きじゃくる私を、どうあやしていいのかわからないのだろう。
「おいっ! てぇーめぇー! 夏芽を泣かせてんじゃねぇぞ!」
美佳がたまたまそれを見ていたのか、真一に激突してきた。
「え、俺……ごめん、夏芽ちゃん、俺なんか悪いこと言ったかな? ごめん、全然わからないんだけど……」
「わからないで済むわけねぇだろうが!」
美佳は真一に殴りかかり、早く謝れよと催促する。コートの上から首根っこを掴んでぶんぶん振り回す。首が変な方向に曲がってしまうのではないかと思うくらい強く揺さぶられ、真一は「ごめん、何言ったか思い出せないけど、本当にごめん」と何度も謝った。
いなくなった。最後にあんな言葉だけを残して、消えてしまった。本当にこれが、最後だったんだ。
「返事もっ……何もしてないのに……」
「え? 何? どうしたの、夏芽」
初めて友達の前で泣いた。しゃくりあげながら、涙も鼻水も全部ぐちゃぐちゃに出ていたけど、そんなの気にもしなかった。
美佳も真一もすごく動揺していた。でも、その後はただずっと、何も言わずに、私をサンドイッチの卵みたいに真ん中に挟んでくれた。外は寒いのに、誰もいない野外ステージの観客席のど真ん中に並んで座った。私が落ち着くまで。私の涙が止まるまで。ずっと、そのままあたりが暗くなるまで、そうしていた。
ふたりの体温が、優しかった。
だから私は翔のことを書きたくなかった。書いたら、翔がいなくなってしまう気がして怖かった。ある日突然、ぱっと消えてしまうみたいな気がして。いなくなっては困る。翔がいなくなってしまったら、私はどうしたらいい? 翔がいない世界で、私はどうやって生きて行けばいいというのだ。
「ありがとう、夏芽。俺、最高の人生だったよ」
翔の声が、心のずっと奥まで響き渡った。
何を言うのか、わかっている。サヨナラだ。もう二度と会えなくなるだろうから、別れの言葉を言おうとしている。
突然の別れは嫌だ。桃香も、別れを言わずして、もう二度と会えなくなった。だけど。
実際にそのときが訪れると、どちらの別れも嫌だ。私は我が儘なんだろうか。突然の別れも、言葉で言う別れも嫌いだ。大嫌いだ。
「夏芽、こっち向けよ」
真一の手だけど、今は翔の手だ。こんなにも優しい手を、私は知らない。その手の優しさを、いつも感じられないのが悔しい。私は一度だって、翔の身体に触れたことはない。できれば一度だけでもいい、触れたかった。
「言ってもどうしようもないって、わかってる。そんなこと言うなんて、卑怯だって、わかってる。だけど、伝えたいんだ。訊いたらダメだってわかってる。よくわかってんだけど……夏芽」
――俺が生きていたら、付き合ってくれた?
ずるい。今このタイミングで訊くなんて。
振り返ったとき、翔はもう、いなかった。
これが最後だなんて。どうして私は初めから存在していない翔と出会ってしまったのだろう。神様は意地悪だ。この悲しみを、私はどうやって乗り越えたらいいのか。無理だ。乗り越えられない。サヨナラできない。
「夏芽ちゃん、ど、どうして泣いてるの?」
真一はおどおどしていた。子どもみたいに泣きじゃくる私を、どうあやしていいのかわからないのだろう。
「おいっ! てぇーめぇー! 夏芽を泣かせてんじゃねぇぞ!」
美佳がたまたまそれを見ていたのか、真一に激突してきた。
「え、俺……ごめん、夏芽ちゃん、俺なんか悪いこと言ったかな? ごめん、全然わからないんだけど……」
「わからないで済むわけねぇだろうが!」
美佳は真一に殴りかかり、早く謝れよと催促する。コートの上から首根っこを掴んでぶんぶん振り回す。首が変な方向に曲がってしまうのではないかと思うくらい強く揺さぶられ、真一は「ごめん、何言ったか思い出せないけど、本当にごめん」と何度も謝った。
いなくなった。最後にあんな言葉だけを残して、消えてしまった。本当にこれが、最後だったんだ。
「返事もっ……何もしてないのに……」
「え? 何? どうしたの、夏芽」
初めて友達の前で泣いた。しゃくりあげながら、涙も鼻水も全部ぐちゃぐちゃに出ていたけど、そんなの気にもしなかった。
美佳も真一もすごく動揺していた。でも、その後はただずっと、何も言わずに、私をサンドイッチの卵みたいに真ん中に挟んでくれた。外は寒いのに、誰もいない野外ステージの観客席のど真ん中に並んで座った。私が落ち着くまで。私の涙が止まるまで。ずっと、そのままあたりが暗くなるまで、そうしていた。
ふたりの体温が、優しかった。
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