62 / 72
62
しおりを挟む
「もっと、自分を大切にしなよ」
まず出て来たのは、それだった。
美佳はやっぱり、なんにも言わない。
「心配したんだよ、死ぬほど。どうして連絡してくれないの」
美佳を責めすぎてはいけない、と思ったけれど、どうしてもこれだけは言いたかった。
また、美佳がすすり泣きはじめる。あいにくハンカチやティッシュは持っていない。だから代わりに、ただ美佳をぎゅっと抱きしめた。強く、ぎゅうっと。
「お願いだから、もう、突然いなくなったりしないでよね」
また親友を失うところだった。大切な、大事な親友を。
「……ごめん」
ようやく、絞り出すように一言だけぽつんと言った。今の美佳の精一杯の言葉なんだろう。
真一は「お茶、なんでもいいー?」と自販機の前から、こちらに向かって叫んでいる。
「ちょっと待ってね、美佳」
私は美佳をベンチに残し、真一のところへ駆け寄った。
「緑茶? 麦茶? それともウーロン茶?」
「……翔、でしょ」
驚いた顔をして、振り返る真一。いや、振り返ったのは真一じゃない。翔だ。
「……バレた?」
「バレたって、わかるよ。真一じゃないもん」
緑茶のボタンを押して、出てきたものを拾った。それを私に渡して「真一っぽくしたつもりだったのになぁ」と言う。
「全然、真一じゃないよ」
「そうか? 俺より、真一を知ってる?」
そう言って、にぃっと笑った。
「なんで、今まで……」
どこにいたの。どうして出てきてくれなかったの。何をしていたの。
聞きたいことは、たくさんあった。
「さっきの男、怪しいな。あいつの車〈わ〉ナンバーだからレンタカーだ。車の中になんかたくさん荷物を積んでる。一応、警察に行けよ」
だからさっき、車を確認していたのか。〈わ〉ナンバーがレンタカーだってことさえ、知らなかった。
「ずっと見てたの?」
「おう」
飄々と答える翔に、私は何も訊けなくなった。ずっと見ていたのなら、どうして出て来てくれなかったのか。私の声に返事をしてくれなかったのか。翔を怒鳴りつけてしまいそうで、ぐっと飲み込んだ。
「……何カッコつけてんの」
「探偵みたいだろ?」
そう言った次の瞬間、表情が変わった。
「美佳ちゃん、無事でよかったよ。怖かったねぇ」
翔が、いなくなった。それは紛れもない、真一の言葉だ。
真一は、翔が乗り移っていた記憶は全くないのだろうか。自分が助け出したというのに。
「……うん、よかった」
翔からもらった緑茶の蓋を開けて、カラカラに乾いた喉を潤す。周囲を見ても、どこにも翔はいなかった。
「美佳ちゃん、本当に無事でよかった」
真一がそう言って嬉しさのあまりか、美佳に抱き付こうとした。美佳はそれを手で押しのけて「やめろ」と言った。いつもの美佳だ。
「ごめんね、俺邪魔だよね」
あはははと、ごまかし笑いしながらその場を離れていく。絶対に、傷ついただろう。バレバレだ。
「ねぇ、美佳」
「何?」
「真一は、いい奴だよ」
そう言うと、美佳はふっと悲しそうに笑う。
「知ってる。だけど、私は全然優しくないし、こんなだし、何の取り柄もない。どうしてあんなに私が好きだっていうのか、さっぱりわからない」
美佳にはちゃんとわかってるんだ、真一のことが。真一の良さが。
美佳が真一の気持ちを受け入れられないのは、たぶんきっと、美佳自身が自分のを過小評価しているからだろう。素直になれないからなのかもしれない。
美貴さんが迎えに来てくれて、私たちはそのまま駅まで送ってもらった。一通り状況について説明すると、美貴さんがあした警察へ行くというので、私も一緒に同行したいと申し出た。
後日、あの金髪男は逮捕された。恐喝や詐欺や、いろんな容疑でもともと捜索されていた人だったのだそうだ。
美佳は私と真一にも、男とのいきさつを教えてくれた。グアムに行ってからなんにもない夏休みに嫌気がさしていたところ、あの男が美佳のバイト先に現れた。好きな女性にプレゼントがしたいから服を選んでほしい、と言って声をかけて来たのだと言う。その日のバイト終わりに、男は美佳を待っていた。前々から美佳を見かけていて、好きだったと告白され、服をプレゼントされた。いろんなところへ連れて行ってくれるし、お金の羽振りもいい。家にいるよりずっと楽しかったので、ついそのまま居候のようになってしまった。でも、優しかったのは初めの数日で、許可なく外へ出ると怒鳴られ殴られ、食事を作るお金ももらえず自分で出していたと言う。知り合いからお金を借りているが返せないと言われ、美佳がいくらか出したりもしたらしい。
おかしいとわかっていたものの、抜け出せなかった。自分が弱いから、と美佳は言った。
美佳が無事で、本当によかった。すべて翔のおかげだ。私はまた、親友を失わずに済んだ。
まず出て来たのは、それだった。
美佳はやっぱり、なんにも言わない。
「心配したんだよ、死ぬほど。どうして連絡してくれないの」
美佳を責めすぎてはいけない、と思ったけれど、どうしてもこれだけは言いたかった。
また、美佳がすすり泣きはじめる。あいにくハンカチやティッシュは持っていない。だから代わりに、ただ美佳をぎゅっと抱きしめた。強く、ぎゅうっと。
「お願いだから、もう、突然いなくなったりしないでよね」
また親友を失うところだった。大切な、大事な親友を。
「……ごめん」
ようやく、絞り出すように一言だけぽつんと言った。今の美佳の精一杯の言葉なんだろう。
真一は「お茶、なんでもいいー?」と自販機の前から、こちらに向かって叫んでいる。
「ちょっと待ってね、美佳」
私は美佳をベンチに残し、真一のところへ駆け寄った。
「緑茶? 麦茶? それともウーロン茶?」
「……翔、でしょ」
驚いた顔をして、振り返る真一。いや、振り返ったのは真一じゃない。翔だ。
「……バレた?」
「バレたって、わかるよ。真一じゃないもん」
緑茶のボタンを押して、出てきたものを拾った。それを私に渡して「真一っぽくしたつもりだったのになぁ」と言う。
「全然、真一じゃないよ」
「そうか? 俺より、真一を知ってる?」
そう言って、にぃっと笑った。
「なんで、今まで……」
どこにいたの。どうして出てきてくれなかったの。何をしていたの。
聞きたいことは、たくさんあった。
「さっきの男、怪しいな。あいつの車〈わ〉ナンバーだからレンタカーだ。車の中になんかたくさん荷物を積んでる。一応、警察に行けよ」
だからさっき、車を確認していたのか。〈わ〉ナンバーがレンタカーだってことさえ、知らなかった。
「ずっと見てたの?」
「おう」
飄々と答える翔に、私は何も訊けなくなった。ずっと見ていたのなら、どうして出て来てくれなかったのか。私の声に返事をしてくれなかったのか。翔を怒鳴りつけてしまいそうで、ぐっと飲み込んだ。
「……何カッコつけてんの」
「探偵みたいだろ?」
そう言った次の瞬間、表情が変わった。
「美佳ちゃん、無事でよかったよ。怖かったねぇ」
翔が、いなくなった。それは紛れもない、真一の言葉だ。
真一は、翔が乗り移っていた記憶は全くないのだろうか。自分が助け出したというのに。
「……うん、よかった」
翔からもらった緑茶の蓋を開けて、カラカラに乾いた喉を潤す。周囲を見ても、どこにも翔はいなかった。
「美佳ちゃん、本当に無事でよかった」
真一がそう言って嬉しさのあまりか、美佳に抱き付こうとした。美佳はそれを手で押しのけて「やめろ」と言った。いつもの美佳だ。
「ごめんね、俺邪魔だよね」
あはははと、ごまかし笑いしながらその場を離れていく。絶対に、傷ついただろう。バレバレだ。
「ねぇ、美佳」
「何?」
「真一は、いい奴だよ」
そう言うと、美佳はふっと悲しそうに笑う。
「知ってる。だけど、私は全然優しくないし、こんなだし、何の取り柄もない。どうしてあんなに私が好きだっていうのか、さっぱりわからない」
美佳にはちゃんとわかってるんだ、真一のことが。真一の良さが。
美佳が真一の気持ちを受け入れられないのは、たぶんきっと、美佳自身が自分のを過小評価しているからだろう。素直になれないからなのかもしれない。
美貴さんが迎えに来てくれて、私たちはそのまま駅まで送ってもらった。一通り状況について説明すると、美貴さんがあした警察へ行くというので、私も一緒に同行したいと申し出た。
後日、あの金髪男は逮捕された。恐喝や詐欺や、いろんな容疑でもともと捜索されていた人だったのだそうだ。
美佳は私と真一にも、男とのいきさつを教えてくれた。グアムに行ってからなんにもない夏休みに嫌気がさしていたところ、あの男が美佳のバイト先に現れた。好きな女性にプレゼントがしたいから服を選んでほしい、と言って声をかけて来たのだと言う。その日のバイト終わりに、男は美佳を待っていた。前々から美佳を見かけていて、好きだったと告白され、服をプレゼントされた。いろんなところへ連れて行ってくれるし、お金の羽振りもいい。家にいるよりずっと楽しかったので、ついそのまま居候のようになってしまった。でも、優しかったのは初めの数日で、許可なく外へ出ると怒鳴られ殴られ、食事を作るお金ももらえず自分で出していたと言う。知り合いからお金を借りているが返せないと言われ、美佳がいくらか出したりもしたらしい。
おかしいとわかっていたものの、抜け出せなかった。自分が弱いから、と美佳は言った。
美佳が無事で、本当によかった。すべて翔のおかげだ。私はまた、親友を失わずに済んだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
もう一度『初めまして』から始めよう
シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA
母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな)
しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で……
新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く
興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は……
ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語
たとえ空がくずれおちても
狼子 由
ライト文芸
社会人の遥花(はるか)は、ある日、高校2年生の頃に戻ってしまった。
現在の同僚であり、かつては同級生だった梨菜に降りかかるいじめと向き合いながら、遥花は自分自身の姿も見詰め直していく。
名作映画と祖母の面影を背景に、仕事も恋も人間関係もうまくいかない遥花が、高校時代をやり直しながら再び成長していくお話。
※表紙絵はSNC*さん(@MamakiraSnc)にお願いして描いていただきました。
※作中で名作映画のあらすじなどを簡単に説明しますので、未視聴の方にはネタバレになる箇所もあります。
フレンドシップ・コントラクト
柴野日向
ライト文芸
中学三年に進級した僕は、椎名唯という女子と隣同士の席になった。
普通の女の子に見える彼女は何故かいつも一人でいる。僕はそれを不思議に思っていたが、ある時理由が判明した。
同じ「period」というバンドのファンであることを知り、初めての会話を交わす僕ら。
「友だちになる?」そんな僕の何気ない一言を聞いた彼女が翌日に持ってきたのは、「友だち契約書」だった。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
浴槽海のウミカ
ベアりんぐ
ライト文芸
「私とこの世界は、君の深層心理の投影なんだよ〜!」
過去の影響により精神的な捻くれを抱えながらも、20という節目の歳を迎えた大学生の絵馬 青人は、コンビニ夜勤での疲れからか、眠るように湯船へと沈んでしまう。目が覚めるとそこには、見覚えのない部屋と少女が……。
少女のある能力によって、青人の運命は大きく動いてゆく……!
※こちら小説家になろう、カクヨムでも掲載しています。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる