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「もっと、自分を大切にしなよ」

 まず出て来たのは、それだった。
 美佳はやっぱり、なんにも言わない。

「心配したんだよ、死ぬほど。どうして連絡してくれないの」

 美佳を責めすぎてはいけない、と思ったけれど、どうしてもこれだけは言いたかった。
 また、美佳がすすり泣きはじめる。あいにくハンカチやティッシュは持っていない。だから代わりに、ただ美佳をぎゅっと抱きしめた。強く、ぎゅうっと。

「お願いだから、もう、突然いなくなったりしないでよね」

 また親友を失うところだった。大切な、大事な親友を。

「……ごめん」

 ようやく、絞り出すように一言だけぽつんと言った。今の美佳の精一杯の言葉なんだろう。
 真一は「お茶、なんでもいいー?」と自販機の前から、こちらに向かって叫んでいる。

「ちょっと待ってね、美佳」

 私は美佳をベンチに残し、真一のところへ駆け寄った。

「緑茶? 麦茶? それともウーロン茶?」
「……翔、でしょ」

 驚いた顔をして、振り返る真一。いや、振り返ったのは真一じゃない。翔だ。

「……バレた?」
「バレたって、わかるよ。真一じゃないもん」

 緑茶のボタンを押して、出てきたものを拾った。それを私に渡して「真一っぽくしたつもりだったのになぁ」と言う。

「全然、真一じゃないよ」
「そうか? 俺より、真一を知ってる?」

 そう言って、にぃっと笑った。

「なんで、今まで……」

 どこにいたの。どうして出てきてくれなかったの。何をしていたの。
 聞きたいことは、たくさんあった。

「さっきの男、怪しいな。あいつの車〈わ〉ナンバーだからレンタカーだ。車の中になんかたくさん荷物を積んでる。一応、警察に行けよ」

 だからさっき、車を確認していたのか。〈わ〉ナンバーがレンタカーだってことさえ、知らなかった。

「ずっと見てたの?」
「おう」

 飄々と答える翔に、私は何も訊けなくなった。ずっと見ていたのなら、どうして出て来てくれなかったのか。私の声に返事をしてくれなかったのか。翔を怒鳴りつけてしまいそうで、ぐっと飲み込んだ。

「……何カッコつけてんの」
「探偵みたいだろ?」

 そう言った次の瞬間、表情が変わった。

「美佳ちゃん、無事でよかったよ。怖かったねぇ」

 翔が、いなくなった。それは紛れもない、真一の言葉だ。
 真一は、翔が乗り移っていた記憶は全くないのだろうか。自分が助け出したというのに。

「……うん、よかった」

 翔からもらった緑茶の蓋を開けて、カラカラに乾いた喉を潤す。周囲を見ても、どこにも翔はいなかった。

「美佳ちゃん、本当に無事でよかった」

 真一がそう言って嬉しさのあまりか、美佳に抱き付こうとした。美佳はそれを手で押しのけて「やめろ」と言った。いつもの美佳だ。

「ごめんね、俺邪魔だよね」

 あはははと、ごまかし笑いしながらその場を離れていく。絶対に、傷ついただろう。バレバレだ。

「ねぇ、美佳」
「何?」
「真一は、いい奴だよ」

 そう言うと、美佳はふっと悲しそうに笑う。

「知ってる。だけど、私は全然優しくないし、こんなだし、何の取り柄もない。どうしてあんなに私が好きだっていうのか、さっぱりわからない」

 美佳にはちゃんとわかってるんだ、真一のことが。真一の良さが。
 美佳が真一の気持ちを受け入れられないのは、たぶんきっと、美佳自身が自分のを過小評価しているからだろう。素直になれないからなのかもしれない。
美貴さんが迎えに来てくれて、私たちはそのまま駅まで送ってもらった。一通り状況について説明すると、美貴さんがあした警察へ行くというので、私も一緒に同行したいと申し出た。

 後日、あの金髪男は逮捕された。恐喝や詐欺や、いろんな容疑でもともと捜索されていた人だったのだそうだ。
 美佳は私と真一にも、男とのいきさつを教えてくれた。グアムに行ってからなんにもない夏休みに嫌気がさしていたところ、あの男が美佳のバイト先に現れた。好きな女性にプレゼントがしたいから服を選んでほしい、と言って声をかけて来たのだと言う。その日のバイト終わりに、男は美佳を待っていた。前々から美佳を見かけていて、好きだったと告白され、服をプレゼントされた。いろんなところへ連れて行ってくれるし、お金の羽振りもいい。家にいるよりずっと楽しかったので、ついそのまま居候のようになってしまった。でも、優しかったのは初めの数日で、許可なく外へ出ると怒鳴られ殴られ、食事を作るお金ももらえず自分で出していたと言う。知り合いからお金を借りているが返せないと言われ、美佳がいくらか出したりもしたらしい。
 おかしいとわかっていたものの、抜け出せなかった。自分が弱いから、と美佳は言った。
 美佳が無事で、本当によかった。すべて翔のおかげだ。私はまた、親友を失わずに済んだ。
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