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グアムから帰国して、九月からまた大学が始まった。夏休みが明けた授業は、やっぱりちょっと怠い。頭もぼんやりしていた。
翔がいない日々は、相変わらずずっと続いていた。それに加え、大学が始まったというのに美佳が来ない。
「きょうも来てないの?」
真一が心配そうに訊ねて来る。
「うん、連絡しても、返事がないんだよね」
「俺が連絡しても、まぁ、いつも返事くれないんだけどさ」
美佳は真一を連れて行くことにイライラしてはいたものの、グアムを堪能していたように思う。十分に楽しんで、たくさん買い物して服やアクセサリーや鞄を買って「また行きたいね」なんて言っていた。だから、別に私たちのせいではないはずだ。
でも、美佳は来ない。
もう三日目だ。ひどい風邪でも引いたのか。
「美佳、どうしたの? 風邪?」
LINEしてみたけれど、全然既読にもならない。
翔はどこにいるのだろう。せっかく遥々グアムまで行ったのに。ちゃんとグアムの綺麗な海は見られただろうか。あんな無茶な願いだったのに、私はやり遂げた。残すはもう、恋人を作るという絶対に無理な項目だけが残った。
翔、どこかで聞いてるの?
心の中で、呼びかけてみる。反応がないのは、これまでもそうだったからよくわかる。
美佳のことも心配だったので、真一とふたりで美佳の自宅を訪ねてみた。美佳の母とは毎年夏祭りに着付けしてもらうときくらいに会う程度で、ちょっと苦手だ。
「真一は、美佳が風邪だと思う?」
「そうだと、いいよね」
何か、感じているようだ。美佳が来ない理由は、風邪なんかではないような気がしていた。でもなぜ来ないのか、さっぱり理由がわからない。こんなこと、三年間でこれが初めてだ。
高級住宅の前で、恐る恐るインターフォンを鳴らす。
「はい」
すぐに美佳の母の声がした。
「あの、美佳の友達の谷口ですが……」
私も真一も「美佳は寝込んでるんですよ」という言葉を待った。しかし、向こうはしんと静まり返っている。
「……はい」
しばらくして、そう聞こえた。それ以上、何も言ってはくれない。
「美佳は、いますか?」
「美佳は出かけているのでいません」
美佳の母はそう言って「ごめんなさい、今ちょっと手が離せないので」とセールスを断るみたいに門前払いされた。
「出かけてる、だって」
真一は「本当だと思うけど、どこに行ったんだろうね」とだけ言って、黙った。
これ以上話はできなさそうなので、私たちは仕方なくそのまま美佳の家を後にした。
真一はバイトへ。私は自宅に帰った。
その夜、美佳から一通のLINEがきた。
「夏芽、久しぶり! 実は、好きな人ができたんだ。マジで好きになった人。また紹介するからね」
ただ、それだけだった。
「どこにいるの? きょう、美佳の家に行ったよ」
と返事をしても、やっぱり既読にならない。
好きな人。マジで好きになった人。
グアムに行く前、美佳はもう何人目の彼氏かもわからない人と別れた。付き合ったのは一か月だけだった。グアムから帰ってきて、また新しい人ができたのだろう。今も、その人とずっと一緒にいるのか。
美佳が一体何を考えているのかわからない。
「翔、出て来てよ……」
真っ暗い部屋でそうつぶやいた。「夏芽、電気くらいつけろよ」と言ってくれるのを待った。だけど、何の反応もない。いつもベッドの上で寝転がる翔を思い出しながら、私は自分の膝を抱えた。
「美佳が、いなくなっちゃった。どこにいるかもわからない」
翔ならどうする? 探しに行く? でも、どこを?
既読にならないLINEを見て、今度は美佳のスマホに電話をかける。
「おかけになった電話番号は、電波の届かないところか、電源を切られています……」
電話にも、やっぱり出なかった。
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