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「美佳、海外に行こう」

 梅雨が明けても、翔は姿を見せなかった。呼びかけても、人混みを見ても、いない。どこにも、いない。
 朝の電車の中、きょろきょろして探す。大学の講義中も。
 いつもあるはずのものがないと、不安になる。でも、私以外の人にとってはいつもと変わらない日常だ。翔は元々いなかった。
 翔はどこへ行ったのか。あの日交わした言葉は、翔からの遠まわしのサヨナラだったのか。そんなの、納得できない。

「海外? どうしたの、夏芽。急だね」
「海が綺麗なところ。どこでもいい。まだ、間に合うよね?」

 美佳は驚きつつも「実は、海外のパンフレットももらってきたんだよね」と見せてくれた。ハワイやグアムの特集だ。

「海外行くの? 沖縄じゃなくて?」

 真一が無理やり覗き込んできた。

「あんたは邪魔。これは、女だけの旅なんだから」
「真一も行こうよ。一緒に」

 え? とふたりが同じ顔をして私を見た。
 やり残したリストは、まだ全部終わっていない。翔がやり残したことは、まだ終わっていないじゃないか。それなのに消えてしまうなんて、納得できない。翔のために、唐揚の山を食べ、合コンに参加し、夏祭りも、海も、クリスマスも、初詣も、何でもやった。だけどまだ、海外旅行が残っているじゃないか。どうして、いなくなってしまうんだ。
 それに、真一が一緒でなくてはダメなんだ。真一も連れて行かなければ、意味がない。

「……夏芽ちゃん、どうかしたの?」

 真一が心配そうな顔をしている。今の私は、楽しそうにパンフレットを見ているようには、とても見えないだろう。

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