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「いい? 絶っ対にあり得ないから!」
読み終えた小説をバンっと叩きつけて、私は怒鳴った。
「夏芽、超こえぇ……」
誰も座っていない私の隣の席で、翔がぼそっとつぶやくのが聞こえる。
「どうしていっつも、冴えない主人公の男のもとに、可愛いヒロインがコロコロ転がって来るの? しかも一人だけならまだしも二人も三人も! 現実ではありえないから!」
男子五人が書く小説と言えば、みんなこんな感じだった。
モテたためしがない主人公のもとへ、ある日突然可愛らしい女の子がやってきて「ここに住まわせてください、何でもします」と言って共同生活が始まるとか、隣に越してきた美少女にべた惚れされてハーレム状態になるとか、そういうものばかり。
「自分だけが気持ちよくなる小説ばっかり書くなって、いっつも言ってるじゃん」
斎藤教授だけがくすくす笑っている。他男子五人は、萎縮して固まっている。
斎藤ゼミ生は全員で七人いる。四人と三人に分れて、順番に小説を発表する人を決めた。小説は教授を含め全員分印刷してそれぞれ読む。あらすじや、いいところや悪いところ、感想や議論したい点などをまとめたレジュメを作り、意見を交換する。二つのグループの小説発表者が前半後半と別れひとり四十五分間、じっくり議論し合う。これをこれから先二年間、ずっとやるのだ。
私の順番はまだ先だった。
始まって早々、この男たちは、みんながみんな同じようなパターンの小説を書いて来る。だから初めは黙って読んで黙って参加していたのに、このご都合的なシチュエーションの不自然さに誰も違和感を持たない。だからついに爆発して、一喝した。斎藤教授はいつも笑って見ているだけだった。
「そんなこと言ったって、こういうのが書きたいんだから……」
今回の作品を提出した高橋くんがうろたえつつも、そう答えた。
「小説家になりたいんでしょ? 自己満の小説が売れて小説家になれたらラッキーかもしれないけど。こんなの書き古された定番でしょう」
「夏芽、厳しいねぇ。みんな、夏芽が怖いと思ってるよ」
翔はいつもそう言うけど、関係ない。だって、事実こんな話ばかりではこっちがいい加減イライラしてくる。
「あんまりみんなに怒鳴りまくると、次自分が書いて発表するときになったらしっぺ返し来るかもよ?」
あたかもそれを望んでいるように、楽しそうに言う。
それはちょっと、いやかなり、怖い。
このゼミが始まる前から試しに小説なるものを書いてみた。自分なりに頑張って書いてはいるけれど、全然書けない。ハーレムを否定して強気で女としての意見を言ってみたものの、これだけ毎回書いてこられるこの人たちの方が、私よりもずっと、うんとすごい。
斉藤教授に言われた通り、書きたくないことを考えてみた。
書きたくないことがたくさんありすぎて、逆にわからなくなってしまう。家族のことだって書きたくないし、自分のことだって。書きたくないんじゃなくて、書くに値しないレベルの問題だと、いろいろ考えて気が付いた。これでは、いつまでたっても小説なんて完成しない。
私にとって、やっぱり一番書きたくないことは桃香だろうと思う。これは間違いない。だけど本当に、どうしても、書きたくなかった。
ゼミ部屋の窓の向こうは、桜がもうほとんど散ってしまっていた。今年の桜も綺麗だったよなぁなんて、思い出す。
桃香は桜の花みたいだ。優しくそっと開く花の蕾は、桃香が笑った顔に似ている。綺麗で、みんなから好かれるのに、あっという間に散ってしまう。ほんの少ししか、みんなの前に存在しなかった。
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