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人に、自分の気持ちを伝えるのが下手クソだ。
大学で何気ない日々を過ごしていくにつれ、そう漠然と思った。誰かに自分の話をしたり、自分が感じたことを伝えたりする力が私にはない。こんなにたくさん小説を読んでいるのに、それはただ読んでいるだけで、伝える能力にはならないと知った。
ゼミ希望表の紙を机に置いたまま、ぼんやりと天井を見上げた。まだ、誰のゼミに入ろうか迷っている。
時間というのは、あっという間に過ぎ去ってしまう。
季節はぐるぐる廻っては、私を置き去りにして、駆け足でどこかへ消える。気持ちはまだ一年生のままだ。
大学二年の終わり、つまりはちょうど今、私たちはゼミを選択しなければいけなかった。ゼミの説明会があり、興味のある教授のところへ行き、どんなゼミを二年間やっていくのか聞いて回った。卒論とも深く関係するため、慎重に選んだ方がいいと真一は言っていた。
美佳はメディア系の教授に希望表を提出していた。興味はないらしいが、何といっても卒論がないから楽なんだとか。
私は芥川賞作家の教授や、詩や短歌の創作をする教授など、創作系の教授のもとを回った。真一は現代文学を研究するゼミにするのだと言う。
「芥川賞作家の教授、名前なんてったっけ? あそこ、かなり厳しいらしいよ。この前そうやって話してるのを聞いた」
翔は時々いろんな学生たちの話を聞いては私に知らせてくれた。
「小説家になりたい人が希望してるからじゃない?」
「なんか、毎回小説を書いてはその批評をして、提出するのが大変なんだってさ。書けない人には大変だと思うよ」
小説なんて、一度も書いたことがない。やっぱり芥川賞作家のゼミはキツイだろうか。
話を聞いたときは、大変そうには感じられなかった。でも確かに「課題の提出は多いので、それなりの覚悟はいります」と教授も言っていた。
「なぁ、今年のクリスマスはどこでやる?」
「何? クリスマス?」
クリスマスを考える前に、こっちが重要だ。
翔は私のベッドでごろんと横になって「クリスマスー」と叫んでいる。
「煩いなぁ。また真一の家なんじゃないの? 誰もそんな話してないよ。美佳は新しい彼氏とクリスマスかもしれないし」
一年のクリスマスは真一の家でクリスマスパーティを開いた。相変わらずとっかえひっかえ彼氏がいた美佳だったが、幸か不幸かクリスマス前に別れてしまい「くりぼっちは嫌」と言うので招待した。
今でも美佳は、真一が好きではないと思う。だけど、まるでペットの犬みたいに扱って、楽しんでいる。真一は特に「待て」が上手だ。
「クリスマス、美佳ちゃん来ないの?」
「そんなの知らないよ。今は彼氏がいるから、その人とクリスマスは過ごすんじゃないの?」
「じゃあ、初詣は? 今年みたいにやる?」
今年の初詣も、真一を連れて行ったら美佳にやっぱり怒られた。だけどおみくじで「待ち人来る」を目にし、そんなことどうでもよくなったようだった。私は凶。翔が憑りついているからであるとしか考えられない。
二年の春には学校の近くの公園でお花見したし、夏には海に行った。半ば無理やり美佳を連れて行ったけれど、真一は楽しそうだった。砂浜に埋められ喜ぶのは真一くらいだ。
私たちの一年は、あっという間に過ぎていき、もうすぐ三年生になってしまう。大学生活が、半分終わろうとしていることに恐怖を感じた。このままで、いいんだろうか。ただ漠然と、そう思った。
翔は変わらず、いつも私たちと一緒にいた。美佳と真一は知らない。私だけにしか見えないのだから。だけど間違いなく翔は一緒にいて、一緒に同じ時間を過ごしていた。いつも楽しそうにしているのに、ふたりには見えないのが寂しかった。だけど、翔がいるこの時間にもう違和感はなかった。いないといけない、そんな存在になっていた。
「私、人に何かを伝えるのが下手くそだと思う」
独り言のように言ってみた。
「うん、下手くそだと思う」
即答。
「煩いな」
「俺に聞いたんだろ? ちゃんと答えたのに、煩いはないだろ」
「どうやったら、うまくなると思う?」
「言いたいこと、言えばいいんだよ」
だからお前は空気読めないんだよ、と心の中で突っ込んだ。
私谷口夏芽は、斎藤将隆ゼミに入ることを希望します。
そう書いて、鞄に閉まった。
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