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違う、本当は、私がそう言ってほしかった。「は、夏芽のことを恨んでいないよ」って。あんなふうに親友を妬んで喧嘩して、バカな勘違いをしていたのは私の方で後悔してももう遅いのに、それを許してほしかった。心のどこかで、が死んで、自分と誰かを比べることを辞められたことにホッとしていることも。みたいにうまくできずにただ人生を持て余している自分も、親友のためにベストを尽くせない自分も、どれも全部。
「私は……今でも思うよ。もちろん、そんな彼女の姿、全然想像もできないんだけどさ」
クマのぬいぐるみの腕がちぎれそうなくらい、強く握りしめた。
翔も真一も、その言葉について何も追及しなかったし、聞かなかったフリをしてくれた。
「俺は、翔と一緒にいることが楽しかったんだ。どんなことも、あいつと一緒なら楽しかった。笑えたし、ずっとバカでやっていられた。翔がいなくなって、ずいぶん弱っちくなっちゃったなぁって思うけど、でも、生きることは諦めないよ。翔ならきっと、自分に正直にやれよって言うと思う。ふたりでやりたいって話してたことは山のようにあるけど、ひとりでもそれをやるんだ。翔のためにもさ」
「真一、ちょっと前と比べて、元気になったみたいだな。これも全部、夏芽のおかげだ」
私なんて、何にもしてあげていない。ただ、翔に言われるままにやっているだけだ。
「ありがとう」
翔と真一の言葉が、重なった。
「あの日、雨の中俺を追いかけてくれて」
「どうしてあのとき、俺に声をかけてくれたの?」
ああ、そうだった。ふたりに声をかけたのは、まぎれもない、私だ。
「なんとなく、かな」
そう言って、ごまかすように笑った。
「ねぇ、真一」
名前で呼んでみると、真一は驚いた顔をしてこっちを見た。
「翔とやり残したこと、私が代わりに一緒にやるって言ったら、変かな」
そう言ったとたんに、大きな花火が打ち上がった。
思わず、花火が広がる空に目を向ける。花火もやるなんて、知らなかった。
黒い空に、星粒とは違う光の花がパッと咲く。たくさん、何度も、何度も打ちあがる。
が私にしてくれたみたいなことは、私にはできない。だけど、今はこのふたりのために、もし私が何かすることができるんだとしたら。ちょっとだけでも、私なんかの力で役に立つんなら、使ってみたかった。
「いてて……」
真一が唐突に右目を押さえた。ゴミでも入ったのか。
「どうした?」
「なんか、時々目がチクチク痛むことがあって……」
「それ、大丈夫なの?」
「手術は成功してるし、特に問題ないって言われてるんだけど……」
真一は何度もぱちぱちと瞬きさせて、しきりに目をこすっている。
「真一……?」
「花火、綺麗だなぁ。夏って、やっぱりいいよな!」
花火に照らされた真一の横顔を見て、ふと違和感を覚えた。
無邪気に笑うその表情が、誰かに似ている。
「真一……?」
さっきまで真一の隣にいた翔がいない。不思議そうに首をかしげる真一が「あれ?」と言って自分の身体を触り出した。
「あれ、俺、なんか変だ」
不思議そうに首をかしげる真一が「あれ?」と言って自分の身体を触り出した。なぜだろう。違和感があった。
「まさか……真一の中に入った?」
最初に会った日みたいに、驚いた顔をして、岸辺に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせている。
「ちょっと、早く出なさいよ! 真一はどうなっちゃったの? 真一は、どっかに出ちゃったの?」
「わっかんねぇよ、そんなこと!」
翔は私の腕をつねった。
「痛い! なにすんのっ!」
ぱあああっと顔がほころぶ。めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「俺、触れる!」
真一の身体でバカみたいに飛び跳ねた。そして何度も私をつんつん触って来る。
「やめて」
「だって、だってほら、触れるんだ!」
そして、翔は私を抱きしめた。一瞬、何が起こったのかわからず、ポカンとしてしまう。
二本の腕は力強く、苦しいくらいだった。だけど、それと同時に、それくらい誰かに触れられるということが、嬉しいんだという強い思いが、私の身体にもなだれ込んでくるような感覚だった。
そして、ゆっくりと身体を離すと、翔の顔は目の前にあった。翔の顔じゃない、真一の顔だけれど、不思議と、いつも突然現れてむちゃくちゃなことを言ってくる、翔の顔に見えた。無邪気で、子どもみたいな笑顔で話しかけてくる、翔に。
そこでハッと我に返り、真一の頬をバシンッと思いっきり容赦なく平手打ちする。
「っ痛ってぇ!」
ポンッと、翔が飛び出て真一がころりと転がった。
「真一! 大丈夫?」
「俺のことは、心配じゃないのかよ!」
「あんたはもう、死んでるでしょ!」
フラフラと真一が起き上がる。
「大丈夫?」
手を差し出すと、それを掴んでよろよろと立ち上がった。
「あれ、俺今なんか……」
「い、いやぁ、急に倒れるんだから、ビックリしたよ」
「え、俺、倒れたの?」
「うん、本当にビックリしたよ、救急車呼ぼうかと思った」
「ええ、俺、そんなに?」
疲れてんのかな、と頭を掻きむしっている。翔はまだグルグル目が回っているのか、浜辺に大の字になって倒れていた。
「真一が、やりたかったことって、なに?」
まだ空には、花火が浮かんでは消えて、また浮かんでは消えて、にぎやかだった。
「そうだなぁ、とりあえず、来年は美佳ちゃんも一緒に、海に行きたいかな」
「お前、本当に懲りない奴だなぁ。美佳ちゃんなんて、お前にこれっぽっちも興味ないのにぃ」
翔が文句を言う。でもそんなこと、関係ない。翔だって、人のこと言えないじゃないか。だって、あのやり残したリストは、十分にめちゃくちゃな内容だ。
「やろうよ。きっと翔も、賛成してる」
翔は空に打ち上がる花火を見上げながら、にぃっと笑った。
「いいよ、やろうぜ」
そう言って、嬉しそうに、あの笑顔を見せてくれた。
大きな花火が打ちあがった。小さいのも後からたくさん夜空に咲く。たぶんきっと、これで花火は終わりかな、と思うと、ちょっとだけ、寂しくなった。
「私は……今でも思うよ。もちろん、そんな彼女の姿、全然想像もできないんだけどさ」
クマのぬいぐるみの腕がちぎれそうなくらい、強く握りしめた。
翔も真一も、その言葉について何も追及しなかったし、聞かなかったフリをしてくれた。
「俺は、翔と一緒にいることが楽しかったんだ。どんなことも、あいつと一緒なら楽しかった。笑えたし、ずっとバカでやっていられた。翔がいなくなって、ずいぶん弱っちくなっちゃったなぁって思うけど、でも、生きることは諦めないよ。翔ならきっと、自分に正直にやれよって言うと思う。ふたりでやりたいって話してたことは山のようにあるけど、ひとりでもそれをやるんだ。翔のためにもさ」
「真一、ちょっと前と比べて、元気になったみたいだな。これも全部、夏芽のおかげだ」
私なんて、何にもしてあげていない。ただ、翔に言われるままにやっているだけだ。
「ありがとう」
翔と真一の言葉が、重なった。
「あの日、雨の中俺を追いかけてくれて」
「どうしてあのとき、俺に声をかけてくれたの?」
ああ、そうだった。ふたりに声をかけたのは、まぎれもない、私だ。
「なんとなく、かな」
そう言って、ごまかすように笑った。
「ねぇ、真一」
名前で呼んでみると、真一は驚いた顔をしてこっちを見た。
「翔とやり残したこと、私が代わりに一緒にやるって言ったら、変かな」
そう言ったとたんに、大きな花火が打ち上がった。
思わず、花火が広がる空に目を向ける。花火もやるなんて、知らなかった。
黒い空に、星粒とは違う光の花がパッと咲く。たくさん、何度も、何度も打ちあがる。
が私にしてくれたみたいなことは、私にはできない。だけど、今はこのふたりのために、もし私が何かすることができるんだとしたら。ちょっとだけでも、私なんかの力で役に立つんなら、使ってみたかった。
「いてて……」
真一が唐突に右目を押さえた。ゴミでも入ったのか。
「どうした?」
「なんか、時々目がチクチク痛むことがあって……」
「それ、大丈夫なの?」
「手術は成功してるし、特に問題ないって言われてるんだけど……」
真一は何度もぱちぱちと瞬きさせて、しきりに目をこすっている。
「真一……?」
「花火、綺麗だなぁ。夏って、やっぱりいいよな!」
花火に照らされた真一の横顔を見て、ふと違和感を覚えた。
無邪気に笑うその表情が、誰かに似ている。
「真一……?」
さっきまで真一の隣にいた翔がいない。不思議そうに首をかしげる真一が「あれ?」と言って自分の身体を触り出した。
「あれ、俺、なんか変だ」
不思議そうに首をかしげる真一が「あれ?」と言って自分の身体を触り出した。なぜだろう。違和感があった。
「まさか……真一の中に入った?」
最初に会った日みたいに、驚いた顔をして、岸辺に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせている。
「ちょっと、早く出なさいよ! 真一はどうなっちゃったの? 真一は、どっかに出ちゃったの?」
「わっかんねぇよ、そんなこと!」
翔は私の腕をつねった。
「痛い! なにすんのっ!」
ぱあああっと顔がほころぶ。めちゃくちゃ嬉しそうだ。
「俺、触れる!」
真一の身体でバカみたいに飛び跳ねた。そして何度も私をつんつん触って来る。
「やめて」
「だって、だってほら、触れるんだ!」
そして、翔は私を抱きしめた。一瞬、何が起こったのかわからず、ポカンとしてしまう。
二本の腕は力強く、苦しいくらいだった。だけど、それと同時に、それくらい誰かに触れられるということが、嬉しいんだという強い思いが、私の身体にもなだれ込んでくるような感覚だった。
そして、ゆっくりと身体を離すと、翔の顔は目の前にあった。翔の顔じゃない、真一の顔だけれど、不思議と、いつも突然現れてむちゃくちゃなことを言ってくる、翔の顔に見えた。無邪気で、子どもみたいな笑顔で話しかけてくる、翔に。
そこでハッと我に返り、真一の頬をバシンッと思いっきり容赦なく平手打ちする。
「っ痛ってぇ!」
ポンッと、翔が飛び出て真一がころりと転がった。
「真一! 大丈夫?」
「俺のことは、心配じゃないのかよ!」
「あんたはもう、死んでるでしょ!」
フラフラと真一が起き上がる。
「大丈夫?」
手を差し出すと、それを掴んでよろよろと立ち上がった。
「あれ、俺今なんか……」
「い、いやぁ、急に倒れるんだから、ビックリしたよ」
「え、俺、倒れたの?」
「うん、本当にビックリしたよ、救急車呼ぼうかと思った」
「ええ、俺、そんなに?」
疲れてんのかな、と頭を掻きむしっている。翔はまだグルグル目が回っているのか、浜辺に大の字になって倒れていた。
「真一が、やりたかったことって、なに?」
まだ空には、花火が浮かんでは消えて、また浮かんでは消えて、にぎやかだった。
「そうだなぁ、とりあえず、来年は美佳ちゃんも一緒に、海に行きたいかな」
「お前、本当に懲りない奴だなぁ。美佳ちゃんなんて、お前にこれっぽっちも興味ないのにぃ」
翔が文句を言う。でもそんなこと、関係ない。翔だって、人のこと言えないじゃないか。だって、あのやり残したリストは、十分にめちゃくちゃな内容だ。
「やろうよ。きっと翔も、賛成してる」
翔は空に打ち上がる花火を見上げながら、にぃっと笑った。
「いいよ、やろうぜ」
そう言って、嬉しそうに、あの笑顔を見せてくれた。
大きな花火が打ちあがった。小さいのも後からたくさん夜空に咲く。たぶんきっと、これで花火は終わりかな、と思うと、ちょっとだけ、寂しくなった。
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