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「そいつはさ、たまに空気読めなくって、いや、たまにじゃないか。しょっちゅう」
わかるよ、と思いながら何も言わなかった。翔は「そんなことないのに」と言っている。
「バカみたいに明るい奴だった。俺たち、小一からの付き合いで、中学のときにただ漠然とそいつと一緒がいいって思って、同じ高校を受験した。それで、本当に一緒の高校に行って、同じ大学をまた受験した。大学に受かって、舞い上がってたんだ。ふたりでバイクに乗って、夜の道を走ってたら、車にぶつかった。幸い、俺だけは無傷だった。俺の前を走っていた翔だけが、即死だった。大学に入ったら、やりたいこといっぱい、ふたりでバカみたいに叶えていけるって思ってたよ」
翔は黙って、真一の隣に座った。ふたりで、同じ方向を見ているように見える。
隣に、翔がいるのに。真一には、どうして見えないんだ。真一にこそ、見えてほしいのに。
真一はペンギンを膝の上に乗せて、ぎゅっと潰した。
「今日誕生日だったから、ついさっき、らしくないことしちゃった。あの一緒にいた男の人に、これ取ってほしかったんだよね。ペンギンも、きっとそうやって美佳ちゃんのところへ行きたかっただろうに」
「……そんなこと、わかんないよ」
「そうかな」
しばらく、黙って三人、海を眺めた。
波の音が、こんなにも耳に心地よくて、うっとりとしてしまうものだと、初めて知った。いつまでも、ずっと聴いていたいと思った。
真一は私とは違う。生前から親友を大切にしていたから、今純粋に悲しんであげることができるのだ。私みたいに、嫉妬に狂うことなんてない。だからバカな間違いも犯さない。
「どんな子だったの、その子は」
「どんな子って、バカで明るい奴かな」
「もっとあるだろ、俺のいいところ」
真一に突っかかる。会話は成り立っていないけど、きっと、ふたりでいたときはこんな感じだったんだろう。想像できる。
「誰かが落ち込んでたら、元気出せよって声かけちゃうタイプ」
「……他人のことを、羨ましいって思ったことある?」
そう訊くと、目を見開いて「そりゃあ、あるさ」と答えた。
「羨ましいって思うことばっかりだよ。俺って、ひとりじゃ何にもできなかったんだなぁって、あいつが死んでからよく思うし。あいつに助けられてばっかりだったって。自分のやりたいことはいつでもはっきりしてて、羨ましかった。それを実行する力もあった」
「敵わなかった? その子に」
「敵わないよ、これから先も、たぶんずっと」
私と同じだ。私も、たぶんこれから先ずっと、どんなに年を取っても、には到底敵わない。はずっとうんと遠くにいる。生きていても、死んでいても。
「人を羨む気持ちが、そういう感情が、嫌なの。羨ましいって思うだけなら、まだいい。親友だけど、自分には敵わないってわかってるのに、相手がうまくいかないことを一瞬でも願ってしまう自分が嫌なの」
突然、感情的に話してしまった。真一と翔が、同じような顔をしてこちらを見ている。
「人間なんて所詮、そんなもんだろ」
翔が笑う。
「別に、いいんじゃないかな」
真一も言った。
「ど、どうしていいの? 汚いことでしょ?」
「綺麗ごとばっかり言ってる奴ほど、俺だったら信じられないな。だって、そんな感情ばっかりでできてないよ、人間って」
「俺もそう思う」と翔も納得している。
「いいんだよ、別にそう思ったって。ダメなのは、そう思っただけで終わること」
「どういうこと?」
「負けたくないって気持ちで、ぶつかっていけたかどうか。自分のベストを尽くせたかどうか。人を、親友を羨むんだったら、自分も負けないように頑張ればいいんだよ」
翔が偉そうに言った。
「別に、そんなこといくらでも思っていいんだよ。そう思ったら、張り合えばいいんだ。親友っていうのは、ただ楽しく過ごすだけのものじゃないんだよ」
「もし、」
そう言いかけて、一度口を噤んだ。そして、翔を見る。目が合って、「もし、なんだよ」と催促してきた。真一も「何?」と訊ねる。
「自分だけ助かったことを恨んでたら、どうする? その……翔って人だけが死んじゃって、やりたいこともまだたくさんあったのに、真一だけ助かって、憎んでるかもって、思わない?」
には、やりたいことがたくさんあった。いつかやろうと言った約束は、数知れずたくさんあったのに、私はそのどれもやり遂げようともしなかった。結局、がくっつけようとしてくれたのに、純平くんとも付き合うことはしなかった。
こんな私が生きていて、には申し訳ない。ならきっと、人生を謳歌できたはずだ。
「思ったよ。何度も、思った。だけど、そんなふうに俺を責めてくる翔の姿を、どうしても想像できなかった。あいつらしくないなって」
その通り、翔はこれっぽっちも、真一のことを恨んでいない。真一の幸せを、ただただ願っているだけだ。
そう、言ってあげたかった。
わかるよ、と思いながら何も言わなかった。翔は「そんなことないのに」と言っている。
「バカみたいに明るい奴だった。俺たち、小一からの付き合いで、中学のときにただ漠然とそいつと一緒がいいって思って、同じ高校を受験した。それで、本当に一緒の高校に行って、同じ大学をまた受験した。大学に受かって、舞い上がってたんだ。ふたりでバイクに乗って、夜の道を走ってたら、車にぶつかった。幸い、俺だけは無傷だった。俺の前を走っていた翔だけが、即死だった。大学に入ったら、やりたいこといっぱい、ふたりでバカみたいに叶えていけるって思ってたよ」
翔は黙って、真一の隣に座った。ふたりで、同じ方向を見ているように見える。
隣に、翔がいるのに。真一には、どうして見えないんだ。真一にこそ、見えてほしいのに。
真一はペンギンを膝の上に乗せて、ぎゅっと潰した。
「今日誕生日だったから、ついさっき、らしくないことしちゃった。あの一緒にいた男の人に、これ取ってほしかったんだよね。ペンギンも、きっとそうやって美佳ちゃんのところへ行きたかっただろうに」
「……そんなこと、わかんないよ」
「そうかな」
しばらく、黙って三人、海を眺めた。
波の音が、こんなにも耳に心地よくて、うっとりとしてしまうものだと、初めて知った。いつまでも、ずっと聴いていたいと思った。
真一は私とは違う。生前から親友を大切にしていたから、今純粋に悲しんであげることができるのだ。私みたいに、嫉妬に狂うことなんてない。だからバカな間違いも犯さない。
「どんな子だったの、その子は」
「どんな子って、バカで明るい奴かな」
「もっとあるだろ、俺のいいところ」
真一に突っかかる。会話は成り立っていないけど、きっと、ふたりでいたときはこんな感じだったんだろう。想像できる。
「誰かが落ち込んでたら、元気出せよって声かけちゃうタイプ」
「……他人のことを、羨ましいって思ったことある?」
そう訊くと、目を見開いて「そりゃあ、あるさ」と答えた。
「羨ましいって思うことばっかりだよ。俺って、ひとりじゃ何にもできなかったんだなぁって、あいつが死んでからよく思うし。あいつに助けられてばっかりだったって。自分のやりたいことはいつでもはっきりしてて、羨ましかった。それを実行する力もあった」
「敵わなかった? その子に」
「敵わないよ、これから先も、たぶんずっと」
私と同じだ。私も、たぶんこれから先ずっと、どんなに年を取っても、には到底敵わない。はずっとうんと遠くにいる。生きていても、死んでいても。
「人を羨む気持ちが、そういう感情が、嫌なの。羨ましいって思うだけなら、まだいい。親友だけど、自分には敵わないってわかってるのに、相手がうまくいかないことを一瞬でも願ってしまう自分が嫌なの」
突然、感情的に話してしまった。真一と翔が、同じような顔をしてこちらを見ている。
「人間なんて所詮、そんなもんだろ」
翔が笑う。
「別に、いいんじゃないかな」
真一も言った。
「ど、どうしていいの? 汚いことでしょ?」
「綺麗ごとばっかり言ってる奴ほど、俺だったら信じられないな。だって、そんな感情ばっかりでできてないよ、人間って」
「俺もそう思う」と翔も納得している。
「いいんだよ、別にそう思ったって。ダメなのは、そう思っただけで終わること」
「どういうこと?」
「負けたくないって気持ちで、ぶつかっていけたかどうか。自分のベストを尽くせたかどうか。人を、親友を羨むんだったら、自分も負けないように頑張ればいいんだよ」
翔が偉そうに言った。
「別に、そんなこといくらでも思っていいんだよ。そう思ったら、張り合えばいいんだ。親友っていうのは、ただ楽しく過ごすだけのものじゃないんだよ」
「もし、」
そう言いかけて、一度口を噤んだ。そして、翔を見る。目が合って、「もし、なんだよ」と催促してきた。真一も「何?」と訊ねる。
「自分だけ助かったことを恨んでたら、どうする? その……翔って人だけが死んじゃって、やりたいこともまだたくさんあったのに、真一だけ助かって、憎んでるかもって、思わない?」
には、やりたいことがたくさんあった。いつかやろうと言った約束は、数知れずたくさんあったのに、私はそのどれもやり遂げようともしなかった。結局、がくっつけようとしてくれたのに、純平くんとも付き合うことはしなかった。
こんな私が生きていて、には申し訳ない。ならきっと、人生を謳歌できたはずだ。
「思ったよ。何度も、思った。だけど、そんなふうに俺を責めてくる翔の姿を、どうしても想像できなかった。あいつらしくないなって」
その通り、翔はこれっぽっちも、真一のことを恨んでいない。真一の幸せを、ただただ願っているだけだ。
そう、言ってあげたかった。
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序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
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